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二十ニ軒目 拒絶

火の手が迫る中、幽子の掛け声が響く。「じゃあ行くぞ!」その瞬間、意識を失った美奈子さんを幽子と共に引きずり、リビングの外へと急いだ。焦げ臭い煙が鼻をつき、心臓が高鳴る。時間がない。自分の手が美奈子さんの体に触れるたび、胸が締め付けられる思いだった。


外に出ると、少しだけ安堵の息をついた。「あとは大丈夫だから、早く日向ちゃんのところに行って!」と二人を送り出した。彼女たちの背中が遠ざかるのを見送りながら、心の中で祈るように願った。


傷の痛みでふらついている陽介に向かって、幽子は力強く声をかけた。「頑張れ!あとは彼女だけだ!」その言葉は陽介に取って一つ道しるべになったであろう、2人は一緒に二階へと向かって行く。果たして無事に彼女を助けられるのか、運命の歯車がどう回るのか、全てはこの幽子と陽介にかかっていた。


バタバタと音を立てながら、陽介と幽子は階段を駆け上がり、日向ちゃんの部屋の前に辿り着いた。幸いなことに、陽介が普段からしっかりと換気をしていたおかげか、二階の廊下には煙があまり立ち込めていなかった。


「日向ぁ!」陽介は勢いよくドアを開けた。部屋に入ると、彼女は部屋の隅で力なく座り込んでいた。焦げ臭い匂いや、外から聞こえる悲鳴や怒号が、この家で何が起こっているのかを物語っている。にもかかわらず、彼女はその場に留まり、まるでふて腐れた子供のように、ただじっとしていた。


陽介はふらつく身体を押し進め、彼女に近づいて、「日向……、家が大変なことになっているから、早く逃げよう」と、彼は手を差し伸べ、優しく声を掛けた。しかし、日向ちゃんはその優しい手を払いのけ、突然立ち上がった。彼女の目は苛立ちと絶望で揺れていた。「もう良いんだよ! みんな面倒くさいんだ、私ここで死ぬんだから、邪魔するんじゃねぇーよ!」と、髪を振り乱しながら叫び、陽介を両手で突き飛ばした。


「ドンッ」と音を立てて、陽介は倒れ込んだ。彼の身体はすでに満身創痍で、日向ちゃんの細い手の力でも簡単に倒れてしまうほど、フラフラだった。彼は地面に倒れたまま、彼女の背中を見つめた。彼女の姿は、まるで全ての事に嫌気がさし、諦めた人のように見えた。


陽介の心は痛んだ。彼女を救いたい、でもどうすればいいのか分からない。彼は、彼女の心の中にある闇を少しでも照らすために、再び立ち上がろうとした。


そんな時だった、幽子は、まるで静かな湖面に投げ込まれた石のように、陽介と日向ちゃんの間にスッと割って入った。ゆっくりと日向ちゃんに近づくにつれ、周囲の空気が張り詰めていくのを感じた。


日向ちゃんの心の悲鳴が上がった。「おめーぇ。さっきからいったい何なんだよ、気持ち悪いんだよ。むこー行けよ!」その言葉は、まるで彼女の心の奥底から湧き上がった怒りのようでもあり、あらゆる物を拒絶する波のようでもあった。

その大波が幽子に向き、陽介のように突き飛ばそうとした瞬間、日向ちゃんは宙を舞っていた。


幽子は合気道の達人である。


その技はまるで流れる水のように滑らかだった。日向ちゃんの手を瞬時に掴み、隅落としの要領で彼女を美しく投げ飛ばした。日向ちゃんは、何が起こったのか理解できず、ただ空中で困惑した表情を浮かべていた。


「痛ッ!」


その声は、彼女の驚きと痛みが交錯した瞬間の叫びだった。幽子の力強さに圧倒され、日向ちゃんは自分と同じ体格の女性に投げ飛ばされたことに、ただ呆然とするしかなかった。


そんな日向ちゃんに幽子は、彼女の胸ぐらをガッシリと掴み、


「いい加減しろーぉ!」


と怒声を響かせた。その声は、まるで雷鳴のように周囲に響き渡り、日向ちゃんの心に直接突き刺さった。


「お兄さんを見てみろ!彼はあんな状態になっているのに、お前のことを心配して助けに来たんだ、なんとも思わないのか!」幽子の言葉は、日向ちゃんの心の奥深くに響き、彼女を追い詰めるようにさらに怒声を浴びせかけた。


日向ちゃんは震えていた。


幽子の気迫に圧倒されているのか、それとも陽介の血だらけの姿を見て我に返ったのか、彼女の目は怯え、涙目になりながら視線を落としていた。


その時、陽介が立ち上がり、幽子に向かって「ありがとうございます」と声をかけた。幽子は「あっ!」と驚きの声を上げ、陽介をゆっくりと見つめた。「ゴメン……、やり過ぎた」と、焦った表情が彼女の顔に浮かんだ。


陽介は微笑みを浮かべ、「良いんです。本当は自分がやらなければならなかったことですから……。優しいだけじゃダメですね」と、感謝の気持ちを込めて答えた。その言葉には、彼の内に秘めた強い意志が感じられた。


陽介は二人に近づき、「日向!早く行くよ」と、力強い手を差し伸べた。その手は、先ほどの優しいものとは異なり、決意が漲る力強さを持っていた。日向ちゃんはその手を取り、立ち上がった。「うん……」と、彼女の声は小さく消えてしまいそうな声だったが、陽介の手を取ったその手は力強く、彼の手を掴んでいた。


そんな事が起きている中、自分は美奈子さんを外へと連れ出すことに成功していた。日向ちゃんの部屋で何が起こっているのか全く知らない自分は、なかなか出て来ない三人のことを心配していた。心の中で不安が膨らむにつれ、悪い予感が募っていく。


「自分も向かった方が良いのではないのか?」と、ソワソワしながら思っていると、突然、幽子の大きな声が玄関付近から響いてきた。「頑張れ!もう少しだ!」その声は、まるで自分の心に火を灯すようだった。たまらず、玄関に三人を助けに行っていた。


幽子が先頭で玄関から飛び出し、続いて陽介と日向ちゃんが姿を現した。自分はボロボロの陽介に手を貸し、彼を家の外へと連れ出した。彼の体は疲れ切っていて、まるで重い荷物を背負っているかのようだった。


「3人とも無事で良かった!」思わず口から出た言葉は、安堵の感情が溢れ出た瞬間だった。自分は腰が抜けたかのように、道路に座り込んでしまった。幽子もまた、疲れ果てた様子で道路に仰向けに寝転がり、空を見上げていた。彼女の表情には、戦いの後の安堵と疲労が混ざり合っていた。


陽介は「はぁ!はぁ!」と息を切らしながら立ち尽くしていた。その姿は、まるで全ての力を使い果たしたかのようだった。日向ちゃんはそんな彼の側でへたり込んでいた。


陽介は回りをキョロキョロさせ、自分に向かって「母さんは?」と不安そうに尋ねてきた。

自分は指を指して「美奈子さんはあっちにいるよ」と告げた。「自分が家から出てきた時に近くにいた人が手を貸してくれて、今、安全なところに連れて行ってもらったんだ。」その言葉を聞いた陽介の顔に、安堵の色が広がった。「ありがとう」と彼は小さく返した。


「ふぅ!」と一声、陽介が深呼吸した瞬間、彼の表情が変わった。何かに気づいたかのように、深刻な顔に変わり、燃え広がっていく家をじっと見つめていた。


「どうした?」と自分は陽介に尋ねると、彼は小さく呟いた。


「まだ一人助けなきゃ……」

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