七幕目 挑発
僕たちのクラスの担任は温子先生と言う名前の先生だ。
彼女は30半ばの明るく元気な女性で、いつも笑顔を絶やさない。温子先生は生徒思いで、誰に対しても公平な態度を貫いていて、そのため、クラスのみんなは彼女を心から信頼し、人気の先生として慕っていた。
「おんこちゃん」や「おんこ先生」と、親しみを込めて呼ぶ声が教室の中に響く。温子先生はその呼び名を聞くたびに、優しく微笑み返してくれる。彼女の存在は、まるでクラスの太陽のようだ。
特に、温子先生は少し癖のあるセイラのことを気にかけていた。セイラは常に、周りとの距離を置くことがあるが、温子先生はそんな彼女に対しても優しい言葉をかけ、「セイラちゃんおはよう!」、「セイラちゃん、元気してる?」その声は、まるで彼女の心に寄り添うように響いていた。
温子先生はセイラの霊感の事は当然知っているが、その事に関しても特に怖がる様子もなく、その人の個性の一つくらいでいるようだった。
セイラも、温子先生には少し心を開いているようで、彼女との会話はどこか自然な流れを持っていた。
そんな温子先生に、僕たちはセイラのことについて相談を持ちかけた。職員室の一角で、少し緊張した面持ちで話し始めると、先生は優しい眼差しでこちらを見つめてくれた。
「セイラちゃんもみんなと一緒に楽しく参加して欲しいんだけど、そんな事情じゃ仕方ないわね。」温子先生の声は、まるで温かい陽射しのように心に染み込んでくる。「取りあえずはセリフが少ない役をやってもらう様にするから、セイラちゃんも頑張ってみようか?」
その言葉に、セイラは少し安心したのか、ほんのりと笑顔を取り戻していった。彼女の表情が和らぐのを見て、温子先生も嬉しそうに微笑んだ。そんな二人のやり取りを見ていると、なぜか心が温かくなってくる。
「友達が困ってる時に助けてあげるなんて偉いね!これからもセイラちゃんを助けてあげてね。」温子先生は、僕と結衣ちゃんにも声をかけてくれた。その言葉に、僕たちは少し照れくさくなりながらも、「はい!」と元気良く答えた。
それから一週間が過ぎ、教室では再び学芸会についての話し合いが始まった。今日は、グループ分けと演目、さらには配役までを決めるという重要な会議だ。
教室の空気は緊張感に包まれ、みんなの視線が学級委員に集中していく。
最初のグループ分けは意外と早く決まっていった。僕たちのクラスは6つの班に分かれている、委員長の提案で奇数と偶数のグループで分かれようと提案が出たのだ。
「誰か反対の意見ある人いませんか?」と委員長が問いかけと、その瞬間、僕は、「反対です!」と叫びたくてたまらなかった。なぜなら、僕が嫌いな秀之と同じグループになってしまうからだ。
ただでさえ、乗り気でない学芸会なのに、さらにやる気を失わせるグループ分け。内心では「マジかよ……」と落胆しつつも、そんな不満を口にすることはできない。
子供の僕でも、「アイツが嫌だから」なんて理由で反対することがどれほど無意味かは理解していた。クラスがざわついてる中、僕はその提案を受け入れる事しか出来なかったのだ。
グループ分けがあっさりと決まった後、温子先生が劇の演目の候補を五つほど提案してくれることになった。教室の空気は少し緊張していたが、興味深いあらすじが次々と語られるにつれ、徐々に和らいでいった。
「さて、皆さん。どの演目にするか、グループに分かれて話し合いましょう」と温子先生が言った。僕の希望は「何でも良いから、出来るだけセリフが少ないモブ役で!」と心の口が呟いた。
同じ班のセイラに話を聞こうと思ったが、やっぱり辞めることにした。
聞くだけ野暮だ。彼女の表情を見れば分かる「僕と同じ意見だな……」と、無言のうちに理解してしまった。
話し合いが進む中、僕たちの演目が決まることになった。幸運にも、他のグループとは被ることもなく、これもまたあっさりと決まっていった。クラスメートたちの安堵の声や、歓声が上がった。
僕たちがやる演目の名前は「ワガママ姫」と言う演目だった。
お話はこんな感じだ。
昔々、ある国に美しいお姫様が住んでおりました。お姫様はその美貌と高貴な身分から、何を言っても許される存在でした。そんな彼女は事あることにワガママを言い、周囲の者たちは彼女の癇癪に日々悩まされておりました。
「何よ、こんな物!」と、お姫様はしばしば叫び、周囲の者たちはただ黙って耐えるしかありませんでした。彼女のワガママは国中に知れ渡り、誰もが彼女を恐れ、誰も彼女の行ないを注意する者はいませんでした。
ある日、お姫様はいつものように不満を口にし、物に当たって癇癪を起こしました。その瞬間、彼女はつまづいて頭を打ち、あっさりと命を落としてしまいました。彼女の魂は幽霊となり、無情にもこの世を彷徨うことになったのです。
幽霊となったお姫様は、依然としてワガママを言い続けましたが、生きている人々には彼女の姿も声も届きません。周囲の者たちは「お姫様がいなくなってよかった」とささやき、お姫様は怒り、街中をさまよい、自分のワガママを聞いてくれる者を探し回りました。
街には、浮遊する幽霊たちがたくさんいましたが、彼女が自分の身分を誇示しても、誰も彼女の言葉に耳を貸しませんでした。「幽霊だから身分なんて関係ない」と冷たく言われ、お姫様は失望のあまり涙を流しました。
そんな時、彼女は一人の男の子の幽霊に紹介され、「幽子」という名の女の子の幽霊と出会います。
お姫様は最初、幽子に対しても高圧的な態度を取り、ワガママを言いましたが、幽子は全く相手にしませんでした。逆に、幽子は彼女を説き伏せ、彼女の日頃の行いを厳しく断罪しました。
同年代と思われる幽子に初めて怒られ、日頃の行ないを断罪されたお姫様は、自分のワガママが周囲の人々にどれほどの迷惑をかけていたのかを知り、恥ずかしさに涙を流しました。
「やり直したい、今度はワガママを言わずに周りの人に優しくしたい」と泣きながら反省の言葉を口にすると、幽子は優しく言いました。「まだ戻れる。早く自分の身体に帰るんだ。」
別れのときお姫様は幽子に「一緒に帰ろう、私のお友達になってよ」と言いましたが、幽子は首を横に振り、「私は戻れないよ、もう身体はないからね。」と告げました。姫は一人、再びこの世に生を受け、心からの感謝を胸に抱きながら、周囲の人々と共に新たな人生を歩み始めました。
生き返った彼女は、以前のようにワガママを言うことはなくなり、周囲の者たちに気遣いを示す優しいお姫様へと生まれ変わったのです。
と言う、ハートフルでコメディー要素もある、結構良い話しであった。
教室の黒板には、学級委員のメンバーが配役を書き出していく様子が映し出されていた。生徒たちの視線が集まり、期待と緊張が入り混じる中、僕たちのグループの配役決めが始まった。若干足りない部分は、モブ役として埋められていった。
僕の狙い目は「幽霊役」だ。お城の使用人という役も魅力的ではあるが、人数的に幽霊役の方が多く、恐らくセリフも少ないだろう。意外と僕の感は良く当たるのだ。
しかし、倍率はそれなりに高そうだ。セイラは恐らく幽霊役になるだろうし、僕やセイラ以外にもモブ狙いの連中が多くいるはずだ。となると、第二候補も決めておく必要がある。
お城の使用人の枠を見ていると、目に留まったのは謎の役「馬」だった。しかも、人数は二枠。
何なら馬の役でも良い。所詮は馬だ、セリフは「ヒヒーン」だけで済むだろう。覚える必要もなく、簡単な役だ。人でないのは気になるが、要はプライドの問題だ。
いっそセイラを誘って、二人で「ヒヒーン」といななき、笑いを取ってやることもできるだろう。そんなことを考えながら、セイラと僕が馬のコスプレをしながら暴れ回っている姿を想像し、思わず笑いをこらえていた。
教室の中、静寂が広がっていた。配役の書き出しが終わり、委員長が声を上げる。「これから配役を決めます。まずは主人公のお姫様役、やりたい人いますか?」その言葉が響くと、教室の空気は一瞬凍りついた。誰が手を挙げるのか、期待に胸を膨らませたが、結局、誰の手も上がらなかった。
それも無理はない。セリフは多く、演技も難しい。負担を減らすために、生きている時と死んでいる時の二つの役割が用意されているとはいえ、それでも大変なことには変わりない。
そんな中、僕は少し安心しながら事の推移を眺める事が出来ていた。「お姫様」という名の役が僕に回ってくることは絶対にないからだ。僕はのんびりと自分がやるであろう役を考えていた。
そんな中、主人公のお姫様役が決まっていった。お姫様A役は、クラス委員の「貴子」と、お姫様B役は、優等生で知られる「めぐみ」がその役を担うことになった。
みんなの声援のような拍手が鳴り響く。まぁ!妥当な人選だと、僕は思っていた。
次の役に話が進むと、今度は主人公のお姫様を導く存在である「幽子」と言う幽霊役が待っていた。この役もまた、セリフが多く、物語の中で準主人公とも言える重要な存在だった。
委員長が「誰かやりたい人はいませんか?」と声をかけた瞬間、「セイラが良いと思いま-す。幽霊と仲良いんだからお似合いじゃん。」
僕や他のクラスメイトたちは驚き、声の方向に目を向けた。
その声の主は「秀之」だった。彼はニヤニヤと笑いながら、セイラを挑発してきたのだ。




