七箱目 暗闇の階層
休憩が終わり、関口さん、自分、幽子、そして椿ちゃんの四人は、蔵の二階へと向かうことになった。先頭を切るのは関口さんで、続いて自分、後ろからは幽子が、最後に椿ちゃんが続く形だ。
二階は、静馬さんの言葉を借りれば、ここ数年、あるいは十数年も誰も足を踏み入れていない場所かもしれない。取り壊しが決まった際、階段の近くから中をちらりと覗いた程度で、完全に上がった者はいないという。まるで、長い間忘れ去られた秘密の部屋のように、二階は静まり返っている。
電灯はあるらしいが、果たして点くのかどうかは分からない。四人はそれぞれ懐中電灯を手にし、階段の前に立っていた。真っ暗な二階の入り口の先には、何が待ち受けているのか、期待と不安が交錯する。
「じゃあ、先に自分が上がって、床の状態を確認してみるから、三人は自分が合図するまで下で待機してて」と、関口さんが指示を出す。その声には、少しの緊張が滲んでいた。自分たちは頷き、関口さんが階段を一歩一歩上がっていくのを見守る。
彼の表情は緊張に満ち、慎重に足を運ぶ。古びた階段が「ギィ、ギィ、ギィ」と音を立てるたびに、心臓が高鳴る。周囲を懐中電灯で照らしながら、関口さんはまるで暗闇に飲み込まれそうな気配を漂わせていた。
関口さんの姿が見えなくなってから少しの間、静かな時間が過ぎていった。その時、二階から関口さんの声が響いた。「しんいち!上がって来ても良いよ。けっこうしっかりしてるから、上がって来ても大丈夫だよ。」その言葉に、心の中に少しだけ安堵が広がる。
しかし、未知の領域に足を踏み入れる緊張感は消えない。自分は深く息を吸い込み、「ふぅ」と呼吸を整え、懐中電灯のスイッチを入れた。光が暗闇を切り裂くと、階段を一歩一歩上がっていく。
二階の入口に差し掛かると、真っ暗な空間が広がっていた。関口さんの懐中電灯の明かりだけが、薄暗い空間を照らし出している。その光の中に浮かび上がる影が、不気味な雰囲気を醸し出していた。思わず息を飲む。
二階に完全に上がり、床を確認すると、関口さんの言う通り、かなりしっかりとした造りであることに安心した。古びた木材がしっかりとした音を立て、まるでこの場所が長い間守られてきたかのように感じられた。
周囲を照らすと、一階ほどではないものの、棚がいくつか置かれているのが見えた。埃をかぶったその棚には、古びた箱が点在していた、荷物はかなり少なく見受けられた。
二階の状態を確認した自分は、下にいる幽子と椿ちゃんに向かって声をかけた。「大丈夫みたいだから、二人も上がって来て。」その言葉に、幽子が「分かったぁ!上がるぞ」と、淡々とした口調の返事が返ってきた。
幽子が階段を上がってくると、続けて椿ちゃんもその後に続いた。幽子は懐中電灯を手に、周囲を照らしながら冷静に状況を確認している。「なかなかに不気味だなぁ」と彼女は呟いた。その声には、どこか余裕が感じられる。
そんな彼女とは対称的に、椿ちゃんは幽子の袖を掴み、少し怯えた様子で「ゆ、幽子さん、こ、怖くないの?」と尋ねる。彼女の不安そうな表情は、まるで怖いもの知らずの姉に助けを求める妹のようで、思わず微笑ましく感じた。
先に入っていた関口さんは、周囲を照らしながら何かを探している様子だった。「しんいち!そこら辺に電灯のスイッチないか探してみてくれないか?」と声が響く。自分は「はい!」と元気よく返事をし、周囲を見渡しながらスイッチを探し始めた。幽子もその声を聞いて、椿ちゃんを連れて周囲を探し回っている。懐中電灯の明かりが暗闇の中で揺れ動き、まるで蛍たちが不安定に輝いているかのようだった。
その時、幽子が「これじゃないか?」と声を上げた。自分と関口さんはその声に引き寄せられ、幽子の懐中電灯が照らす先に目を移す。そこには、錆びた鉄製のスイッチが壁に取り付けられていた。
「点きますかねぇ?」と自分が素朴な疑問を口にすると、関口さんは「まぁ、押してみようか」と言いながらスイッチに手を掛けた。
「パチッ」と音が響き、周囲にオレンジ色の薄暗い明かりが灯った。何ヵ所かの電球は切れていたが、二階全体を照らすには十分な明かりだった。明かりが灯ると、暗闇の中に隠れていた物たちが姿を現し、古びた棚や埃をかぶった箱が点在している。
二階の全体像が明らかになり、まるでこの場所が長い間忘れ去られていたかのように感じられた。薄暗い空間には、埃が舞い上がり、静寂が支配している。周囲を見渡すと、気になる点がいくつか目に留まった。
棚の上に積もった埃に比べて、床の埃は少しだけ薄いように思えた。そして、二階の端に小部屋のように板張りになった箇所があり、そこには比較的新し目の大きな段ボールが縦に積まれているのが見えた。
「何だろう?」と心の中で呟きながらも、特に口にすることはなかった。好奇心が胸をざわめかせるが、今はその瞬間を楽しむことにした。
「思っていたよりも荷物少ないみたいですね」と、自分は関口さんに告げた。関口さんは「そうだね。でも、だいぶ埃が凄そうだから、僕はちょっとあそこの窓が開くか調べて来るよ。君たちはちょっと箱の中に何があるか見てくれないか?」と、関口さんは頼んできた。
その言葉を受け自分たちは、まず近くの箱から開けてみることにした。手に取った箱は意外にも軽く、蓋を開けると、思いもよらぬ光景が広がった。
「あれ、何もない?」ただの空箱だった。
自分は思わず「空箱ですね」と言った。そんな言葉に呼応するかのように、幽子も「こっちの箱も空だよ」と声を上げ、さらに「私の方も空です」と椿ちゃんの声が続いた。
どうやら二階部分には、空箱が無造作に置かれているようだった。そんな時、「ガコッ」と鈍い音が響き、同時に湿気を帯びた風が部屋に流れ込んできた。関口さんが窓を開けたのだ。
「この部屋はお屋敷の方に置かれている荷物の空箱置き場なのかもしれないね」と、彼は思索にふけるように言った。「軽いようなら、午後の作業に備えて二階の入り口付近まで集めておこうか。」
その言葉を合図に自分たちは作業に取り掛かった。空箱が多い中に時おり中身が入っているものを見つけると、何故か期待してしまう。
まるで本当に宝探しに来ているようなワクワク感があった。
そんな時、幽子の声が響いた。「おっ!良いものが出て来たぞ!」その歓喜の声に、思わず自分たちは「えっ!なになに?」と興味深げに駆け寄った。しかし、幽子以外の全員の動きがピタリと止まった。
幽子が見せてきた箱の中には、驚くべきものが入っていた。それは……人の髪の毛だった。
思わず「何これ?」と、震える声で幽子に問いかける。すると、彼女はあっけらかんとした様子で箱の中に手を突っ込み、「どうだ!かわいいお人形さんだ。長髪で私みたいだろ」と、ニコニコしながら答えた。
彼女が取り出したのは、明らかに規格外に長い髪を持つ不気味な日本人形だった。その人形の目はどこか虚ろで、まるでこちらを見つめ返しているかのように感じられた。周囲の空気が一瞬にして凍りつくのを感じた。みんなの顔から血の気が引くのが分かる。恐怖が心の中で渦巻き、「ゴクッ」と息を呑む音が静寂の中に響いた。
自分たちはソッと視線を移し、人形が入っていた箱を見る。そこには大量の御札が貼られており、この人形がただの玩具ではないことを暗示していた。
関口さんはたまらず「幽子くん、それは大丈夫なのかなぁ?」と不安を隠せずに尋ねた。
幽子はその問いに対し、まるで何事もないかのように「大丈夫だ!これくらいの怨霊なら私でも祓えるし」と、聞き捨てならぬ発言をした。
しかし、自分たちはその言葉を聞かないふりをして、幽子に「う、うん。かわいいね。取りあえず箱にしまおうか?」と、無理に笑顔を作った。
幽子は上機嫌で人形を箱にしまい、「これは候補だなぁ」と独り言を呟きながら、作業に戻っていった。その背中を見送りながら、自分の心には不安が広がっていく。
時に宝探しとは、恐ろしい物と出くわすこともあるのだと、身をもって感じた瞬間だった。埃まみれの二階で、何かが静かに待ち構えているような気がしてならなかった。




