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十八軒目 氷の扉

日向ちゃんの視線に圧倒され、自分は心臓が高鳴るのを感じた。「日向ちゃん…」と声をかけようとしたが、その言葉は喉の奥で詰まってしまった。彼女の目は、まるで自分たちを拒絶するかのように冷たく、固く閉ざされた氷の扉のように思えた。


その静寂を破ったのは幽子だった。彼女は物怖じせず、日向ちゃんの前に近づいていく。まるで何かを確かめるかのように、幽子は腰を屈め、日向ちゃんの目の前で静止した。彼女の視線は、日向ちゃんの鋭い目と交錯し、まるで二人の間に見えない緊張が漂っているかのようだった。


幽子はじっと日向ちゃんを見つめ、観察するように冷静にその心の中を読み取ろうとしいるようだ。日向ちゃんもまた、先ほどと変わらぬ鋭い視線で幽子を捉え、まるで彼女の心の奥を探るかのように、冷たい眼差しを向けていた。周囲の空気が張り詰め、時間が止まったかのように感じられた。


日向ちゃんは、幽子の冷静な表情に一瞬戸惑いを覚えた。幽子は静かに手を差し出し、「手を出してくれ」と告げた。その声は、まるで何事もないかのように穏やかだった。しかし、その瞬間、日向ちゃんの中に沸き起こった感情は、まるで嵐のようだった。


「気持ち悪いんだよぉ!何だお前は。」日向ちゃんの怒鳴り声が、部屋の静寂を破った。彼女は幽子の手を力強く払いのけ、その動作はまるで何かを拒絶するかのようだった。場の空気は一瞬にして緊張感に包まれ、周囲の視線が二人に集中した。


陽介は、その様子をじっと見つめていた。彼の表情は動揺に満ち、自分は固唾を飲み込む音が静まり返った部屋の中で響いていた。二人の間に流れる緊迫した雰囲気に圧倒され、周囲の誰もが言葉を失っていた。何が起こるのか、誰もが息を呑んで見守る中、幽子は静かに立ち上がった。まるでこの重苦しい空気を壊すかのように、陽介に向かって告げたのだ。


「だいぶ良いじゃないかぁ。眼にも光が戻ってるし、ちゃんと喋れるようになったじゃないかぁ。これなら、わざわざ霊視なんてする必要ないよ。あとは彼女の自身の問題だよ。」


その言葉は、あっけらかんとした表情で発せられたが、周囲の緊張感を一瞬で和らげる力を持っていた。自分たちははその言葉に驚き、心の中で何かがほぐれていくのを感じた。


それでも、自分の中には少し不安な気持ちが残っていて、思わず「本当に大丈夫なの?」と疑問をぶつけると、幽子は力強く答えた。「本当に大丈夫だって!しんいち、先週の彼女の姿を思い出してみてくれ。あれと比べて、今の彼女の眼は生きているじゃないか!」


その言葉に、再び日向ちゃんの方を見つめる。彼女の視線は未だに鋭く、こちらを威かくするように睨みつけている。しかし、確かに幽子の言う通り、彼女の瞳には生気が宿っていた。生きていると実感できる、力強い瞳を持っていたのだ。


「確かにそうだね!」と、自分は幽子に返事をし、日向ちゃんに向かって「また来るね」と軽く挨拶をかけて部屋を出た。もちろん、彼女からの返答はなかったが、心の中で彼女が徐々に心を開いてくれることを祈った。


彼女の部屋をあとにした3人は陽介の部屋に集まり、彼の口から美奈子さんの状態とお父さんの話を聞くことになった。


「母の方は、あの後もあまり変わらないみたいなんです。」と陽介が語り始めた。彼の声には、少しの心配と上手くいかない憤りのような気持ちが同居しているようだった。「足の具合も良くならないし、先日、俺が付き添って病院に行ったんだけど…」


彼は一瞬言葉を詰まらせ、そして……。「病院では『異常は見られない』って言われて、痛み止め程度しかもらえなかったんだ。」


その言葉に、自分たちの心にも重い影が落ちた。美奈子さんの状態が、少しでも和らぐことを願っていたのに、現実は厳しい……。


次に陽介は、お父さんの話を始めた。「お父さんの方は、幽子さんが心配していたよりは手応えがあったよ。さすがに、家が大変な状態になっていることは分かっているみたいで、そのことに少しおかしいとも気づいているらしいんだ。」


自分と幽子は互いに顔を見合わせた。お父さんが状況を理解しているのは、少し安心材料だった。しかし、陽介の表情は依然として曇っていた。


「でも、今すぐには帰れないって。『年末には必ず帰るから、その時にちゃんと話そう』って言ってたんだ。」


その言葉が、自分たちの心に重く響いた。年末までの長い時間が、どれほどの不安をもたらすのか。自分たちは、ただ静かにその場に佇むしかなかった。


幽子にも話を聞くが、彼女の表情は少し雲っていて、「う~ん」と唸りながら考え込んでいた。自分たちの間に漂う薄暗い雲が、彼女の心にも影を落としているようだった。


「お母さんは、私が作ったお守りを持っているのかな?」と幽子が尋ねると、陽介もまた「う~ん」と唸り返した。まるで、二人の心が共鳴しているかのような反応をみせた。


「日向の方は、あんな態度をしていたけど、お守りの話をした時には何か感じるものがあったのか、大事に握りしめていたんです。もちろん自分もいつも持っています。でも、母さんの方は『ありがとう。ちゃんと持ってるわ』って言ってたけど、今の日向の状態と母さんの状態を比べると、本当に持っているのか怪しいかなぁ?」陽介の表情は、苦い物を噛み潰したように固く口が結ばれてしまっている。


幽子はその言葉を聞いて、少し考え込んでいた。「そうかぁ……」と呟く彼女の横顔には、何かを思案する深い影が映っていた。


自分は、場の空気を変えるべく陽介のお父さんの話題を降ってみた。「和夫さんの反応は、なかなか良かったみたいだね。正直、自分は『そんなことあるわけないじゃないか!』と否定されると思っていたんだ。」


陽介もその言葉には驚いた様子で、「そうなんだよ!俺も、あんなに素直に聞いてくれるとは思わなくて、昇太のこともあったし、父も何かを感じ取って考えていたのかもしれないな。」

と明るく気持ちが高ぶったように話した。


だがその時、二人の会話に水を差すように、幽子が割り込んできた。彼女は厳しい表情を浮かべ、まるで冷たい風が吹き込んだかのようだった。「前にも言ったが、私が施した(ほどこした)方法はあくまで一時凌ぎに過ぎない。少し改善したからといって、勘違いしてはいけないぞ。」


自分は、彼女の言葉に反論するように言った。「でも、以前来た時よりも、家の雰囲気も、日向ちゃんの様子も、確かに改善しているように感じるんだけど……」と問いかけるが、幽子は首を横に振っる。


彼女の仕草には、強い否定の意志が込められているように見えた。まるで、心の奥底から湧き上がる感情を押し殺すかのように、彼女は陽介を見てに言葉を紡いだ。


「確かに君が頑張ってくれたお陰で、前に来た時よりも家の中は良くなっているけれど、まだまだ危険な状態には違いないんだ。そもそも地下にある水脈…霊道を日常的に踏んでいることは、どうしようもないからね。」その言葉は、冷たい現実を突きつける刃のように、陽介や自分の心に刺さった。


自分たちは少し勘違いをしていたのかもしれない。人は、落ち着きを取り戻すと良くなったと勘違いしやすいものだ。幽子の言葉が心に響くにつれ、自分たちの表情は次第に曇り、意気消沈して黙り込んでしまった。まるで、厚く暗い雲に覆われた空のように、沈んだ気持ちが広がっていく。


少し言い過ぎたと感じたのか幽子が、空気を変えようと明るい声で言った。「でも、しんいちが言った通り、お父さんの方は良かったな。私も、もっと否定してくると思ってたよ。」


彼女の言葉には、微かな希望が宿っていたが、その場の空気を変えるまでには至らず、陽介はただ「はい!」と短く返すだけだった。その声は、どこか空虚で、心の奥に響くことはなかった。


幽子は気まずそうに視線を落とし、言葉を続けた。「3ヶ月くらいなら何とかなると思う。もし何かあれば、私の家に来ればいいよ!幸い、うちの家は広いから、おばあちゃんに頼んで……みても…、聞いてやってもいい。」彼女の声は次第に小さくなり、言葉が詰まっていた。


彼女の精一杯の気遣いだろう。ただ、その子供のような言いぐさが少しおかしくて、思わず「フッ」と吹き出してしまった。すると、幽子はその反応に目を丸くし、怒った顔で自分を睨みつけた。


「何だ!フッとは、私なりにも気を使ったんだぞ。」その言葉には、少し照れくささが混じっているように見えた。


陽介はそのやり取りを見て、思わず笑顔を浮かべた。「ありがとうございます。幽子さん、優しいんですね!」その言葉に、幽子は驚いたように目を大きく見開き、頬を赤らめた。まるで、初めて褒められた子供のように、恥ずかしさと嬉しさが入り混じった表情を浮かべていた。


その瞬間、自分は彼女をからかってやろうかと考えたが、幽子は何かに気づいたように急に顔を引き締めた。「あれ、今何時だ?」と、焦った様子で尋ねてきた。


陽介は部屋の時計を指差しながら、「11時頃ですかねぇ」と答えた。すると、幽子の表情が一変した。「大変だ!早く行かないと!」と、まるで何か大事なことを思い出したかのように、急いで自分たちに告げたのだった。



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