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第6章 王都にて

― 王子視点 ―


風が、熱かった。

秋のはずなのに、王都を包む空気は、どこか焦げたような匂いを孕んでいた。


城の高台から町を見下ろしながら、男はその風を顔で受けていた。

男――隣国の王子、アルストリア=カディオール。

十指の指輪が鈍く光り、手すりを握るたびにキリキリと金属音が鳴る。


その指輪の一つ。左手の薬指にあったはずの銀の輪は、もうない。


「……ネフェル」

低く、だが確かに情念のこもった声で、王子は呟いた。


隣国の美しき町娘。

町一番の器量を誇る少女。

その強さに、その気高さに、そして何より――その瞳に、惚れた。


「何もかも与えると言った。国さえ、やるつもりだった」

「だというのに――あの女は、拒んだ」


その瞬間、王子の手が石の欄干を叩いた。

風が散らし、庭に咲いていた花が1輪、空へ舞う。

それを見つめながら、王子の目に狂気の光が灯った。


「私はね……手に入らぬものなど、いらぬのだよ」


その夜、町に火を放つよう命じた時の快楽を、王子は忘れていない。

報復ではなかった。

自尊心の代償として、ただ破壊を命じただけだった。


それで終わるはずだった。

町も消え、少女は運命を受け入れ、こちらに嫁ぐ。


だが――


「なぜ娘はこちらに来ておらぬ!?なぜだ!?」


報告があった。

送った馬車が予定地に到達していないこと。

御者は行方不明。馬は森の奥で倒れていたと。


そして、娘の馬車を送ったあと、町を焼くために送り込んだ兵士たちが全員――

消えた。


「全員だぞ? 一人も戻らぬと?」


嘘だと思った。

しかし数日後、本当に戻ってこなかった。

遺体も、血痕も、剣も鎧も。

まるで“最初から存在しなかったかのように”。


「ふざけるなよ……! なぜ手に入らぬ!!」


狂ったように笑いながら、王子は天を仰ぐ。


どこからともなく聞こえた噂話。燃える隣町の上空に、天使を見たという。

――**金色の羽を持つ“何か”**が空に舞っていた、と。


その時、扉の外から控えの騎士が走り込んできた。


「王子! 報告が……」


「言え」


「……城門を越えずに、何者かが王都へ向かっています。

徒歩ですが……途中で出会った守備兵が全員倒れて……

ほ、報告では1人の少女。とだけ。」


「……赤髪か?」


「は? あ、は……はい、確かに……報告には……」


王子の口元が吊り上がる。


「来たか……」


鋭い光を帯びたその瞳には、もはや恐れはなかった。

あれは女ではない。

あれは、天罰。いや――神罰だ。


「面白い」

「来るならば来るがいい。我が城に、我が玉座に。

そこで最後に跪かせてやる。女神であろうと、天使であろうと――」


王子は、玉座の奥へと歩き出す。

その背に、禍々しい気配がまとわりついていた。


いつの間にか、王城に人影が減っていた。

使用人たちは声をひそめ、兵士たちは持ち場を離れ、

城の中がまるで“墓のように”静まり返っていた。


だが、王子は笑っていた。


「祭壇を用意せよ」

「これは、儀式だ。神をこの手で堕とすための――」


そしてその言葉は、まさしく現実のものとなる。


王子の狂気に染まった心に、何かが“入り込み始めていた”。


彼は、もう人ではなかった。

狂気と執着と、破滅の器――


“神の裁き”が降る、その瞬間まで。


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