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一件目 限定ケーキ

自分に少し変わった友人がいる。

名前は幽子、もちろんあだ名である。

彼女には変わった能力が何個かあるのだが、その中の1つに霊感と言われる物がある。

そんな彼女と一緒にいるといろいろと不思議な体験を経験出来る

そんな彼女との日常を少し話していきたいと思う。


あれは、ある日の放課後のことだった。


日が傾き始めた町中を、幽子と並んで歩いていると、彼女がふいに立ち止まり、こちらを振り返る。


「なぁ、しんいち。……暑くないか? 私、ちょっと喉が渇いてしまった。」


そう言って、彼女は手のひらをぱたぱたと仰ぎ、うちわ代わりに顔の前で揺らす。


「暑い……か?」


確かに季節は春を越え、初夏の気配をまとっていた。太陽は容赦なく照りつけているが、湿気は少なく、どこか風が心地よい。自分にとっては、むしろ爽やかな午後だった。


「じゃあ……うん、まぁ、自販機でも行くか?」


自分は喉が渇いていたわけではなかったが、幽子がそう言うなら付き合うつもりで、あたりを見回した。


だが次の瞬間、幽子は急に目をそらし、わざとらしく視線を横に流す。


「わ、私は……自販機の飲み物はちょっと……」


その視線の先には、町の一角に佇む喫茶店があった。


黒く塗られた重厚な木の扉。ドアの上には、クラッシックな看板とランプのような照明がほのかに輝いている。

まるでどこか別の時空と繋がっているような、落ち着いた空間。


入り口には黒板調のメニューボードが立てかけられており、「限定ケーキセットあります」と手書きの文字と写真が添えられていた。


彼女が何を狙っているか、すぐに察しがついた。


自分は咄嗟に看板など見なかったふりをして、わざと大きな声を出す。


「よし、じゃあ……コンビニでも行くか!」


自分がその場から逃げるように歩き出そうとしたその瞬間だった。


ふわりとした感触と共に、自分の手が誰かに包み込まれる。見ると、幽子が両手で自分の手をしっかりと掴んでいた。


その目は、どこか潤んでいて、まるで言葉以上の訴えを伝えてくるようだった。


「しんいち……なぜ逃げるんだ?」


幽子がにこやかに微笑んでいる……が、目が笑ってない。いや、キラキラしてるけど、それ違う意味でキラキラしている。


「逃げるって……違う違う違う!喉乾いたんだろ?自販機は嫌って言ってたじゃん?だからさ、コンビニ行こうって話だよ!うん、決して逃げてないよ!」


言い訳にもならない言い訳を並べつつ、自分は幽子の手を逆にギュッと掴むと、幽子を引きずりながら立ち去ろうとした。


が――


「いや、ちょっと待てしんいち。目の前に、『喫・茶・店!』という文明の利器があるというのに、わざわざコンビニに行くのか?合理的ではないな。

ほら、この『限定ケーキセット』で構わん。おごってくれ。」


幽子が真顔で指差したのは、メニューボードに書かれている季節限定ケーキセットの文字。


……出たよ、本性。


そもそもおかしいと思ったんだ。本屋に行くって言うからついてきたのに、彼女は店内を3分で出た。そしてフラフラと喫茶店の前へ。

どう考えても、最初からこっちが本命だったのに違いない。


たぶん昨日、道場で大石先生からバイト代もらってるの、ちゃっかり見ていたのだろう。ポケットにねじ込まれる封筒、それを幽子は獲物を狙う目で見ていたのだ。


「ヤダよ!自分の金で買えば!? なんで毎回、バイト代が出るたびに奢んなきゃなんないんだよ!」


「えー、いいじゃないか!たった980円だぞ?

ジュース2本分とちょっとだぞ?そのかわり、こんな可愛い子が目の前に座ってケーキを食べる特典つき。な?お得だろ?」


「は?可愛い?そんな顔見飽きたよ、。毎日顔合わせてるし、昨日だって自分の家で夕飯食ってたじゃんか!おかわりもしてたし。」


自分が再び彼女を引っ張ろうとすると、幽子は地面に腰を落とし、まるで駄々っ子のようにしがみついてくる。


そんな修羅場の中、行き交う通行人たちのつぶやきが自分の耳へと届いてくる。


「えっ、ケンカ?彼氏、ひどくない?」


「彼女、あんなに可愛いのに……。私なら即奢るね。」


「ああ!ヤダ!ヤダ!ケチ臭い男……」


……いや、ちょっと待て。


なんで自分が悪者扱いされてるんだ!?

どう考えても被害者は自分の方だろうが……!


思わず空を仰ぐ。

初夏の陽射しはやけにまぶしく、雲一つない快晴。なのに、自分の胸には分厚い雨雲がどっかりと居座っていた。


(……ったく、面倒くせぇ女だな……)


心の中で毒づきつつも、もはや四方を包囲されたこの状況では、下手に逆らえば社会的に敗北である。

周囲の視線、同情のささやき、そしてなにより周囲の注目を浴びるように必死に訴える幽子……これ以上の抵抗は、むしろこちらの株を下げるだけだった。


「……はぁ」


深いため息ひとつ。

諦めたように、自分は喫茶店のドアノブにそっと手をかけた。

背後から聞こえる「ヤッター!」という小さなガッツポーズの声が、耳に刺さる。


……また、してやられた。


それでも、自分はこの場から逃げるようにドアを押し開けた。



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