15
アルヴェインはトカゲのリリーを肩に乗せたまま地下室へと続く階段を降りる。
長い階段を降り切ると、がらんとした室内へとたどり着いた。
「あっ、ここ!私がトカゲになった場所です!目が覚めたらここに居ました」
リリーが叫ぶとアルヴェインは嫌な顔をする。
「耳元で大きな声を出さないでくれ。ここにリリーの死体を保管している」
「……保管」
トカゲになったことで自分の体の事を忘れていたリリーは呟いた。
(そうか本当に私は死んだのね)
地下室の奥へと進んでいくアルヴェインの肩に乗りながらリリーは悲しい気持ちになってくる。
死んだ自分の体と対面するのは辛い気分だが、事実を確認しないといけない。
「ここだ」
アルヴェインはそう言うと真っ黒な棺を見つめる。
床に置かれている黒い棺を見てリリーはますます悲しくなる。
「こんな暗く寒い所に置かれて私ってば可哀想。誰も来てくれないなんて」
花1つ置かれていない棺を見てリリーの目から涙がこぼれてくる。
「フェリシア姫に命令されたからと言って宝石泥棒をしていたような侍女だからな」
冷たく言うアルヴェインにリリーは首を振る。
「それは誤解なんです!絶対にフェリシア姫を許しません!言っておきますけれどこのままだとアルヴェイン様も殺されますからね」
叫ぶリリーを無視してアルヴェインは棺の横に膝まづいた。
「本当に死んでいるのか確かめよう」
「はい」
自分の死体を見るのは勇気がいったが、確認をしないといけない気がしてリリーは頷いた。
アルヴェインはゆっくりと黒い棺に手を掛けて蓋を開ける。
リリーの遺体は質疑の中に入っていてやはり花は入れてくれていない。
「酷い。棺の中に誰も花すら入れてくれていないなんて」
文句を言うリリーを気にせずアルヴェインは注意深く棺の中を見ている。
棺の中のリリーの体に手を伸ばして首元を触っている。
「やっぱり死んでいますか?」
一目見ただけで死んでいるよう見えるが、寝ているようにも見える。
リリーが一応聞くとアルヴェインは頷く。
「死んでいると思うが」
そう言いながらリリーの右手を取って手首の内側を見ている。
「何を見ているんですか?」
「いや……たいしたことではない」
少し狼狽えているアルヴェインをリリーは睨みつける。
「何か隠していません?」
「…………」
黙ってしまったアルヴェインを見つめてからリリーは棺の中へ飛び下りる。
自分の体に飛び降りてアルヴェインが見ていたリリーの遺体の右手を覗き込んだ。
冷たい自分の体を触ってやはり死んでいるのだという絶望感を感じながらアルヴェインが見ていたところを確認する。
「何ですかこれ」
手首の内側に黒い痣のような紋章が浮かんでいるのが見えてリリーは目を細めた。
痣というにははっきりとした黒い色で紋章のように見える。
どこかで見た事があるような模様でリリーは首をかしげて思い出そうと目をつぶった。
(最近どこかで見たような……)
アルヴェインが持っていたからのワインの瓶のラベルに印刷されていた紋章と一緒だと気付いて声を上げる。
「これ、オルフェルクス家の紋章ですよね!」
じっと見つめているリリーにアルヴェインは舌打ちをした。
「気づかれたか」
嫌そうな顔をしているアルヴェインを見てリリーは何か隠しているのだと気付いた。
アルヴェインの膝に飛び乗って肩まで駆け上がる。
「うっ、俺に近づくな!」
トカゲが見えないように顔を背けるアルヴェインと目を合わせるようにリリーも移動をして舌をチロチロと出した。
「白状してください!しないとキスしますよ」
トカゲを触るのも嫌なのだろう。
アルヴェインはリリーを手でつまんで投げることもできるはずなのに身動きをしないで止まっている。
キスという言葉に顔を思いっきり歪めた後に、アルヴェインは諦めたように頷いた。
「トカゲが嫌なのもあるが、リリーが不憫だから教えてやろう」
偉そうに言うアルヴェインにリリーは頷く。
「それはどうも。早く教えてください」
「……我が家の紋章が出ているという事は、ワインの成分のおかげで仮死状態の可能性が高い」
「つまり生き返るかもしれないってことですか?」
期待を込めて言うリリーにアルヴェインは渋い顔だ。
「あくまで可能性だ。残念ながら実際に蘇った人がいるという話は聞いたことが無い」
「……それでも生き返るかもしれないと思うと少し希望が出てきました。アルヴェイン様ありがとう。やっぱり私はいい人を好きになりました!」
もう死んでいるのだから怖いものは何もなくなったリリーはハッキリとアルヴェインに伝える。
「……トカゲに言われても嬉しくない。言っておくが、蘇る保証は出来ないぞ」
きっぱりと言われてもリリーは頷く。
「はい。無理ならフェリシア姫の罪を暴いて成仏します。欲を言えば生きたいけれど、トカゲでなくなるのなら何でもいいです」
「そうだろうな。俺もトカゲになったらお前以上に絶望する自信がある」
哀れな顔をして見られてリリーは頷く。
「私だって絶望しているんですよ!」
「絶望しているトカゲがイビキをかいて寝るとは思えないが……」
アルヴェインに言われてトカゲのリリーは口を元を覆った。
「うそ!イビキかいていました?」
「トカゲとは思えないほど大きなイビキだった」
「やだー。私、兄にも怒られたことあるんですよ。人間じゃなくてもイビキって出るんですね」
驚いているリリーを冷めた目で見てアルヴェインは頷く。
「そのようだな。トカゲである前に人間の癖が出るんだな……恐ろしい」
「そんな変なワインがあること自体が恐ろしいですよ!人を仮死状態にするようなワインっていったい何ですか?」
トカゲが苦手なアルヴェインに考慮してリリーは腕へと移動する。
アルヴェインは嫌そうな顔をしつつもトカゲを振り落とすことはしなかった。
「まぁ、いろいろあるだろう。他国に攻め入られたとき王が飲むとか、そう言う危機的な状況の時だ」
アルヴェインもいまいち使い方が解らないのだろうか、首をかしげている様子を見てリリーはため息を付いた。
「やっぱりそんなに使わないんじゃないですか、そのワインのせいで私は散々な目に合っている気がします」
「使わなくても4年に一度作っている我が家秘伝のワインだ。他言無用だぞ」
「言いたくても話が通じないので言えませんからご安心ください」
リリーが言うとアルヴェインは頷く。
「我が家の紋章をよく見て見ろ。トカゲのような動物が描かれているだろう」
アルヴェインは人間のリリーの腕を取って内側を見せてきた。
確かに葉のような輪の中に動物が描かれており、竜のように見えていたがどうやらトカゲらしい。
「トカゲだったんですね」
「だからかオルフェルクス家ではトカゲは守り神と言われている」
「なるほど、フェルナンさんが言っていましたね。私がトカゲになったのも意味があるんですかね」
リリーが言うとアルヴェインは眉間にしわを寄せる。
「俺がこの世で一番嫌いな動物になったことに意味があるのなら教えてほしいぐらいだ」
「たしかに、どうせなら私も犬とか猫になりたかったですよ。そうすればアルヴェイン様にもかわいがってもらったかもしれないのに」
呟いたリリーにアルヴェインは首を振る。
「小さな動物も苦手だ。毛が気持ち悪い」
「動物全部嫌いなんじゃないですか」
(アルヴェイン様が結婚できないのってそう言う所じゃないのかしら)
リリーはペロッと舌を出した。
「アルヴェイン様って潔癖症ですか?」
「……違う。潔癖だったらお前を同じ部屋に置くわけがない」
アルヴェインに言われてリリーはもっともだと頷いた。




