四幕目 僕の過ち
セイラの過去を知った瞬間、僕の心は怒りと悔しさで揺れ動いた。彼女の気持ちを代弁するかのように、涙がこぼれそうになっていた。思わず彼女に尋ねた。「その後はどうなったの?」
セイラは少しの間、考え込んでから、静かに語り始めた。
「その日、早く帰った私を心配して母が、『セイラ、どうしたの?』と何度も聞いてきたけれど、私はただ部屋に閉じ籠って、『もう学校には行かない!』と言ってやったんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、僕の胸は締め付けられるような痛みを覚えた。驚いたセイラの母は何度も理由を尋ねたが、セイラはまるで母を拒絶するかのように、それ以上何も話さなかったとの事だった。
その頃、学校では異変に気付いた隣のクラスの先生が、騒然とした教室の中で生徒たちを落ち着かせようとしていた。「幽霊が出た!」という声や、「セイラが幽霊を呼んできて先生を脅かした!」という、意味不明な発言が飛び交い、混乱は収拾がつかない状態だった。
一方、赤井先生は一人、職員室に戻り、震えながら自分の席に座っていてたそうで、とても直ぐには事情が聞けない状態だったらしい。
セイラの頑なな態度に、彼女の母は不安を覚え、すぐに、セイラの父に連絡を取り、彼もまた慌てて会社から帰宅してきた。
二人はセイラを説得しようと試みたが、彼女はまるで心を閉ざしたかのように、一言も学校で起きたことを話そうとはせず、ただ、「絶対学校になんて行かない!あんなやつらに会いたくない。」とだけ、冷たく告げたと言う。
両親は学校に連絡を入れたが、学校側も状況を把握できていない様子で、「申し訳ありません。1日だけ時間を頂きたい。必ず明日連絡いたしますので。」と、教職員は言った。結局、全ての事実がセイラの両親に伝わったのは、次の日の夜になってからだった。
翌日、セイラの父が仕事から帰ると、そこには教頭先生と担任の赤井先生がすでに待っていた。彼らはセイラの父を見るなり、すぐに謝罪の言葉を口にしてきた。そして赤井先生に代わって教頭先生から事情を聞くこととなった。彼は次の日、生徒一人一人から話を聞き、当時の状況を明らかにしていった。
しかし、きっかけを作った生徒に話を聞いても、「本当に筆箱が勝手に落ちたんだもん、嘘言ってないもん。」と、彼は頑なに主張し、嘘を認めることはなかった。さらに、クラスの生徒が昨日の出来事を親に話してしまったらしく、セイラに対する苦情も寄せられているという話も同時に聞かされた。
その話し合いの最中、赤井先生は終始うつむいていたと言う。セイラに対しての罪悪感なのか、自信を喪失してしまったのか、それとも「何で私が…」と言う気持ちなのか、その答えは彼女に聞かないと分からない。
「えーと!私が知っていることはこれくらいかなぁ?」と、セイラは突然、話を切り上げた。
あまりに唐突に終ってしまったため僕が「えっ!」と言う表情を向けると彼女は続けて言った。
「その後のことは本当に分からないんだ。私はその後、一度もあの学校には行っていないし、両親からも何も聞いていないから。あの赤井美子という先生も、その後一度も家には来ていないし、クラスのやつらも誰とも会っていないしなぁ。」
彼女の言葉は、まるで他人の物語を語るかのように淡々として。自分の人生の一幕を他人の視点で語っているかのように感じられた。
セイラの話を聞き終えた瞬間、僕の瞳から涙がこぼれ落ちてきた。抑え込んでいた思いが、まるで堰を切ったように溢れ出してきたのだ。この感情は、セイラにひどい目をあわせた相手への怒りだけではなかった。その怒りは、いつしか自分自身にも向けられていた。
僕もまた、セイラに対して興味本位で近づいていたのだ。「霊感」という言葉に惹かれ、彼女と友達になりたいと軽々しく思ってしまっていた。まるで映画やアニメのヒーローのように感じていたが、彼女がその霊感のせいでどれほど大変な目にあっているのか、全く理解していなかった。無神経にいろいろ聞いていた自分に、無性に腹が立っていた。
霊感は決して特別な能力ではない。むしろ、病気に近いものかもしれない。僕は、病気で苦しんでいる人に対して「凄い!」と勘違いしていたのだ。セイラに対してひどいことをしたのではないかという自責の念が胸を締め付け、「セイラ、ご、ごめん……」と謝るしかなかった。
そんな僕の涙を見たセイラは、少し慌てた表情を浮かべ、「何しんいち泣いているんだ?それに君が謝ることじゃないだろ!」と声をかけてきた。
僕は涙を拭いながら、「だって……」と、涙の理由を話すと、セイラは笑いながら言った。「なおさら君が謝る事はないじゃないかぁ!君はあいつらとは違うじゃないかぁ。私の霊感の話を聞いても怖がらなかったし、逆にグイグイと近づいて来て、こっちが怖かったくらいだからな。」と、言いながら、自分の肩を叩く彼女の姿は、まるで自分の行いを気にしていないかのようだった。
その瞬間、僕の心の中に少しだけ温かい光が差し込んでいた。セイラの言葉は、僕の心の重荷を少し軽くしてくれた。彼女の笑顔が、僕にとっての救いのようだった。
さらにセイラは明るい声で言ってきた。「それに、学校のやつらと離れられて清々してるんだ。気を使うのにも疲れてしまってな!学校を休むことが決まった時も、長い春休みをもらった気分で、割と嬉しかったんだ。」
その言葉に、泣き止んでいた僕は少し呆れながらも「春休みって…」と呟くと、セイラは楽しそうに続けた。「いや~ぁ、休み中は図書館に入り浸っていて、色んな本を読めて楽しかったんだよ。」
彼女の話す様子は、まるで学校が彼女にとってどれほどのストレスだったのかを物語っているようだった。セイラの目は輝き、彼女の心の中にある解放感が伝わってくる。
「私がおばあちゃんの家に行く事になった件も、いつの間にか決まっていたんだ。私もずっとこのままって訳にはいかないって分かっていたから、両親から話を聞いた時もすぐに受け入れたよ。」彼女は少し寂しそうに微笑んだ。
「それから私がおばあちゃんのところに来た理由は『修行』をするためなんだよ。」セイラがそう言った瞬間、僕は思わず首を傾げた。「修行?」その言葉に疑問を抱きながらも、彼女の次の言葉を待っていた。
「しんいちには言ってなかったけど、学校が終わった後におばあちゃんに教えてもらいながら『霊感』をコントロールする『技』を学んでいるんだ。」セイラは真剣な表情で教えてくれた。
彼女の話しでは、壊れた霊感を治すよりも、自分でコントロールできるようになる方が早いし、何かあった時に自分で対処できる技を身に付けておく方が良いとのことだった。さらに、合気道の道場に通っているのも「修行」の一環だと教えてくれた。
セイラは、少しずつ霊感をコントロールできるようになってきたと、嬉しそうに語った。「今の生活は割と楽しいんだ。君という友達もできたし、おばあちゃんも好きだし、修行もそんなに嫌じゃないからな。」と、彼女の声は弾んでいた。
「だから頼むよ!私はあの場所に帰りたくないんだ。お母さんに頼んでみてくれないか。」と、セイラは再び僕に懇願した。その声には、切実な思いが込められているようだった。
僕は彼女のその思いを受け止め、「大丈夫!絶対にお母さんを説得するよ。」と、力強く宣言した。セイラの力になりたい、その一心で熱い気持ちが湧き上がった。
そして、強い信念を胸に抱きながら、セイラと一緒に母のもとへ向かい、事情を話してみた。母は驚くことなく、優しい笑顔を浮かべ「もちろん良いわよ!セイラちゃんと一緒に暮らせるなんて楽しいじゃない。」と、あっさりとOKをもらうことができた。
あまりにもあっさりと決まったその瞬間、僕は肩透かしを喰らったような気持ちになり、苦笑いを浮かべていた。セイラは自分の気持ちを察するように「ポンポン!」と肩を叩いてきた。まるで「ありがとう。」と言っているかのように。
そしてこの一年後……、僕はセイラのアダ名に纏わる事件に巻き込まれる事になる。
もちろんこの時の僕にはまだ知るよしもなかった。




