二十四軒目 友人
「バキッ!バキッ!バキッ!」という不気味な音を鳴らしながら、家の一部が崩れ落ちていった。しかし、その音は一瞬のうちに消え去り、自分の視線は自然と幽子と陽介の方へと引き寄せられていった。まるで、彼らのやり取りを見届けなければいけないような気持ちだった。
幽子と陽介の間には、微妙な気まずさが漂っていた。幽子の怒りの理由は理解出来るし、陽介が昇太君に対して抱く感情も分かる。消してどちらが悪い訳ではない。この二人の間にはまるで言葉を交わさない論争が繰り広げられているかのように、沈黙が二人の間に重くのしかかっていた。
サイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。緊迫した空気の中、幽子がふと口を開いた。「ゴメン、やり過ぎた」と、彼女の声は静かに響いた。素直な謝罪の言葉が、彼女の心の奥から絞り出されるように出てきた。
その言葉に、陽介は驚いたように目を見開き、すぐに首を振った。「自分の方が悪いから、謝らないでください。軽率だったと思っていますから」と、彼の声には真摯な響きがあった。彼の言葉は、まるで自分を責めるような重みを持っていた。
どうやら二人の沈黙の会話は終わったようだ。自分はその静寂を破るように、二人の間に割って入った。「自分もゴメン。幽子に心配かけて」と、心からの謝罪を彼女に向けて口にした。言葉が終わると、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
続けて、自分は明るい声で言った。「もうみんな終わったから、良いじゃん。こんな結果になっちゃったけど、最悪って訳じゃないし。みんな助かったんだから、取りあえず喜ぼう。」その言葉が、少しでも二人の心に響いてくれればいいと思って語りかけた。
しかし、幽子はいつもの口調で、少し皮肉を込めて返してきた。「しんいちは随分気楽だなぁ。彼、これから大変なんだぞ。家燃えちゃって。」その言葉には、彼女の心配と同時に、少しの笑いが混じっていた。
陽介もそれに合わせるように、苦笑いを浮かべながら言った。「ホントだよ。全部燃えちゃって、明日からどう過ごせば良いのか分からないじゃん。」その言葉には、彼の不安と戸惑いが滲んでいた。
二人の突っ込みに、思わず「ゴメン!」と謝りながら、自分の張り積めた緊張の糸がほぐれていた。「は~ぁ、疲れたね」と、思わずその場に座り込んでしまった。周囲の景色がぼんやりと霞んで見える。燃えてる家の煙が、空に向かって立ち上る様子が、まるで自分の心の中のもやもやを象徴しているかのようだった。
そんな自分の様子を見ていた陽介も、気が抜けたかのように「ホント、疲れた」と呟き、力なくその場に座り込んだ。彼の視線も、燃え続ける家に向けられていた。二人で、ただ静かにその光景を見つめる。言葉はなくとも、心の中にはそれぞれの思いが渦巻いていた。どこかで、少しでも明るい未来を願っている自分たちがいた。
そんな時だった。けたたましいサイレンが響き渡り、消防車が現れた。回転灯が周囲を赤く照らし、消防士の「危ないです、離れてください!」という大きな声が、まるでこの場の緊迫感を一層引き立てるかのようにこだました。周囲の人々がざわめき、緊張感が漂う中、救急車も到着したようだ。「やっと来たよ、助かった……」と、あまりに遅い到着に少しイラつきを感じながらも、心の奥底で安堵の気持ちが広がっていくのを感じた。
しかし、その安堵も束の間だった。幽子が自分の手を掴み、グイっと引っ張ってきた。「えっ!何?」と驚いて彼女を見つめると、彼女の顔には焦りが浮かんでいた。目が大きく見開かれ、まるで何かを察知したかのような表情だった。
「逃げるぞ!」
彼女その言葉は、まるで雷に打たれたように響いた。
「えっ!何で?」と困惑する自分。陽介ほどではないにしろ、自分もボロボロの状態だった。手には無数の切り傷や火傷があり、昇太君の部屋を開ける時に無理をしたのか、打撲のような痛みも感じていた。救急車に乗る気満々だった自分にとって、逃げる理由など見当たらなかった。
「えっ!待って!待って!」と懇願するが、幽子の手を引く力は一向に弱まらなかった。彼女の手はガッチリと自分の手をつかみ、地獄の亡者のように自分を引きずり込もうとしていた。
「ちょっと待てって、理由聞かせろよ」と、心の中で葛藤しながらも抵抗する自分に、幽子は焦りを隠せずに言った。「このまま病院なんて行ってみろ、そのあと警察にずーーと事情とか聞かれて面倒臭い事になるじゃないかぁ!もう私は疲れて家に帰りたいんだ。早く逃げるぞ。」
その言葉に、自分は驚愕した。心臓がドキリと跳ね上がる。「やだよ!おれ怪我してて、痛いもん。幽子一人で帰れば良いじゃん」と断固拒否をするが、幽子は冷静さを保ちながらも、どこか必死な表情を浮かべていた。「私だって怪我してるんだぞ!君はそんな女の子を一人で帰すつもりなのか?男としてそれはどうかと思うぞぉ」と、彼女の言葉は一見真っ当な理屈のように聞こえたが、自分からしたら、ただの屁理屈にしか聞こえない。。
そして彼女は「そんな傷大丈夫だ!私があとでヒーリングして治してやる」と、幽子は手の平を見せてきた。その瞬間、彼女の目が小魚のように泳いでいるのを見て、自分は冷ややかに問い詰めた。
「嘘じゃん!幽子、そんな能力ないよね?」
彼女は一瞬たじろいだが、すぐに強気な表情を取り戻し、「わ、私が嘘なんて言うわけないだろ。早く立て、行くぞ!」と、半ば引きずられるようにして、幽子と一緒にこの場から逃げる羽目になってしまった。心の中では、彼女の言葉が真実であってほしいと願っていた。
そんなやり取りを見ていた陽介は、苦笑いを浮かべて見送ってくれていた。彼の優しい眼差しが、少しだけ心を和ませる。そんな時、
「陽介!」
と幽子が声をかけると、始めて名前を呼ばれた陽介は驚いた顔を幽子に向けていた。幽子はその瞬間、笑顔を浮かべて言った。
「怪我早く治せよ。またな!」
その言葉に、陽介も笑顔で応え、「はい!」と元気よく返事を返した。
二人が友人になった瞬間だった。
そんな微笑ましいやり取りに気づかない自分は、「陽介またね!落ち着いたらまた連絡ちょうだい」と言い残し、幽子に引きずられていった。陽介は手を振りながら見送ってくれ、その彼の元に救急隊員が近づいてくるのが見えていた。