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最終話 その後…

「ところで、幽子。最後に、もう一つだけ聞いてもいいか?」


自分は、ずっと胸の奥にしまっていた疑問を、ついに言葉に乗せた。心の中で何度も反芻しながら、今この瞬間を待っていたのだ。


幽子は目を丸くしてこちらを見つめると、少しだけ困ったような声で答えた。


「なんだ? まだ何かあるのか~ぁ?」


その反応が、妙に面白かった。少し意地悪な気持ちが湧き上がる。彼女の意外な顔を見ると、つい続きを言いたくなった。


「いやさ、結果的に……幽子、何にもしてないよね?」


そう言って真剣な目で見つめると、幽子の顔が凍りついた。


「はぁ!! お前は何を言っているんだ!」


彼女は信じられないものを見るような目で詰め寄ってくる。その勢いに押されそうになりながらも、自分の心には、妙な高揚感があった。


「だってさ、お祓いもしてないし。お守りだって幽子のおばあちゃん製でしょ? 何もしてないじゃん。それで報酬をもらうって、どうなんだろうなって思ってさ。」


言い終えると、幽子の表情は一瞬のうちに、驚きと困惑、そして怒りへと変わった。


「君は馬鹿なのか!? 何を見ていたんだ!」


その声には怒りがこもっていて、まるで空気が震えるようだった。


「私は大変だったんだぞ! 星野さんを霊視して、準備して、小林さんの話を丁寧に聞いて、演技までして……ほぼ女優のような演技力でお祓いしてたんだからな! 結果的に解決しただろうが!」


彼女は、早口でまくしたてながら詰め寄ってくる。その様子があまりにも必死で、自分は思わず笑ってしまった。


「ウソ、ウソ。ちゃんと見てたよ。よくやった、ほんとよくやった!」


笑いながら宥めたつもりだったが、一度火のついた幽子の怒りは、なかなか鎮まらなかった。


「そもそもお前はなぁ……!」


彼女の怒声はさらにヒートアップし、まるで嵐のように自分を襲う。懸命に「まぁまぁ」となだめるも、その努力は焼け石に水だった。


怒りの奔流は止まることを知らず、とうとうその炎を鎮めたのは、帰り道の途中で買った鯛焼きだった。


甘い香りに誘われたのか、幽子は一口かじると、怒りの炎がふっと和らいだ。口元には小さな笑みが浮かび、自分はようやく安堵の息を吐いた。


 ──これが、高校に入ってから起きた、最初の事件である。


あの不思議な一日は、まるで夢の中の出来事のように、今でもはっきりと記憶に残っている。


後日、小林さんと再会したときに話を聞かせて貰った。


あの日以来、あの黒い人影はぱたりと姿を見せなくなったという。以前は夜になると、自室の隅や廊下に現れていた影が、嘘のように消えたのだと。


金縛りも、日に日に回数が減っていった。


「お守りのおかげかもしれません」と、彼は少し照れくさそうに笑いながら話した。はじめは気休め程度にしか思っていなかったらしい。しかし、幽子に会ってから、彼の周囲で次々に変化が起きていったのだ。


今では、部活やお風呂に入るとき以外、常にお守りを肌身離さず持っているという。彼はそれを見るたびに、不思議と心が落ち着くのだと語っていた。


そして星野さんの方だが……、


今、自分の目の前で、幽子と楽しそうに話している。


幽子のもとを訪れるようになったのは、小林さんの件が落ち着いた頃からだ。おしゃべり好きという印象はなかったが、どうやら人見知りなだけだったようで、今ではすっかり打ち解け、二人で女子トークを繰り広げている。


幽子があんなに楽しそうに人と話すなんて……。人間嫌いな彼女を知る自分としては、正直、驚きだった。


「星野さん、大丈夫なの? 怖くないの?」と、ある日自分が心配して尋ねると、幽子は眉をひそめた。


「しんいち、変なことを言うのはやめたまえ。高校に入って、初めてできた友人なんだぞ。しかも彼女からはちゃんと報酬も受け取った。だから責任もってケアしてるんだ。」


変わった者同士、どこか通じるものがあるのかもしれない。ふたりの間には、確かに特別な理解が存在していた。


その時、幽子はもう一つ、自分に強く釘を刺した。


「それから、絶対に小林さんの件は星野さんに話すなよ。彼女、繊細だからな。あんな話をしたら、きっと傷つく。」


当然だ。自分にだって、それくらいの空気は読めるつもりだ。


──が、幽子は最後に、にやりと笑ってこう付け加えた。


「そうそう、しんいち。もちろん分かってると思うが、星野さんは独占欲が強くて、ちょっと嫉妬深い。


もし君がまた私に変な頼み事をして、私を長時間拘束でもしたら……次は彼女の生き霊が私の元に飛んできてもおかしくないぞ。


もっとも、私にはその生き霊を君に“返す”能力がある。その時はお前のところに飛ばしてやるから、せいぜい気をつけたまえよ。」


「やめろ! 本当にやめてくれ!」


自分が本気で懇願すると、幽子は満足げに笑った。あれは冗談なのか本気なのか、いまだに判断がつかない。


 ──これは、幽子が高校生になって初めて得た“友達”にまつわる、不思議な出来事の記録である。


彼女と星野さんの関係が、これからどう変わっていくのか。少しばかり不安はあるが、それ以上に興味深く、目が離せそうになかった。


Report1 黒い影の生き霊編お読み頂きありがとうございます。

良かったら評価、感想よろしくします。


次は本エピソードの後書き、解説になります。


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