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アルヴェインの執務室のローテーブルの上に用意されたトカゲの寝床でリリーはうつぶせになって箱のふちに顎を乗せる。
(なんだかんだとやっぱりアルヴェイン様って優しいのよね)
話せる人が居ないと寂しいというリリーの要望に応えて執務室にもトカゲの寝床を作ってくれた。
仕事をしているアルヴェインと同じ部屋に居ることを許してくれている。
リリーの事など無視してもいいのに、話しかければ答えてくれるし、一緒にご飯を食べてくれている。
(トカゲ姿でも幸せだけれど、せめて人間の姿だったらもっと幸せなのになぁ)
無表情に書類を眺めているアルヴェインを見つめてリリーは軽く欠伸をした。
仕事をしているアルヴェインを見てゆったりと流れる時を過ごすのを幸せに感じる。
アルヴェインは疲れたのか椅子の背もたれに体重を預けて書類を確認し始めた。
珍しい光景にリリーはじっと見つめていると、そのうちアルヴェインは眠気に勝てなかったのかそのまま目を閉じてしまった。
(仕事中に寝るなんて珍しいわね。というかアルヴェイン様の寝顔、初めて見るわ)
アルヴェインと同じ部屋で寝起きしているが、夜はリリーより遅く寝て朝リリーが目を覚ますとすでに居ないという生活が続いていた。
珍しいアルヴェインの寝顔を見ようとリリーは気配を消して移動をしてアルヴェインの机へとよじ登った。
机の上からアルヴェインの珍しい寝顔をじっと見つめる。
(綺麗な顔をしているのに、どうして結婚しなかったのかしら。何か理由がありそうだけれど)
リリーは憧れだったアルヴェインの顔をじっと見つめてトカゲなのにドキドキと胸が高鳴ってくる。
(せめて私が人間だったら少しはチャンスがあったのかしら)
トカゲになって何度願ったことだろうか。リリーは寝ているアルヴェインを見つめてため息をついた。
人間だった頃はフェリシア姫の結婚相手ということもあり憧れの相手だったが、共に過ごして憧れが恋に変わっている。
トカゲになってこんな気持ちになるなんて絶望的だとリリーの気分は落ち込んでくる。
アルヴェインの手にしていた書類が落ちそうになり、リリーは慌てて腕によじ登り書類を受け止める。
アルヴェインの腕に足で捕まり両手で器用に書類を受け止めることができた。
「危なかったわ」
手にした書類を何気に眺めるとオルフェルクス家の会計が書かれていた。
(確認してサインをする仕事をしていたのね。細かい作業だから疲れたのかしら)
リリーはザッと目を通して一箇所計算違いを見つける。
「あら、ここ計算間違いね」
リリーが出した声に反応してアルヴェインがゆっくりと目を開いた。
何度か瞬きをしたあと黒い瞳が彷徨い腕に捕まっているトカゲをみて驚いてアルヴェインはのけぞった。
「うわっ、気持ち悪い」
「酷いですよ。書類が落ちそうだったんですよ」
むっとしているリリーをアルヴェインは不思議な様子で見つめる。
「夢をみていたようだ。俺は結構長いこと寝ていたか?」
目頭を押さえるアルヴェインにリリーは首を振る。
「5分も寝ていませんよ。珍しいですね居眠りなんて」
揶揄うようなリリーにアルヴェインは頷いた。
「考えることが多くて疲れているようだ」
「そうでしょうね。この書類、こことここ計算間違えていますよ」
トカゲの手で書類の一部を指差すリリーにアルヴェインは目を見開いて驚いている。
「トカゲのくせに計算ができるのか?」
「だから人間ですって」
「……なるほど、確かにそうだったな」
納得するアルヴェインにリリーはため息をついた。
「もうトカゲの姿なんて嫌です。早く成仏したいです」
落ち込んでいるトカゲをみてアルヴィンは指定された箇所を修正していく。
「このような書類整理は得意なのか?」
「まぁ、得意というか実家で父や兄の手伝いをしていましたし。フェリシア姫が使ったお金やいろいろな書類を全部やらされていたので仕方なくついた能力ですね」
リリーの言葉にアルヴェインはかすかに笑う。
「なるほど。リリーも暇をしているだろうからこれから書類を確認する仕事を任せよう」
「いいですよ。確認ぐらいならお手伝いできますから」
アルヴェインは頷くと軽く伸びをした。
「フェリシア姫が城にことをすっかり忘れていたな。様子を見にいくか」
「私も行きます」
断れるかと思ったがアルヴェインは頷くと肩に乗るように指示をする。
「いいんですか?」
トカゲを嫌がっている様子なのに、気軽に肩に載せてくれることに感激しながら聞くとアルヴェインは軽く頷いた。
「触るのは無理だが、肩ぐらいは許そう」
「ありがとうございます」
ニカっと歯を出して笑うトカゲにアルヴェインの顔が歪む。
「笑い方が気持ち悪いな」
「仕方ないじゃないですかぁ」
そう言いながらリリーはアルヴェインの肩によじ登った。




