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「やはり、トカゲが肩に乗っているのは気持ちが悪いな。肩にトカゲを乗せているなんて他人にみられたくないものだ」
小声で文句を言うアルヴェインにリリーは歯を出して笑った。
「アルヴェイン様の正式なペットになったのでこうしていてもおかしくないですよ」
「気持ちが悪い」
そう言いながらもアルヴェインはやはり、リリーを振り落とすことはしなかった。
(なんだかんだ言いながら意外と優しいのよね)
フェリシア姫の所に顔を出しに行くというアルヴェインについてきたリリー。
フェリシア姫の結婚に伴いリリーもこの城に来たが、アルヴェインが部屋に来たのはほんの数回だ。
リリーがトカゲになって数日が立ったが、フェリシア姫に顔を出しに行く様子も無かった。
むしろ、トカゲ姿のリリーがアルヴェインと一日一緒に居るような状況が続いていた。
(まぁ、私はトカゲの姿以外は意外と幸せかもしれないわ。アルヴェイン様と一緒に居られるし)
生き返るかもしれないという少しの希望ができたからか、リリーも余裕が出来てきた。
アルヴェインの美しい顔を堪能して、話し相手になってもらう生活はこれ以上にないほど幸せだった。
ただ、夜アルヴェインが本格的に寝ている姿だけはどうしても見ることが出来ないでいる。
夕方になるとなぜか寝てしまい、起きるとアルヴェインの姿は無いからだ。
「アルヴェイン様が、フェリシア姫の所に行くのめずらしいですね」
リリーが言うとアルヴェインはため息をつく。
「あの女に会いたいと思わないからな。王に押し付けられたとはいえ、めんどくさい女だ」
「フェリシア姫は自分を好きにならない男は居ないって言っていましたよ。いい気味だわ」
ふふんと鼻を鳴らしているリリーをアルヴェインは冷たい目を向ける。
「その顔も気持ちが悪いな。トカゲは何をしても気持ちが悪い」
「失礼ですね。可愛い女性なんですよ私は!」
「人間の姿でも可愛いかどうかは別にして、トカゲよりはましだ」
アルヴェインの呟きにリリーはもっともだと頷く。
フェリシア姫の部屋の前に来ると女中たちがドアの前でコソコソと話し合っているところだった。
アルヴェインが近づくと女中二人は軽く頭を下げる。
「お疲れ様です。アルヴェイン様、フェリシア姫様の所に御用ですか?」
「少し顔を見に来た」
アルヴェインが言うと女中たちは顔を見合わせて頷いている。
「あの、フェリシア姫は本当にこのお屋敷に嫁いでくるんですか?」
「王から任されたからそうなるだろうな」
アルヴェインが無表情に言うと女中たちは唇を尖らせた。
「こんなこと言いたくないんですがフェリシア姫ちょっと我儘すぎます。私、このままフェリシア姫の専属になるのだったらお屋敷の仕事辞めようと思います」
「私もです。なんでも命令するし、偉そうだし、それにあの方愛人がいるようですよ!」
不平不満を訴えてくる女中達にアルヴェインは落ち着くようにと右手を上げる。
「解っている。とりあえず今は耐えてくれ」
「何時までですか。私たちもう無理です。交代制でフェリシア姫のお守りしていますけれど、皆同時に辞めようと話しているんですよ」
女中たちの訴えにアルヴェインは頷く。
「今、いろいろ考えている所だ。我儘だからという理由だけで王都に返せるわけがないだろう」
アルヴェインに言われて女中たちはますます不満な顔をする。
「よく今まで大事にならなかったですね!あんな女、いくら姫だって酷すぎますよ」
二人の女中の話を聞いてリリーは大きく頷いた。
「解る。わかるわよ!私たちだって毎日怒っていたわ!でも、給料が良かったのと帰る家が無かったのよ。そうでもなければ、辞めていたわよ!姫様の実家でも裏では問題になっていたのよ!」
リリーの言葉を聞いてアルヴェインはため息をつく。
「王都でも問題になっていたそうだが、長年勤めて死んでしまったリリーという侍女がなんとかしていたようだ」
アルヴェインが言うと女中たちは複雑な顔をした。
「でも、あの方フェリシア姫と一緒に泥棒をしていたんでしょう?あの人も問題だったんじゃないですか?きっと分け前を貰っていたんじゃないんですか?」
「酷い!違うわよ!私は、無罪よ。罪を犯すようなことは一切していませんからね!」
ギーギーと怒るトカゲを宥めながらアルヴェインは頷いた。
「そのような噂があるようだが。リリー嬢は悪くないかもしれない。宝石を盗んだ犯人ではない可能性もある」
アルヴェインが言うと女中たちは目を合わせている。
「今更そんなこと言われてもリリーさんは死んでしまったから証明の仕様がないですよ」
「我儘姫に命令されて宝石盗んで、自殺したんですか?良心の呵責みたいな感じですかね」
女中たちの言葉にリリーはトカゲ姿のまま抗議をする。
「違うわよ!私は殺されたの!」
「私達、フェリシア姫に関わるのはこりごりです」
「わかった。給料を上げるからもう少しだけ我慢してくれ。フェリシア姫の世話をしたら一日特別手当を付けよう」
アルヴェインの提案に女中たちは顔を見合わせて頷いた。
「それならもう少しだけ我慢します」
侍女達が去った後、アルヴェインは疲れたように目頭を押さえる。
「問題ごとが多すぎる」
「それは、アルヴェイン様が領地経営も出来る嫁を早くにとならなったからでございますよ」
背後から突然現れたフェルナンの声にアルヴェインは驚いてのけぞった。
「急に現れるな」
「たまたま通りかかっただけです。が、お話は聞いておりました。特別手当の金額はこちらで調節しておきます」
「頼んだ。俺はフェリシア姫の様子を見てくる」
アルヴェインはリリーを肩に乗せたまま、フェリシア姫の部屋の扉を叩いた。
中からフェリシア姫の声が聞こえてアルヴェインはドアを開ける。
「侍女が居ないから扉を開ける人もいないのね。いい気味だわ」
アルヴェインの肩に乗ったままリリーはひひっと笑った。
部屋に入るといつも通りフェリシア姫は暖炉の前の敷物の上に座って手紙を読んでいた。
アルヴェインが部屋に入って来たのを見てフェリシア姫は甘い笑みを浮かべる。
「まぁ、アルヴェイン様。お久しぶりでございます。お会いしたかったですわ」
そう言いながらも手紙を敷物の下に素早く隠したのを見てリリーは鼻で笑った。
「愛人からの手紙を隠したわ」
アルヴェインは無表情にフェリシア姫に頷く。
「お久しぶりです。お変わりはないようですね」
「えぇ、お陰様で不自由なく過ごさせていただいておりますわ」
媚びるような笑みを浮かべてフェリシア姫は立ち上がるとアルヴェインの前まで歩いてくる。
それを見てリリーは舌をチロチロとさせる。
「なによ。普段は一歩も歩かないくせに」
フェリシア姫はアルヴェインの肩に乗っているトカゲを見て顔を引きつらせた。
「まぁ、大きなトカゲですわね」
「……可愛いペットだ」
抑揚のない言葉を言うアルヴェインにフェリシア姫は可愛い笑みを浮かべた。
「本当に可愛いわ。珍しいペットですわね」
そう言いながら抱き着いて来ようとするフェリシア姫を器用に避けてアルヴェインはリリーに視線を送ってくる。
目線抱けて訴えてくるアルヴェインにリリーは頷いた。
(敷物の下に隠した手紙を見て来いってことね)




