十一箱目 危機
台の上に置かれた「箱」に気づいたのは、十字架がある場所に近づいた瞬間だった。懐中電灯の光がその箱を照らし出したとき、心の奥底から湧き上がる驚きと恐怖が一瞬で全身を駆け巡り、鳥肌が立った。
その箱は、長方形の大きめの重箱と同じくらいのサイズで、ロザリオでぐるぐる巻きにされていたため、詳細はよくわからなかった。しかし、底に足があるその姿は、一見するとオルゴールのようにも見えた。
だが、何かが違った。自分の第六感が警鐘を鳴らし、自分のオカルトの知識からしても「ヤバい物」と直感で分かるほど、禍々しいオーラが漂っているのを感じた。
そのため、無視を決め込むことにしたのだった。
なぜ、そんな選択をしたのか?
それは、幽子のことが頭をよぎったからだ。
今の彼女にこの箱を見せたら、「悪霊!そんなモノ、私がチョチョいと祓ってやるさ!」と興奮して飛びつくに違いない。実際、彼女の目は輝き、開ける気満々の様子だった。
電気を点けるときも、嫌な予感が胸を締め付けた。だから、自分は箱の存在に気づかないふりをして、さらりと流すつもりでいた。恐らく、関口さんも椿ちゃんも同じ考えだったのだろう。二人の青ざめた不安な表情を見れば、だいたいの予想はつく。
その後、自分たちは必死になって幽子を止めに入った。心の中で、何かが起こる予感がしていた。箱の中に何が隠されているのか、そしてそれが自分たちにどんな影響を及ぼすのか、考えるだけで恐ろしい。だが、今は己の身を守ることが最優先だ。自分たちの運命が、この箱にかかっているのかもしれないと感じた。
「いや!幽子、それだけは辞めよう。自分の第六感がそれだけはダメだと言っているし」と、自分が口火を切って幽子を止めに入った。その言葉に、関口さんも応援するように続けた。「幽子くん、それを調べるのはちょっと不味いんじゃないかなぁ?部長としてみんなのことを守らなきゃならないし。」
しかし、幽子はその言葉に反発してくる。「何だ、二人とも臆病風に吹かれて、らしくないじゃないか。」彼女の目には挑戦的な光が宿っていた。
「待って!待って!そんな十字架のネックレスがぐるぐる巻きになっているやつなんて、絶対に何かヤバいものが封印されているに決まっているじゃないか。取りあえず様子を見ようよ。」自分は必死に彼女を落ち着かせようとした。
その言葉に、椿ちゃんも参戦してきた。「ゆ、幽子さん、本当に辞めよう。しんいちくんの言う通りだって!」彼女の声は震え、泣きそうな表情が幽子の心に響いた。
流石の幽子も、椿ちゃんのそんな必死な表情を見たら、少し考え込んだ。「う~ん…、仕方ないなぁ。取りあえず様子を見るだけだぞ。」彼女は諦めたわけではないようだが、少なくとも一旦開けるのは辞めてくれたようだった。
その瞬間、自分たちは「ほーーぉ」と命拾いをしたような気持ちになり、場に少しの安堵の空気が流れた。緊張がほぐれ、これで少なくとも今は危険を回避できたのだった。
しかし……、人間の興味というのは恐ろしいものである。
危機を脱して少し気が緩んだのか、自分たちはその箱に対して不思議な興味を抱き始めていた。
まるでオカルト好きの性分が顔を出したかのように、心の奥底から湧き上がる好奇心が抑えきれない。
遠巻きにその箱を見つめながら、自分たちはいろいろと話し合った。「しかし、何ですか!この箱は?あからさまに封印してあるように見えるんですが……、何かの魔術みたいなものなんですかねぇ?関口さんは何か分からないんですか?」と、自分は関口さんに尋ねた。
彼は手で顎を擦りながら考え込んでいたが、「僕は東洋系の呪いや魔術には詳しいんだけど、西洋系のこういうものはそれほど詳しくないんだよねぇ。でも、しんいちの言うとおり、何か封印っぽく見えるよねぇ?」と、オカルト博士を自称する関口さんでも、どうやらその箱の正体には困惑しているようだった。
「幽子くんは西洋系の呪術について詳しくないのかい?」と関口さんが幽子に目を向けて尋ねた。しかし、幽子も少し困った顔をして、「私も西洋系の魔術や呪術には詳しくないんだよなぁ。そもそも、私は君たちみたいにオカルト馬鹿じゃないから。少し霊感があって、お祓いや術が使えるくらいだからな。」と、少し自嘲気味に言った。
「それもなかなか凄いんだけれど」と心の中で思いながら、自分は幽子の言葉に耳を傾けた。彼女は続けて、「確かに見た目はヤバそうに見えるが、今のところは君たちが思うような変なものは見えていないぞ」と、冷静に語った。その言葉に「へぇ~」と、少し安心感を覚えた。
そんな時だった。「あの~ぉ」と小さな声が聞こえ、全員がその声の方へ顔を向けた。
声の主は椿ちゃんだった。彼女は少し照れくさそうに、頬を赤らめながら、「あの~ぉ、私少しだけなら分かるかもしれません」と意外なことを言ってきた。その言葉に、自分たちの心は一瞬にして引き寄せられた。彼女の言葉が、自分たちの興味をさらに掻き立てるのだった。
「えっ!椿ちゃん、これ分かるの?」自分の口から思わず出た言葉だった。幽子も関口さんも、椿ちゃんの答えに期待を寄せている。椿ちゃんは少し自信なさげに「う~ん、何となくなんですがぁ」と答えた。その声には、ほんの少しの緊張が混じっていた。
「へぇ~!凄いね。是非聞かせてよ。」自分は興味津々で促すと、彼女は照れくさそうに頬を赤らめながら言った。
「私、ハリーポッターとか好きで、以前西洋系のおまじないや魔術に興味を持って、いろいろと調べたことがあって…」と、彼女は前置きをした。その瞬間、ふと彼女が熱心にハリーポッターの話をしていたことを思い出していた。
椿ちゃんは続けて、「そのときに調べた中に、『アスタロトの魔術』っていうのを読んだことがあるんですよ。」と語った。「アスタロトって…」自分は頭の中の知識を引っ張り出しながら、「確か悪魔の名前だよなぁ?」と考えていた。すると、幽子が驚いた表情で「へぇ~!藤原さん、意外だなぁ!凄いじゃないか」と椿ちゃんを褒めた。
その言葉に、椿ちゃんは少し照れくさそうに「そ、そんなことないですよ。わ、私…友達少なくて、いつも図書館で本ばかり読んでて、それでたまたま読んだだけです。」と、恐縮した様子で言った。
幽子はその言葉に頷きながら、「いや!本当に凄いよ。私は西洋系の呪術は詳しくないからなぁ。それで、その『アスタロト』っていうのは何なんだ?」と興味津々で尋ねた。
椿ちゃんは「はい!」と元気よく答え、説明を始めた。「アスタロトは『ソロモンの小さな鍵』というお話に登場する第29の悪魔で、地獄の大公として知られているんです。知識、富、愛に関する力を持っていて、女性で描かれることが多いみたいですが、召喚儀式で重要な役割を果たしていて、いろいろな魔術や占星術の文献にも登場する悪魔なんですよ。」彼女の言葉は、まるで水を得た魚のように生き生きとして饒舌に語った。
いつもとは違う椿ちゃんの姿に、自分は思わず「すごっ!」と声を漏らし、幽子も関口さんも目を丸くして唖然としていた。彼女の知識の深さに、心が躍るような感覚を覚えた。
そんな三人の様子に気づいた椿ちゃんは、急に恥ずかしそうにうつむき、「あっ!ごめんなさい。私、夢中になるとこんな感じになっちゃうんです。」と、いつものおどおどした椿ちゃんに戻ってしまった。
その姿に、自分たちは思わず笑顔になり、「本当に凄いよ」、「藤原さん、やるなぁ、見直したよ」、「椿くん、凄い知識持ってるね」と次々に褒め称えた。彼女の照れた表情は、まる春の花が咲くように、周囲を明るく照らしていた。




