18
リリーは素早くアルヴェインの肩から降りて床を歩く。
フェリシア姫はトカゲが居なくなったことで安心したのか、アルヴェインの腕に甘えるように抱き着いた。
愛する恋人にするような仕草にリリーはイライラしてしまう。
無表情だがアルヴェインは明らかに嫌そうにしている様子にリリーは安心する。
(アルヴェイン様、トカゲより嫌がっているわ)
ヒヒッと笑ってリリーは急いで隠した手紙の所まで行く。
チラリと後ろを見るとアルヴェインは嫌そうにしながらもフェリシア姫を引き付けてくれていた。
フェリシア姫が隠したであろう暖炉の前にたどり着いリリーは手を入れて隠した手紙を引き出した。
手紙の差出人はフェリシア姫が宝石店で会っていたお気に入りの男性だ。
(なにが書いてあるのかしら)
リリーは手紙の中身を読み始める。
”愛するフェリシアへ。早く一緒に住みたい、君と過ごす日々はきっと素敵なものに違いないよ。お腹の子供と三人で大きな城で過ごすのはもうすぐだね”
リリーは手紙を読んで理解が出来ず一度天井を見上げて、もう一度手紙に目を通した。
何度読んでもお腹の子供と書いてある。
(お腹に子供がいるの?嘘でしょ)
リリーは手紙を読み終わり震える手でゆっくりと敷物の下に手紙を隠した。
ゆっくりとアルヴェインの元へ戻り、肩へとよじ登る。
「また様子を見に来ます」
リリーが戻ったことを確認してアルヴェインは腕に掴まっていたフェリシア姫を引き離した。
「お待ちしておりますわ。愛しております、アルヴェイン様」
潤んだ瞳で見上げるフェリシア姫にアルヴェインは眉を顰めて無言で部屋を出た。
廊下に出てアルヴェインは嫌そうに身震いをした。
「俺の事を長髪男と言っている癖に、愛しているなどぬけぬけと良く言えたものだ。会ったのは数回だぞ」
「アルヴェイン様はフェリシア姫を美しいと思わないんですか」
「性根が腐っている奴を美しいなどと思う訳が無いだろう。早く出て行ってもらいたい。で、手紙はなんて書いてあった」
アルヴェインに促されてリリーは頷いた。
「あの、絶対驚くと思うんで大きな声を出さないでくださいね」
「俺を殺す日でも書いてあったか」
鼻で笑うアルヴェインにリリーは首を振った。
「いもっとすごい事ですよ。なんと、フェリシア姫は妊娠しているようです」
声を上げて驚くかと思ったがアルヴェインは冷めた目で頷いただけだった。
「なるほど」
冷めた様子のアルヴェインにリリーは疑心の目を向ける。
「落ち着いていますね。まさか、アルヴェイン様のお子様ってこともあるんですか?」
「ある訳がない。あの女に指一本触れてない!」
大きな声を上げるアルヴェインにリリーはトカゲの手で静かにするように伝える。
「大きな声出したら頭おかしい人に見られますよ。トカゲと話すなんてありえないんですから」
リリーに言われてアルヴェインは咳払いをして周りに人が居ないか確認をする。
誰も廊下を歩いておらず、今の会話は聞かれていなかったようだ。
アルヴェインは素早く歩き執務室へ戻ると疲れたようにソファーに座った。
「早く降りてくれ。気持ち悪い」
肩に乗っただったリリーは口を尖らせながらノソノソとテーブルの上に移動した。
「そんな気持ち悪いって言わないでくださいよ。傷つきます」
ペロペロと下を出して言うリリーにアルヴェインは頷く。
「トカゲは気持ちが悪い。それ以上にフェリシア姫の方が気味が悪い。最後に、愛していますとか意味が解らん、情を深めるほど接していない」
控えていたフェルナンがすかさずリリーとアルヴェインにお茶を出してくれる。
トカゲのリリーには小さなおもちゃのコップに入れてくれている。
「その言葉だけで沢山の男性を落としてきたのでしょう。世界一可愛いと言われている女性ですからね。まぁ、あの女性に引っかかるような男性も遊び人が多いですが」
フェルナンの言葉にリリーは頷いた。
「本当に遊んでいて酷かったんですよ。でも、妊娠したから最近は一人の男性としか会っていなかったんだわ」
ペロペロと水を舐めながらリリーが言うとアルヴェインは机の上に書類を並べた。
「その遊んでいた男はコイツだろう」
書類にはレニー・フェルナンデスという男性の名前と25歳という年齢が書かれている。
彼の生い立ちや生活状況まで調べつくされている書類を見てリリーはアルヴェインを見上げた。
「知っていたんですね」
「よく会う男性は調べているが、こんな辺鄙な場所まで会いに来る男はこいつだけだ。子供の父親はコイツだろうな」
子供という単語にフェルンが眉を吊り上げてアルヴェインの顔を見つめた。
「子供ですと!あの女は妊娠して居るんですか?」
「どうやらそのようだ。……なるほど、だから結婚してから俺を殺すつもりなのか」
アルヴェインは納得したように顎に手を置いている。
「どういうことですか?」
「要するに、俺の子供だと言い張って子供に家を継がすつもりなんだろう。愛人は秘書にでもして家に住まわせるつもりか」
アルヴェインの言葉にいつも穏やかなフェルナンが顔を真っ赤にして怒り出した。
「何ですって!ですからあのような女性を我が家に入れることは反対したんです!ほおっておけば大丈夫などとそんな生易しいものではございませんでしたよ!」
「そのようだな。大人しく男遊びでもしてくれて構わないと思っていたが、屋敷の物を盗んで売るわ、愛人と子供を作って俺を殺して家を乗っ取るつもりと酷いもんだ」
落ち着いているアルヴェインにフェルナンとリリーは声をそろえて大きな声を出す。
「どうするつもりなんですか!」
「どうすって、どうにかしてあの女を追い出したいが……」
アルヴェインは目をつぶってしばらく考え、ゆっくりと口を開いた。
「屋敷から使用人が逃げだして人が居なくなるのも問題だし、俺も殺されるかもしれない。あの女が人を殺してのさぼっているのも許せんな。国王が言い訳できないような状況を作るしかない」
アルヴェインの言葉にリリーとフェルナンは頷く。
「そうですね」
「俺とフェリシア姫の結婚式で証拠を集めて暴露するのはどうだろうか。姫の悪事を暴けば王も隠し通すことが出来ないだろう。まさか男遊びだけだと思っていた娘が宝石泥棒をした挙句、俺を殺して愛人と住む算段をしているとは思っていないだろうからな」
「確かに!それはいいですね。もちろん私のえん罪も暴いてくれるんですよね」
リリーが言うとアルヴェインは肩をすくめる。
「証拠が無ければ暴けない。フェリシア姫たちがやり取りしている手紙や書類などがあれば証明できるだろう」
「なるほど、私は話せませんから証言できませんしね」
リリーが頷く。
「リリーさんが我が家秘伝のワインで仮死状態であれば、生き返ってあの姫様に殺されたと言ってやることもできますのに。残念でございますなぁ」
フェルナンが残念そうに言うとアルヴェインは複雑な顔をした。
「もしかしたら話せる可能性は出てきた」
「えっ?どういうことですか?」
驚くフェルナンにアルヴェインは頷いた。
「あくまで可能性だ」
念を押すアルヴェインにフェルナンが驚いたように声を上げた。
「まさかと思いますが、リリーさんのお体を見に行かれていましたよね。印が出ていたのですか?」
「フェルナン!それ以上は言うな!」
驚くフェルナンをアルヴェインがきつい口調で止める。
それでもフェルナンは驚愕の表情を浮かべてリリーを見つめた。
「まさか、アルヴェイン様あの儀式をなさるのですか?」
「成功するとは限らない。成功したらフェリシア姫を追放できるだろう」
アルヴェインの言葉にフェルナンは驚きながらも頷いた。
「そうでございますな。しかし、できますか?もしかして、アルヴェイン様はトカゲが実は嫌いではなかった……」
「フェルナン!それ以上言うな!」
アルヴェインに止められてフェルナンは頷いてリリーを再び見つめてくる。
その顔はどこか慈愛が籠っておりリリーは首を傾げた。
「さっぱり意味が解りませんが。話せる可能性ということは生き返るかもしれないということですか?」
リリーが聞くとアルヴェインは渋い顔をした。
「まだ確定はできない。今まで生き返ったものがいないのだから。失敗する可能性がある。とにかく、姫を追放して成仏する方を考えた方がいいかもしれないぞ」
成仏という言い方は、生き返る望みは薄いのだろう。
リリーは頷いた。
「……とにかく私は証拠を集めます!フェリシア姫はすぐに手紙を燃やしてしまうから、宝石店ならいろいろ証拠がありそうですね」
「確かに。もう一度宝石店に入って証拠の書類を取って来い」
命令するように言われてリリーは頷いた。
「行きますけれど、ちゃんと送って下さいね」
リリーが言うとアルヴェインは珍しく上機嫌に頷いた。
「もちろんだ」




