ニ幕目 星空の霊感
セイラがこの話をしてくれたのには、ある切っ掛けがあった。
それは、いつものように彼女が家に訪れた日のことだった。その日の彼女は少し様子が違った。彼女の表情はどこか深刻で、目がいつもよりも真剣だった。「ちょっと、しんいちに頼みたい事があるのだが……」と、彼女は僕に言ってきた。
仲良くなってから、セイラが頼み事をしてくるのは珍しくなかったが、こんなにも真剣な顔をしているのは初めてだった。心の中に不安が広がり、思わず「どうしたの?」と、こちらもつられて深刻な声で尋ねてしまった。
「それが……」と、セイラが話し始めた内容はこんな感じだった。彼女の祖母、月静さんが仕事の関係で一週間から10日ほど家を留守にしなければならないというのだ。
月静さんの仕事については、母から少し聞いたことがあった。占い師や霊媒師が出張するなんて、少し不思議な気もしたが、僕はセイラの話を続けて聞くことにした。
月静さんは時折家を留守にすることがあったが、ほとんどの場合は1日か長くても2日程度だった。そんな時、セイラは「一人暮らしだ!」と言って楽しんでいるか、月静さんからご飯代と渡されたお金を小遣いに回すために、僕の家でご飯を食べてそのまま泊まることもあった。しかし、今回は事情が少し違った。
留守の期間が長いのだ。
いくらセイラがしっかりしているとはいえ、一週間や10日も彼女を一人にするわけにはいかない。さらに、月静さんが行く場所が九州の方だということで、飛行機での移動や宿泊先にセイラを缶詰めにするのも可哀想だという話になり、その間、両親の元に帰るという選択肢が出てきたそうだ。
ここまで聞いた僕はビックリしていた。なぜなら、セイラの両親は亡くなったものだとずっと勘違いしていたからだ。「セイラの両親って生きてるの?」と、僕は思わず口にしてしまった。
セイラは呆れた表情を浮かべ、「私の両親を勝手に殺すんじゃない」と軽く怒っていた。その言葉に、僕は少し恥ずかしくなったが、さらに驚いたのは、彼女の口から妹がいることを知った瞬間だった。
そしてセイラは少し申し訳なさそうに、両手を合わせて僕に頼み込んできた。「そんな訳で、しんいちから、かずこさん(うちの母)に頼んでくれないかなぁ。」
僕は考え込みながら彼女に、「う~ん、聞いてみないと分からないけど、多分大丈夫じゃないかなぁ。母さん、セイラのこと大好きだし、逆に喜ぶと思うよ。」と答えた。
その言葉を聞いた瞬間、セイラの表情は一変し、「本当か!是非頼んでみてくれ。」希望の光を見つけたかのように、彼女の顔が明るく輝いていった。
しかし、僕の心には疑問が渦巻いていた。思い切ってその疑問を口にすることにした。「話すのは大丈夫なんだけど、セイラ、両親いるならたまには帰って顔でも見せてあげたら?両親も喜ぶでしょ?」
その問いに対して、セイラは眉を潜め、悩んだ表情を浮かべている。「う~ん……、それはちょっと嫌というか、あの家は居づらいんだよなぁ。」
彼女の曖昧な答えに、子供ならではの好奇心がくすぐられた。僕は思わず、最も聞きたい核心に迫る質問をしてしまう。「ずっと思ってたんだけど、そもそもセイラって何で転校してきたの?両親いるならそっちの方が良いじゃん。」
子供らしい素朴な疑問だった。
セイラはその質問に驚きもせず淡々とした口調で答えてきた。「そうかぁ!しんいちにはまだ話してなかったな。私は学校に居れなくなって転校してきたんだよ。」
「え?」
その言葉は、僕の心に重く響いた。
僕の口は自然に「学校に居れなくなったって……、どういう事?」と、セイラに聞いてしまった。
セイラが学校に居られなくなった理由は、彼女が持つ「霊感」にあった。
僕はその時、初めてセイラの霊感について聞くことになった。
彼女の霊感は、生まれつきのものではない。幼稚園に通っていた頃、彼女の中で目覚めたのだと、以前に彼女から聞いたことがある。
そして、セイラはその霊感が目覚めた理由を僕に教えてくれた。「私の霊感は、自分で無理矢理目覚めさせたものなんだよ」と、彼女は静かに語り始めた。
セイラの話によれば、霊感は誰にでも備わっているものだという。「僕も持ってるの?」と尋ねると、彼女は軽く頷き、「もちろんだ!」と明るく答えた。
「霊感は本来、幽霊など見てはいけないものから自分自身を守るための機能なんだ。」とセイラは続けた。彼らは、こちら側が認知することによって初めてその存在を表すことができるのだという。彼女は、霊感と幽霊の関係を、電波とテレビに例えた。
「電波は身の回りに存在するが、私たちはそれを見る事も感じる事も出来ないだろ。
でも、テレビと言う機械を点ける事によって始めて電波は映像として形作る事が出来るだろ。」と、セイラは僕にも分かるように詳しく説明してくれた。
当時、子供だった自分は、彼女の言っていることが半分くらいしか理解できなかったが、それでもとても大事な話を聞いている気がして、黙って彼女の話に耳を傾けていた。
セイラはさらに話を続けた。「霊感のスイッチは、普通は簡単には入らないんだ。こちらが見えなく、感じなければ、幽霊はすぐに諦めてどこかへ行ってしまう。つまり、それは強力な結界やバリアのような役割を果たしているんだよ。」と彼女は言った。
しかし、まれにそのスイッチが入る時がある。それは、バリアを破ってくる非常に危険な存在なのだ。だから、霊感のスイッチが入るということは、自分の身に危険が迫っているという合図であり、すぐに逃げるべきだとセイラは警告した。
セイラの言葉が静かに響く中、僕は彼女の目を見つめた。心の奥で何かがざわめき、彼女が語る過去の影に触れようとしている自分がいた。
「セイラが言いたいことは、何となく分かったよ。霊感があるってことは、バリアがない状態なんでしょ。それと、無理矢理霊感のスイッチを入れたって話はどう繋がるの?」と、僕は思わず問いかけてみる。
セイラは一瞬驚いたように目を大きく見開き、すぐに手を振って「ゴメン!ゴメン!」と謝った。「すまん!話がだいぶそれたな。私が無理矢理霊感のスイッチを入れたのは、友達にもう一度会いたいと思ったからなんだ」と、彼女は言った。その声には、どこか切なさが滲んでいた。
「友達?」
僕は思わず聞き返した。彼女の言葉の背後にある重みを感じながら。
「あぁ!昔、私をかばって亡くなった友達だよ。」
セイラはさらりと答えたが、その瞬間、心の中に冷たい風が吹き抜けた。子供ながらに、聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、心臓が「ドキドキ」と高鳴るのを感じた。
僕は次の質問に悩んでいた。この話はきっと彼女にとって辛い過去なのだろう。下手なことを聞いてはいけない。興味本位で聞いてはいけない。必死に彼女を傷つけない言葉を探していた。そして、ようやく口を開いた。
「その友達とは会えたの?」
その言葉が、適切な言葉だったのかは分からなかった。ただ、その時の僕には他にかける言葉が見つからなかったのだ。
セイラは静かに頭を横に振っり、「お礼も言いたかったし、『私のために……』と謝りたかったんだけどな。結局、私の願いは叶わなかったよ。」彼女の声は淡々としていたが、その奥には深い寂しさが潜んでいた。まるで、彼女の心の中にある痛みが、静かに波紋を広げているかのようだった。
「大変だったのはこのあとだったんだよ。」セイラは続けた。彼女の表情は過去の失敗を語るように笑顔で話していたが、僕には何処か寂しさを感じさせていた。
そして、「当時の私は霊感を持つと言う事がどういうものか、全く分かってなかったんだ。」と、セイラは核心の話を語り出していった。




