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十五軒目 決断

そんな陽介に、幽子は優しく声をかけた。


「それは違うよ。」


陽介は顔を上げ、彼女の言葉に反応しようとしたが、「だって!」と言う言葉を発せずに、強く口を結んでいるようだった。彼の目には、疑念と恐れが交錯していた。幽子はその視線を受け止め、彼の心の重荷を少しでも軽くするために、何か言葉を続けようとした。


陽介の目は不安に揺れていた。幽子はその視線を受け止め、静かに話始めた。「御札を張らなくても、この状況は変わらなかったと思うよ。」


彼女の声は、まるで冷静な水面のように穏やかだったが、その内容は重く、深い意味を持っていた。「呪術……、呪いをかけるやり方の中には、死者を冒涜するという方法があるんだ。」


陽介は彼女の言葉に耳を傾け、心の中で何かが崩れていくのを感じた。

「その中には、『踏む』や『またぐ』というやり方がある。亡くなった人にとって、踏まれる、またがれるという行為は、まるでツバを吐きかける行為と同じなんだよ。」


彼女の言葉は、陽介の心に深く突き刺さった。彼は、亡くなった昇太のことを思い出し、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。幽子はその様子を見て、冷静に言葉を続けた。


「この家に住んでいる以上、地下に流れる霊道を踏まないなんてことはできないからね。遅かれ早かれ、こうなる運命だったと思うよ。」


彼は、幽子の言葉の意味を噛みしめながら、無力感と共に自分の無知を痛感していた。彼の心の中で、何かが崩れ去りうつ向く事しか出来なかった。


自分も言葉を失いながらも、何とか解決の糸がないのか考えているのだが、幽子から次々と語られる話にその糸は見つからなかった。


そんな時に幽子が「この写真を良くみて欲しい」と、自分が幽子に頼まれていた航空写真を指差してきた。


陽介は顔を上げる事が出来ずにいた。そんな陽介の変わりに自分が写真を見つめた。

「これに何か写っているの?」


自分が幽子に問いかけると、幽子はうつむいたままの陽介に語りかけるように話を続けた。


「この写真に写っている風景はしんいちに頼んで、アプリから撮ってきたものだが、この家が建てられる数年前の物なんだ。それでここを見て欲しい」と幽子は写真のある場所を指差してきた。


不鮮明な写真だったが古い一軒家が写っていた。自分も幽子に頼まれた時に確認した場所で陽介の家が建つ前の家が写っている。

「陽介の家が建つ前の家だよねぇ?」と改めて幽子に聞いてみた。



しんいちと幽子の会話が続く中、陽介はやっと顔を上げた。彼の表情は憔悴しきっており、辛そうな様子が見て取れた。しかし、その目にはすべての事実を知ろうとする必死な気持ちが宿っているようだった。


幽子は陽介の様子をチラリと見たが、すぐに視線を戻し、話を進めた。「この建物の周りに何か気づかないか?」


「ん?」しんいちは疑問の声を漏らし、写真を手に取った。幽子が指差した建物に視線を集中させる。写真は不鮮明で、詳細ははっきりとは分からなかったが、建物の周囲、特に庭と思われる場所に、何か違和感を感じた。


その感覚を確かめるように、自分は隣にいる陽介に写真を渡した。「これ、見てみて。ここなんだけど?」


陽介は写真を受け取り、しばらく黙って眺めていた。彼の表情には、自分と同じように何かを探るような真剣さが浮かんでいた。

少しの静寂の後、陽介が一言「ゴミですか?」と幽子に伺うように聞いてきた。


自分も全く同じ意見だった。

自分の心の中では一つの答えが出ていた。それを確認しようと幽子に「もしかして……」と幽子に尋ねようとすると、幽子はコクりと頷いて「この家はごみ屋敷だったそうだよ」と告げた。


その言葉が耳に入った瞬間、彼女が告げた「ゴミ屋敷」と言う言葉に動揺しつつも、それと同時に幽子の「そうだよ」という言い回しが心に引っかかった。まるでこの場所のことを知っているかのような口調で……。


迷わず幽子にその疑問を投げかけると、彼女はあっさりと答えた。


「それに気づいたとき、誰かに聞こうと思ったんだけど、ほら、私、知り合いが少ないから。この手の情報を集めるのが苦手で……、誰か知らないか、おばあちゃんに相談したんだ。そしたら、おばあちゃんがこの場所を知っていて、何でもお祓いに来てたらしいんだ。」


幽子の度重なる言葉に驚きつつも、「お祓い?お祓いって何?」という疑念が強く湧き上がった。


「この場所、何かあったの?」と尋ねると、幽子は「前の住人が亡くなってたみたいだよ、ゴミに埋もれて」と、まるで他人事のようにあっけらかんと答えた。


自分と陽介は驚きの表情を浮かべた。「ここって事故物件、忌み地ってこと?」と幽子に尋ねると、彼女は苦笑いを浮かべながら手を振って「違う!違う!」と否定のジェスチャーをしてきた。


「確かに亡くなってはいるけど、今時、孤独死なんてどこででも起きるだろ。最近ではニュースにもならないし。」幽子は当たり前の出来事を話すように坦々と話を進めて言った。


「おばあちゃんがお祓いに行ったのも、知り合いの不動産屋から頼まれて、形だけのお祓いをしただけで、幽霊が出るとかではないよ。」


「問題は亡くなったことじゃなくて、ここがゴミ屋敷だったということが問題なんだよ。」幽子は自分たちに向かって真剣な眼差しを向け、事の重大さを伝えようとしていた。


ただ、自分と陽介は幽子の「ゴミ屋敷が問題」という言葉の意味が分からず、顔を見合わせて首を傾げた。


幽子はその様子を見て、さらりと話を続けた。「ここの土地に住んでいた元の住人は、どうやら精神がおかしくなっていたそうだよ。それも家族全員。ゴミから出る悪臭で周辺の人とのトラブルもあったみたいで、この家の周りはほとんど空き家になっていたって、おばあちゃんが話してたなぁ。」


その言葉を聞いた瞬間、自分たちはだんだんと幽子が言いたいことが分かってきて、息を飲んだ。幽子の言葉が持つ重みが、徐々に心に響いてくる。


「おばあちゃんがお祓いをした時に、ここの場所の異様な気配を感じて不動産屋に『この場所には家は建てない方が良いよ』と警告をしてたみたいなんだけど、この家の話をした時に『あの不動産屋、ちゃんと注意したのに家を建てたのかい!』とめっちゃ怒っていたよ。」幽子は少し冗談交じりの口調で説明しながら、どこか楽しげに笑っていた。


「何となく分かったと思うが、君や君のお母さんが御札を張らなくても、この場所に住み続ける以上きっと何か起こったはずだ。だから弟さんの事で責任を感じる事はないよ」

と、幽子は陽介に優しく語りかけていた。


陽介は少しうつむき、何かを深く考えているようだった。その姿を見て、自分も恐らく彼と同じことを思い巡らせているのだと感じた。


「確かに、御札と昇太くんの件を関連付けるのは間違っていると思う。ただ、このまま陽介たちがこの家に住み続けたら……」と、心の中で葛藤していると、陽介が幽子に縋る(すがる)ように声を絞り出した。


「幽子さん…、俺は……、自分たちはこれからどうしたら良いんですか?」その声はか細く、まるで不安に満ちた心の叫びのようだった。陽介の目には、未来への不安が色濃く映し出されていた。幽子はその問いに、「うーん……」と、ため息交じりの返事を返し、次の言葉が出てこなかった。


幽子の思い詰めた表情を見つめながら、自分は次の言葉がどれほど言いづらいものかを察していた。静寂が三人の間に流れ、まるで時間が止まったかのようだった。やがて、幽子は深く息を吸い込み、はっきりとした口調で陽介に告げた。


「この家から1日でも早く出た方が良い……。そして、この家を手放した方が良いと思う。恐らくは、離れるだけではダメだ。この家との縁…、いや、結び付きを絶つためにも手放した方が良いと思う。」


その言葉は、まるで深い闇に引き込まれるように、自分たちの心に響いた。陽介は天を仰ぎ、一息「ふぅ」と息を吐いた。諦めに似たその様子を見ていた自分も、思わず「はぁ」と息を漏らしてしまった。


幽子は、そんな二人を見つめていた。彼女の目には申し訳なさが浮かび、うつむく姿は、まるで自分の言葉が二人の心に深くのしかかっていることを理解しているかのようだった。静かな部屋の中、重く息苦しい空気が流れていた。


幽子は静かな声で提案を持ちかけた。その言葉は、まるで細く脆い糸のように、少しの力で切れてしまいそうな弱々しいものであった。しかし、彼女が渡した糸は、陽介たちにとっての救いが隠されているかもしれないという希望があった。


「私が言ったことは、なかなかに難しい話だと思う」と幽子は前置きをした。「まだ住んで間もないと聞いているし、お父さんも転勤中だと聞いている。そもそも、私の話を信じてくれるかどうかも分からない。それでも、やらないと確実に危ないと思うの。」


彼女の言葉は、陽介にとって高いハードルのように感じられた。しかし、陽介はその言葉に対して特に動揺する様子はなかった。


そして……、「私が君たちにできることは、少しだけ今の状況を軽くしてやることだ。ただ、勘違いしないでほしい。これは解決策ではなく、あくまで良くするための手段に過ぎない。でも、これをすることで少しの時間稼ぎにはなるはずだ。どれくらい稼げるかは分からないけれど。」


彼女の淡々とした口調には、陽介に決断を迫るような圧があった。言葉の一つ一つが、彼の心をしめつけていく。陽介はその言葉を噛みしめながら、何かを考え込んでいた。


「それでは、あとは君が決めてくれ」と、幽子は彼に投げかけた。陽介はその瞬間、心の中で何かが弾けるのを感じた。彼の目は真剣さを増し、決意が固まっていく。


「はい!お願いします!」


と、彼は即答した。その声には、迷いのない強い意志が込められていた。

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