八箱目 運命の出逢い
ちょっとしたトラブルはあったものの、二階での作業を続けていると、今度は自分が不思議なものを発見することになった。長細い箱を手に取った瞬間、「おっ!何か入っているぞ」と思わず声が漏れた。手に感じる重みは、ただの箱ではないことを示していた。
その箱は、長さ約60cmの木製で、蓋の上には何かが書かれている。しかし、その文字は達筆で、所々かすれていて、はっきりとは読めなかった。思わず「掛け軸なのか?」と想像を巡らせる。
そんな時、お宝の香りに敏感な幽子が、まるで磁石に引き寄せられるように自分の元へ駆け寄ってきた。「何か良いものでも出てきたか?」と、彼女の目はキラキラと輝いている。
そんな目をされては見せない訳にもいかず。「ほら見て良いよ!」と箱を差し出すと、幽子は目を輝かせながら「どれ!お宝拝見といこうか。」と声を弾ませ、箱の蓋を開けた。
その瞬間、箱の中から古い日本刀が姿を現した。
長さからいくと、小太刀か脇差しのように思えるその刀は、つかの部分が色あせ、かなりぼろぼろの状態だった。「えっ!本物?」と驚きの声が心の中で響く。幽子はその刀を箱から取り出し、まるで宝物を手にしたかのようにじっと眺めていた。
しかし、彼女の様子に何か異変を感じた。幽子の目は、まるで神聖な物に触れているかのように真剣な輝きを帯び、その刀を観察している。自分は不安になり、「幽子、どうしたの?何かあるの、その刀?」と声をかけてみたが、彼女の返事はどこか歯切れが悪かった。
「な、何だろうこの刀?神聖と言うのか?すごい力を感じると言うのか…。しんいちは何か感じないか?」と、彼女の声には緊張が滲んでいた。幽子の意外な反応に、自分も刀をじっと見つめるが、特に何も感じることはできなかった。
その時、幽子は「カチャッ」とゆっくりと刀の鞘を抜いた。「危ないよ!」と声をかけようとしたが、その言葉は喉の奥に詰まってしまった。自分は思わず息を飲んだ。
光を受けて反射する刀身は、まるで長い年月を経て磨かれた宝石のように美しく、幽子の目はさらに大きく見開かれた。「退魔刀かぁ?」彼女の声には驚きと興奮が混ざり合っていた。
自分もその刀に目を奪われる。古びた木箱の中に隠されていたこの武器は、ただの道具ではなく、何か特別な力を秘めているように感じられた。幽子の手が刀身に触れると、彼女の指先が震え、まるでその刀が彼女に何かを語りかけているかのようだった。
流石の自分もこの刀の凄さが分かり、もう一度箱の蓋に書かれている文字を読み取ろうとした。かすれていてよく分からない部分もあったが、かすかに読み取れる箇所があった。「むら……まさ……。いや!違うなぁ…?むら……、あめまる?、えっ!むらさめまる?」と、思わず声を上げそうになった。「村雨って、あの村雨?」と驚き、再び幽子が持っている刀を見つめた。
「え!でも、村雨って……、里見八犬伝に出てくる。想像上の刀だよなぁ?」と思いつつも、自分はその神々しい刀身に目を奪われる。
村雨と名乗る刀。それは里見八犬伝に登場する伝説の武器であり、名前くらいなら耳にしたことがあるだろう想像上の刀のはずである。しかし、幽子が手にしているその刀からは、フィクションを遥かに超えたリアルな威厳が漂っていた。自分は初めて本物の刀を目の前にしているはずなのに、その刀身から放たれるオーラは、まるで時を超えてきたかのように、偽物とはかけ離れた存在感を放っていた。
幽子はしばらくその刀身をじっくり見つめた後、刀を鞘に戻し、箱にしまい直す。そして、その箱を大事に抱え、「私、これにする」と高らかに宣言した。
「いやいやいや!ちょっと待って!」自分は思わず声を上げ、幽子を制した。彼女の目は輝き、まるでその刀を手に入れることが運命づけられているかのように箱を抱き抱える。そんな自分たちの声を聞いた関口さんと椿ちゃんも、何事かと思って集まってきた。
自分が二人に事情を説明すると、彼らも驚きの表情を浮かべながら「ちょっと待って、ちょっと待って」と幽子を制止した。しかし、彼女はその言葉を耳に入れず、ますます興奮していた。
「一つくれると約束したじゃないかぁ、私が見つけたから、これは私が貰うんだ!」と、幽子は駄々をこねる。「いやいや!見つけたのは自分だし、それにもし本物なら国宝級か、重要文化財とかのレベルかもしれないじゃん!」と、何とか説得を試みるが、幽子の心は揺るがなかった。彼女の目は、まるでその刀が自分に選ばれた運命のように輝いている。
さらに説得を続ける。「それに、それどうやって持って帰るんだよ。銃刀法に引っ掛かるよ。捕まっちゃうよ。」と、正論をぶつけてみる。椿ちゃんも「ゆ、幽子さん、ダメだよ。辞めておきなよ」と自分に援軍を出してきた。
幽子は一瞬、怯んだように見えたが、すぐにその表情は強気に戻った。「いや、君らが黙って置けば済む話ではないか。なんなら口止め料も払おう。」と、彼女は買収を持ちかける。自分はその言葉に驚き、何か言おうとしたが、呆れて言葉が出てこなかった。
そんなやり取りをみていた関口さんは「じゃあ、この話は一旦置いといて…後でしっかり話そうか」と、関口が落ち着いた声で言った。
その言葉が場の空気を少し和らげたが、幽子の表情は依然として硬いままだった。彼女の腕の中には、刀が収められた箱がしっかりと抱かれており、彼女のその刀へのこだわりが伝わってきた。
先ほどの不気味な人形といい、この刀といい、一体この蔵はどんな秘密を抱えているのか。
自分の心には興味が募るばかりだった。自分は周囲を見渡し、静まり返った空間の中で、何かが隠されているのではないかと感じていた。




