六箱目 蔵
蔵の入り口に立った自分たちは、暗くて奥行きのわからない空間に少したじろいだ。扉を開けた瞬間、埃が混じった空気が鼻をつき、まるで長い間閉ざされていた秘密の場所に足を踏み入れたような不気味さを感じた。薄暗い中、目が慣れるまでの間、心臓が高鳴るのを抑えきれなかった。
その時、ふと違和感が胸をよぎった。てっきり室内は土間だと思い込んでいたのに、目の前に広がるのは意外にも板の間だった。光がほとんど差し込まない静かな空間は、まるで自分たちの足音を待っているかのようだった。
さらに入り口付近は家の玄関のように整えられていて、思わず「こういう造りの蔵もあるんだなぁ」と感心した。
しかし、その美しさの裏には、何か異質な雰囲気が漂っていた。まるでこの蔵は、元々別の建物だったのではないかと感じさせるような、独特の空気感があった。時間の流れを感じさせるその景色は、自分たちを過去の物語へと誘うようだった。
自分たちがそんな事を考えて入ると、ふと蔵の中に明かりが灯った。オレンジ色の電球が、古びた蔵の内部を柔らかく照らし出し、どこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。まるで時代を超えたかのように、静かな空間に温もりが広がる。
先に入っていた静馬さんが電気を点けて戻ってくると、彼は少し笑いながら言った。「板の間になってるけど、もう取り壊すから土足で上がって良いからね。靴下が汚れちゃうし。」その言葉に、自分たちは少し安心した。
そして「取りあえず一階にあるものから外に出して欲しいんだけど、中を確認して種類別に分けて欲しいんだ。外で弟と智哉くんがブルーシートを引いて待ってると思うから、渡してくれないかな。」静馬さんの指示は明確で、自分たちはその意図をすぐに理解した。
「分かりました。」自分たちは頷き、早速作業に取りかかることにした。
蔵の中に足を踏み入れると、目の前には自分の背丈ほどもある古い木組みの棚が何列も並んでいた。棚の上には、時の流れに色褪せた箱や壺、書類、そして古びた本が無造作に置かれている。まるで、長い間誰にも触れられずにいた宝物たちが、静かに自分を見守っているかのようだった。
入り口付近には、比較的新しい物が多く見受けられた。埃をかぶった三輪車や野球盤は、静馬さんや関口さんのお父さんが子供の頃に遊んでいたおもちゃのようだ。人形や額に入った絵、さらにはお屋敷で使われていた日常品も、どこか懐かしさを感じさせる。これらの品々は、かつての賑やかな日々を物語っているようだった。
自分たちはまず、入り口付近にあった物から外に出すことにした。その後、手分けして蔵の一階を片付けることになった。作業は思ったよりもスムーズに進み、古い品々が次々と外に運び出されていく。
外では、自分たちが持ち出した物を関口さんのお父さん、関口さん、椿ちゃん、そして幽子の四人が仕分けしていた。彼らの会話が弾む中、自分たちもそれに加わりながら作業は進んでいった。
しばらく作業が進んでいくと、自分の元に幽子と椿ちゃんが軍手をつけてやって来た。二人の姿は、まるで冒険に出かける小さな探検隊のようで、目がキラキラと輝いている。
自分が「どうしたの?外は大丈夫なの?」と尋ねると、幽子は嬉しそうに頷きながら言った。「あぁ!今、伯父さんの家族が来て、変わってもらったんだ。それに、貴重なお宝を一番に見つけたいからな。」
彼女の目は、まるで宝石のように輝き、欲望が溢れ出しているのがわかる。自分はその熱気に呆れた顔で、彼女の言葉を聞いていた。
幽子はさらに、「藤原さんも良い品見つけたらすぐに私に教えてくれ」と、椿ちゃんにまで協力を求める。椿ちゃんは少し戸惑いながらも、「う、うん。でも幽子さん、ま、真面目にやらないと……」と小さく彼女なりに幽子に突っ込みを入れていた。
しかし、欲望に火がついた幽子には、椿ちゃんの言葉はまるで、焼けた石に水をかけるように一瞬で消えていくようだった。「藤原さん、私たちも一攫千金を狙って大金持ちだぁ!」と、幽子は高らかに宣言し、椿ちゃんを連れて蔵の奥へと消えていった。
自分はその後ろ姿を見送りながら、椿ちゃんに「がんばれー」と小さく応援の声をかける。
心の中で「椿ちゃんも大変なヤツに絡まれたなぁ」と気の毒に思いながらも、自分は作業に戻っていった。
作業を始めてから約2時間が経過した頃、先輩の声が耳に届いた。「しんいち、休憩にしようってさぁ」。その言葉に、思わず「はーい!」と元気よく返事をし、外へと足を運んだ。
外に出ると、静馬さんの家族と関口さんのお母さんが温かく迎えてくれた。彼女たちは、ペットボトルの飲み物とお菓子を手に、笑顔で「お疲れ様!」と声をかけてくれる。その優しい声に、心がほっと和むのを感じた。
自分もペットボトルのジュースを受け取り、喉を潤した。炭酸の心地よい刺激が、疲れた体を癒していく。外に広がるブルーシートの上には、様々な物が仕分けられて置かれ、まるで骨董市のような賑わいを見せていた。色とりどりの品々が、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
そのブルーシートの上で、幽子が熱心に何かを見つめていた。彼女の周りには、静馬さんの小さな子供たちが集まり、「おねぇーちゃん、なにしてるのーぉ?」と興味津々で問いかけている。幽子は、子供たちに向かって「金目の物を探しているんだ。君たちも手伝いたまえ。」と言って、子供たちと一緒になってお宝をあさっていた。
その様子を見て、自分は思わず笑ってしまった。「幽子さん……、子供たちに何を吹き込んでいるんですか?」と突っ込みを入れたくなったが、彼女と子供たちが一緒にお宝を探している姿は、まるでおもちゃ屋で夢中になっている子供たちのように楽しそうだった。「まぁ、良いか!」と心の中で呟き、黙ってその光景を見守ることにした。
幽子の姿を見つめていた関口さんのお父さんが、ふと自分に声をかけてきた。「彼女、面白い子だね。」その言葉には、少し苦笑いが混じっていた。自分は思わず「すみません……」と、恥ずかしさが込み上げ、つい謝ってしまった。
自分は少し幽子の事を話して上げると、お父さんの目が驚きに見開かれた。「えっ!月静先生のお孫さんなの?」と、まるで信じられないというように聞き返してきた。
「先生……」という言葉に、何か引っかかるものを感じたが、「はい!月静さん、知っているんですか?」と尋ねた。お父さんは頷きながら、「もちろんだよ!この界隈に住んでる有力者の人はみんな知ってるんじゃないかなぁ。うちの親父も生前お世話になってたみたいだし、自分もお世話になったことがあってね。あの時のお孫さん、こんなに大きくなったんだね」と、驚きと懐かしさを交えた声で話した。
お父さんはそのまま、静馬さんの方に駆け寄り、自分が話した事を伝えているようだった。
その様子を見ながら、自分は「幽子のおばあちゃんが黒気味町の一番の都市伝説だよなぁ」と思いを巡らせ、月静さんのことを思い出していた。
彼女の存在は、まるでこの町の謎そのもののように感じられた。
そんなことを考えていると、関口さんが自分のところに近づいてきて、「どうしたの?」と尋ねた。自分は「まぁ、ちょっと」と誤魔化したが、関口さんは少し疑問に満ちた顔をしていた。
しかし、彼はすぐに話を切り替えて、「一階部分はこの分なら午前中には片付きそうだから、休憩終わったら自分と幽子くんと椿ちゃんを連れて2階部分の確認に行こうと思うのだけれど、しんいちも一緒に来て欲しいんだけど。」
その言葉に、自分の心は高鳴った。「はい!分かりました。」と答えた瞬間、未知の領域に踏み込むようなドキドキ感が胸を満たしていく。これから、どんな発見が待っているのだろうか。心の中で、期待が膨らんでいった。




