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二十一軒目 負傷

「ウーーン」と、どこか遠くから響くように唸り声が耳に届く。意識が徐々に戻るにつれ、その声が自分の声と分かり、それと共に全身に走る痛みが現実を突きつけてきた。爆発の余波で耳の中に「キーン」と音が反響し、まるで自分の頭の中で何かが暴れ回っているかのようだ。


目を開けると、目の前には美奈子さんが倒れている。彼女をかばったのか、それともただ倒れたのか、その瞬間の記憶は霧の中に消えてしまっていた。


意識が朦朧とする中、必死に状況を確認しようとしていた。足は動く、しかし手の方は鈍い痛みが走っている。視線を下ろすと、無数の切り傷と擦り傷が自分の腕を覆っていて、血が滲んでいる箇所もあり、焦げ臭さが鼻をついた。火傷もしているのだろう、皮膚がじりじりと焼けるような感覚が広がっている。


美奈子さんは、見たところ特に大きな怪我はないようだが、彼女もまた「うーん」と小さく唸っている。自分は安堵のため息が思わず漏れ出た。「良かった!」その言葉が心の中で響く。彼女が無事でいることが、今の自分にとって何よりの救いだった。


しかし、その瞬間、意識が一気に鮮明になり、幽子と陽介のことが頭をよぎった。彼らはどうなったのだろうか。心の中で不安が渦巻き、自分は無理やり起き上がった。


自分の少し前で、陽介が無造作に倒れている。彼の姿は、まるで時間が止まったかのように静止しているようだった。心臓が激しく鼓動し、不安が胸を締め付けていく。彼の顔には何の反応もなく、ただ無防備に横たわっていたのだ。恐怖がじわじわと心に忍び寄り、思わず息を呑んだ。


「あれ!幽子は」と、周囲を見渡すが、幽子の姿はどこにも見当たらない。記憶の中で、彼女が自分たちの元に近づいてきた瞬間が鮮明に蘇るが、しかし、その後のことは霧のようにぼやけていた。心の中で不安が頂点に達し、思わず声を張り上げた。「幽子! 幽子、どこ?」自分の声が空気を切り裂くように響く。


そんな時、陽介の倒れている近くからはっきりとした幽子の声が聞こえてきた。「ここだ!しんいち、ここだ!」その声はまるで自分を引き戻すために用意されていたかのように、鮮明で力強かった。思わず胸が熱くなり、安堵の涙が溢れそうになる。


「良かった!」その言葉が自然と口をついて出た。今日の自分は何度その言葉を口にしたであろう。ほっとした瞬間、肩から何か重りが一気に取り去られたかのように、全身の力が抜けてしまった。


そんな時だった。「うーん、痛っ……」という陽介のうめくような声が聞こえてきた。彼の声は、彼が無事であることを告げていた。しかし、その安堵も束の間だった。自分が陽介の元へ駆け寄ろうとした時、幽子の焦った声が耳に飛び込んできた。「おい!君、大丈夫か?」


幽子に覆い被さっていた陽介は、ゆっくりと体を起こし、転げるように座り込んだ。その姿を見た瞬間、自分の胸は締め付けられるような痛みを感じた。彼の左の眉間は深く裂け、血が流れ落ちている。肩には、爆風で飛んできた金属片が刺さり、彼の服は真っ赤に染まっていたのだ。


自分は立ち尽くし、血の気が引いていくのを感じた。足が震え、唇が震え、自分の口からは「大丈夫か?」という言葉すら出てこなかった。大切な友人が怪我をして、血を流していると言う事実が自分を包み込み涙がこぼれそうだった


しかし、そんな状態の陽介は、幽子の心配をしていた。「幽子さん、大丈夫でしたか?」その声は、彼の痛みを忘れさせるほどの優しさに満ちていた。


その言葉で、自分は理解した。陽介は、彼女を守るために自らを犠牲にしたのだ。彼の強さと優しさに、何とかしなければならないと決意した。どんなことがあっても、彼と美奈子さんを助けるために。


そんな時、幽子はすぐに起き上がり、陽介の元へと近寄った。陽介のおかげで、彼女は手にかすり傷を負っただけで、他には何の怪我もなく無事だった。


「どうして……」幽子は、行き場のない気持ちを抱えながら、陽介に呟いた。彼女の声は震え、涙がこみ上げてきているようだった。彼女は陽介の無事を喜ぶ一方で、彼が自分を守るために傷ついてしまったことに胸が締め付けられる思いだったであろう。「すまん……ありがとう」と、彼女は泣きそうな声で小さく告げた。言葉の裏には、彼への感謝と同時に、自責の念を感じていた。


その言葉に対して、陽介は優しい笑顔を浮かべ、「本当に大丈夫ですよ。幽子さんが無事で本当に良かった」と、彼は力強く答えた。その笑顔は、彼の痛みを隠すかのように明るく、幽子の心に温かさをもたらした。彼の言葉は、彼女の心の奥深くに響き、少しずつ彼女の不安を和らげていった。


そして幽子は、何か吹っ切ったように、力強い声でい放つ。「あーぁ、もう!しんいち、君はまだ無事だよな?ここに長居するのはヤバい。私と君でお母さんをリビングの外に出したら、あとはしんいちに任せて大丈夫か?まだ助けなきゃいけないヤツがいる。私と彼とで2階に向かうから、あとは任せるぞ!」


その言葉には、彼女の決意が色濃く表れていた。目の奥に宿る炎のような意志が、周囲の混乱を吹き飛ばすかのように感じられた。自分もその幽子の強い思いに応えるように、心を奮い立たせた。


「了解!任せろ。」



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