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四体目 お祓い

質問がひと段落したところで、幽子はふっと一息つくように息を吐き、静かに言葉を紡いだ。


「では……最後の質問というか、少しテストをしたいのだが、大丈夫だろうか?」


その言葉が空気を切り裂いた瞬間、その場にいた全員の顔色が変わった。


「……えっ、テスト?」誰もが心の中で同じ言葉を呟いていた。


小林さんは戸惑ったように眉をひそめながら、「ああ……はい」と曖昧に返事をする。表情からは、“何をされるのだろうか”という不安が滲んでいた。


「ありがとう」と微笑みながら、幽子は自分のバッグの中をゴソゴソと探り始める。


やがて、彼女は一枚の封筒を取り出し、その中から一枚の古びた写真を取り出した。テーブルの中央に差し出されたそれは、ぱっと見た限りではごく普通の家族写真のように見えた。


だが、自分の胸の奥に、言い知れないざわつきが生まれる――見てはいけないものが、そこにある気がしたのだ。


写真に目を落としたそのとき、幽子が静かに、だが衝撃的な一言を放った。


「……気づいた者もいるかもしれないが、これは祖母から借りてきた心霊写真だ。」


「えっ!?」幽子以外の全員が、反射的に身を引いた。空気が凍りつくような緊張が、一瞬で静かな店内に全体に広がる。


「……あっ、言い忘れた!」と、幽子は少しだけ頬を赤らめて続けた。「もちろんお祓いは済んでいるから、見ても触っても大丈夫だ。安心してくれ。」


その言葉を受けて、張り詰めていた空気がわずかに和らぐ。だが、油断はできない――という感覚は、誰の胸にも残ったままだった。


幽子は視線を小林さんに向けながら言った。


「これは一種の“霊感テスト”のようなものだ。この写真には複数の霊が写っている。ただし、それが何体見えるかは、人によって異なる。まずは小林さん、写真を見て、何体見えるか心の中で数えてほしい。しんいち、星野さん、君たちにも後で見てもらうが、先入観を防ぐために、答えは最後に言ってくれ。」


小林さんは写真を受け取り、じっと見つめ始めた。彼の表情からは、冗談では済まされないほどの真剣さが伝わってきた。


次に自分の番だった。手にした写真は、見れば見るほど奇妙な不安を呼び起こした。確かに、そこには人間ではない“何か”が潜んでいる――そんな気がした。はっきり見えるものもあれば、背景の影のような曖昧なものもあった。自分は心の中で数える。


「……ここが一体。あとは、これもそうか?……多分、こっちも……」

結果として、自分は四体と判断した。


写真は星野さんの手へと渡った。彼女も無言のままじっくりと見入り、やがて「決まりました」と小さく答えた。


周囲には、何とも言えない静寂が広がっていた。誰もがこの“テスト”の意味を測りかねていた。


幽子は微笑みながら口を開いた。


「では、結果を教えてもらおうか。……まずは、しんいちからだ。」


「うーん……」自分は写真の記憶を思い出しながら答えた。「このはっきり写ってる二体と、あと曖昧だけど……多分これと、これも。だから、四体くらいだと思う。」


それを聞いた幽子はニヤリと笑い、わざとらしく頷いた。


「ふむふむ。まぁ……しんいちの“能力”ではそんなものだろうな。」


明らかに挑発的な口調だった。冗談のように聞こえなくもないが、どこか本気めいた空気も漂っていた。自分は満面の笑顔を浮かべたまま、心の中で彼女の頭に軽くデコピンをぶちかましてやった。


「では、次は星野さんの結果を……」


「私……五体です」少し迷いながらも、星野さんはそう答えた。


「ほう! しんいちよりも優秀だ。なぁ?」

またも自分をいじってくる幽子。今度は笑顔のまま、心の中で彼女の頬を思い切り引っ張った。


「さて、小林さん。君は何体見えた?」


幽子の声に、小林さんはやや得意げな様子で答えた。


「自分は……七体見えました。」


「七体!?」自分は思わず声を上げ、もう一度写真を手に取った。小林さんは指を差しながら、自身が見えた霊の場所を説明していく。


はっきり写っている二体は、自分たち三人とも共通のものだった。さらに、小林さんの指摘した残りのいくつかは、自分か星野さんのどちらかが挙げた場所と一致していた。そして、最後の三体――そこは正直、言われて初めて「ああ……そうかも」と思うような曖昧な箇所だった。


幽子は彼の説明を静かに聞き終えると、微笑みを浮かべて言った。


「……ありがとう。だいたい分かったよ。」


そして、まっすぐ小林さんの目を見て、こう続けた。


「君は……霊感というより、感受性がかなり強いタイプなんだな。」


その言葉には、明確な肯定と、何かを見抜いたような深みがあった。


「では、さっそくお祓いを始めようか。小林さん、手のひらを上に向けて、両手を出してくれたまえ。」


その声は冗談めかしていながらも、どこか神聖な儀式の始まりを予感させるものだった。


「ああ……はい」


小林さんは少し戸惑った表情を見せながらも、幽子の指示に従い、手のひらを上に向けてそっと差し出した。


「こう……ですか?」

不安げに尋ねるその声に、幽子は柔らかな笑みを浮かべて、力強く答える。


「大丈夫だ。」


その一言が、教室に張り詰めていた空気を少しだけ和らげた。幽子は小林さんの差し出した手の上に、自分の手をそっと重ねる。彼女の手は、まるで微かなぬくもりを注ぎ込むように、優しく、しかし確かな意志を持ってそこに触れていた。


「では始めよう。緊張しないで、楽にしていてくれ。しばらく、そのままで……」


幽子はそう告げると、目を閉じた。その表情からは、一切の戯れが消え、真剣さと厳粛さが漂っていた。まるで現実の空間を超え、どこか深い精神の領域へと降りていくような静けさがあった。


幽子がお祓いをするとき、必ずこのような儀式的な所作を行う。彼女の動きは、ただの所作ではない。古の巫女のような神秘性と威厳を帯びており、このありふれた空間に、一種の神聖さをもたらすのだった。


以前、自分がこの手順の意味を尋ねたとき、幽子は淡く微笑みながらこう答えた。


――手を合わせることで、お祓いを受ける者との“接点”を強くし、憑いているものとの繋がりを明確にできる。必要があれば、こちらから霊力を送り込むことも可能だよ、と。


「無線でもできなくはないけれど、有線のほうが確実なんだ。雑音も入らないしね。」


そして、幽子の周囲に、まるで水面のような澄んだ空気が広がっていくのを、自分は肌で感じていた。空間が少しだけ軋み、音を吸い込んでいく。店内が、別の次元へとシフトするかのような、不思議な沈黙が訪れた。


時が止まったような感覚の中、自分の鼓動だけが「ドク……ドク……」とやけに大きく響いていた。星野さんも、息を潜めて様子を見守っている。緊張の糸が、店内の空気をきつく締めていた。


一分、また一分――時が静かに流れていく。


小林さんは、喉の奥で固くなった唾をそっと飲み込んだ。何かが起きる前の静けさ。誰もが息を詰めるその時、幽子の瞼が、ゆっくりと開かれた。


「視えたよ……君の中の、真実が」


その瞬間、空気が一気に弛緩し、自分は思わず息を大きく吐いた。小林さんも、深い安堵の息を吐き出し、星野さんの肩もわずかに下がっていた。まるで長い長い夢から、ふと覚めたかのようだった。


幽子は彼らの反応に特に触れもせず、淡々と告げた。


「お祓いはこれで終わりだ。でも……君は、ちょっとこの手の影響を受けやすいタイプみたいだな。だから、念のため、これを持っておいてくれ。」


そう言って、幽子はバッグの中を探り始めた。やがて、手のひらに二つの小さなお守り袋を取り出す。そのうちの一つ――深い青色の袋を小林さんに手渡した。


「これには、うちの祖母に頼んで作ってもらったお札が入っているんだ。生き霊っていうのは、亡くなった人の霊と違って、“また来る”可能性があるからな。でも、これを持っていれば大丈夫。君には、もう近づけないはずだよ。」


幽子の言葉は静かだったが、その口調には重みがあった。


「しばらくは、肌身離さず持っていて欲しい。特に、寝るときは必ずそばに置いてくれ。寝ているときが、一番無防備だからな。」


彼女の目が真剣だった。軽い口調の奥に、相手の身を案じる深い想いが込められているのが伝わってきた。


「ちなみに……祖母はこの辺じゃちょっと有名な“拝み屋”だから。効果は保証するよ。」


幽子はにっこりと微笑みながらそう付け加えた。


続いて、彼女はもう一つの赤いお守りを星野さんに差し出した。


「君にも、念のため持っておいてほしい。」


星野さんは驚いたように目を見開き、「えっ、私もですか?」と尋ねる。


「そうだよ。小林さんに向かっていた生き霊が、行き場を失って、君のところに流れてくる可能性がある。まぁ、大丈夫だと思うけど……用心するに越したことはない。」


幽子はそう言って、柔らかく笑った。


そして、小林さんにもう一言、真剣な眼差しを向けて告げる。


「生き霊ってやつは……自分で飛ばしてるつもりがなくても、感情が強すぎると、無意識に飛んじゃうものなのさ。だから、またその女性に会っても、責めたりしないであげて欲しいんだ。」


小林さんは黙って頷いた。その目には、納得と、覚悟のような光が宿っていた。


それを確認した幽子は、ふっと笑みをこぼすと、いきなり緊張感をぶち壊すような調子で言った。


「そうそう、報酬のことだけど……星野さんからはすでに受け取っているが……。でも、力を使ったらちょっとお腹が空いちゃってさ。申し訳ないけど、これもごちそうしてもらえると助かるんだが……」


そう言って、幽子はメニューをめくり、限定のハンバーガーを指差す。


「まだ食べるのか……?」

思わず呆れたような声が、自分の口から漏れた。


その瞬間、幽子の鋭い視線がこちらに向けられた。だが、そのやりとりに、小林さんも星野さんも思わず笑い声をあげ、明るい空気が再び場を包み込んだ。


「分かりました、いいですよ。」と小林さんが言い、星野さんも頷く。



そして新たに手に入れた、ハンバーガーを頬張りながら、幽子は満ち足りたように言った。


「……ごちそうさまでした。」


その一言のあと、小林さんと星野さんは丁寧に頭を下げ、


「今日は本当に、ありがとうございました。」と声を揃えた。


店内を出て、二人が並んで歩く背中を見送りながら、自分はどこか温かな気持ちになっていた。


事件は無事に解決した!


そう思いながら、自分たちもまた、ゆっくりと帰路についた。


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