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九軒目 家

待ち合わせの日、自分と幽子はバスに揺られながら、陽介の待つ家へと向かっていた。

陽介の家は、最寄りのバス停から歩いて数分の距離にある。


窓の外を流れる景色は、どこか落ち着いた雰囲気を醸し出していた。以前訪れたときの記憶が蘇っていた。


閑静な住宅街、静まり返った道には、穏やかな時間が流れている。家々は整然と並び、どこか温かみを感じさせる。


しかし、この町には何もないわけではない。近くには便利なコンビニがあり、大きなスーパーも顔を出している。

昔ながらの老舗も点在し、どこか懐かしい香りを漂わせていたりする場所だった。


バスが停車し、自分と幽子はバス停に降り立った。陽介の家へと続く道を歩きながら、自分は「今、バス停着いたからもうすぐ着くよ」と、心配する気持ち抑えつつ陽介に連絡を入れていた。


「了解!待ってるよ。気を付けてね。」とスマートフォンから聞こえてくる陽介の声は元気良く、自分達を待ちわびているようだった。


そんな中、隣で歩いている幽子は、機嫌良く軽やかに足を運んでいた。彼女の目は輝き、まるでこの道を楽しんでいるかのようだ。


ここにくる前「せっかくこんなところに来たのだから、帰りに『SAKURAI』という老舗の洋菓子店に寄るから、付き合いたまえ」と、彼女は嬉しそうに言っていたのだ。


自分はその言葉に少し呆れ顔だった。

これから陽介の家で起こっている不可思議な事の調査に来ているというのに、幽子の表情には緊張感がまるで見られない。

彼女の楽しげな様子は、まるで日常の一コマのように感じられていた。


道の両側には、閑静な町並みが続くなか、陽介の家が近づくにつれ、自分は不安と恐れが交錯する感情を抱えていたが、幽子の明るい笑顔に少し救われている感じもしていた。


陽介が待つ分譲住宅街が視界に入ると、幽子の足取りが少し変わったように感じた。

まるで何かを感じたかのように、彼女の歩みはゆっくりとした足並みになっていった。

そして彼女は「しんいち、ちょっと待て。」と声をかけてきた。


「どうしたの?」幽子の顔を見ながら歩みを止めた。彼女はスッと息を吸うと「パンッ」と一つかしわ手を打ち、「これでよし、じゃあ行こうか!」と再び歩き出した。幽子が霊感のスイッチを入れた合図であった。


道を曲がり、目の前に同じ家が立ち並ぶ、分譲住宅の区画に入った。自分の視界に陽介の家が入り、幽子にその位置を教えようとした瞬間、彼女がふと口を開いた。

「彼の家を当ててやろうか?」その言葉に驚き、思わず幽子を見つめ返す。


幽子は自分の反応を楽しむかのようにニヤリと笑い、指をさした。


「あそこだろ?」


その指先が示す方向に、自分は目を向けた。心の中で何かがざわめく。幽子は続けて言った。「あの角の家じゃないか?」


その瞬間、自分の腕には鳥肌が立っていた。

彼女の言葉は、まさに真実だった。冷たい感覚が全身を駆け巡る。「何か見えるの?」と問いかけると、幽子は一瞬の沈黙の後、低い声で答えた。



「なかなかにヤバイな。」


その言葉の意味を知りたかったが、恐怖が胸を締め付け、思わず飲み込んでしまった。心の中で渦巻く不安を抱えながら、陽介の家の前に立ち、呼び鈴を鳴らす。

少しの間、静寂が続いた後、スピーカーから陽介の声が響いた。「お待たせ!今開けるよ。」


玄関が開くと、陽介の姿が見えた。先週と変わらぬ元気な表情で、まるで何事もなかったかのように微笑んでいる。彼の姿に少し安心し、心の緊張が和らいだ。


「二人ともいらっしゃい、幽子さん、今日はよろしくお願いします。」陽介の明るい挨拶が、空気を和ませる。自分は「よぉ!」と軽やかに返し、幽子もそれに倣って手を上げながら「よぉ!」と声を合わせた。


陽介は一旦玄関先に出て、静かに話を始めた。「今日の調査の件、心配させたくないから、お母さんには内緒にしてるんだ。だから今日は日向が心配で見に来たって事にしてくれないかなぁ?」


その言葉に、自分は頷きながら「分かった」と了承した。

続けて、「その後、美奈子さんと日向ちゃんはどうなの?」と尋ねてみた。


その問いに陽介の表情が一瞬曇った。

「あんまり良くないかなぁ…」彼は力なく答え、「日向も調子悪いけど、母さんも階段から落ちた怪我が治らなくて、まだ足を引きずりながら歩いてるし。」


軽い捻挫だと聞いていた自分は、その言葉に驚愕した。「もう1週間以上経っているでしょ?」と問いかけると、陽介は不安を隠せない表情で小さく「うん」とだけ答えた。


陽介の家の玄関をくぐった瞬間、異様な空気が二人を包み込んだ。まるで時間が止まったかのような静けさの中、幽子はその重苦しい雰囲気を感じ取った。


彼女は、先ほどの会話を思い出しながら、陽介に向かって言った。「私も了解したよ。家の中も調べたいが、先ずは君のお母さんと妹さんに会わせてくれ。」


陽介は彼女の言葉に真剣な眼差しを向け、「よろしくお願いします」と答えた。その瞬間、彼の目には決意が宿っていた。

幽子はその表情を見つめ返して黙って頷いた。


家の中に足を踏み入れると、すぐに異変に気づいた。空気が淀んでいる。霊感とは違う、もっと生々しい感覚だった。

モワッとした重たい空気の中に、埃の匂いが混じり、まるで廃墟にでも迷い込んだかのような不気味さが漂っていた。


自然と幽子の視線が自分に向けられた。彼女もまた、この異様な空気を感じ取っているのだろう。彼女の目は「分かるか?」と問いかけているようだった。

自分は静かに頷き、二人の間には静かな緊張感が生まれていた。


リビングに足を踏み入れると、そこには美奈子さんの姿があった。

彼女は趣味の手芸に没頭し、説明書を手に小さなぬいぐるみを作っている。陽射しが差し込む中、彼女の手元には色とりどりの糸が散らばっていた。


「お母さん、しんいちが来たよ」と陽介が声をかけると、美奈子さんはその言葉に反応し、自分の方へ視線を向けた。

「あら!しんいち君、いらっしゃい」と、彼女は微笑みながら立ち上がろうとする。

しかし、足が悪いのか、その動作はどこかぎこちなく、びっこを引きながら近づいてくる。痛々しい姿に、思わず心が痛む。


「こんにちは!美奈子さん、大丈夫ですよ、座っててください。母さんに言われて様子見に来ました」と、自分は優しく声をかけた。

続けて、「今日は友達の幽子を連れて来ました」と、さりげなく幽子を紹介する。


幽子は美奈子さんを見つめ、軽い笑顔をみせ「こんにちは」と一言返す。

美奈子さんはその反応に微笑み、「いらっしゃい、初めて見る方ね。陽介のお友達かしら?仲良くしてあげてね」と優しい声をかけた。


自分は、美奈子さんに「これ、母から預かって来ました」と手に持っていた紙袋を差し出す。母からの伝言や、美奈子さんの足の具合について尋ねながら、彼女の様子を観察する。


美奈子さんはやはりどこかおかしい…。


9月に入り、暑さのピークは過ぎたものの、残暑は依然として厳しかった。

そんな中、美奈子さんは長袖の厚手の服を身にまとっていた。部屋は締め切られ、モワッとした空気が漂っている。だが、彼女の肌には汗一つ浮かんでいない、その姿は、どこか異様だった。


さらに特に印象的なのは彼女の目だった。

焦点が合っていないような虚ろな視線は、瞬きをすることもなく、まるで何かに取り憑かれているかのように見えた。その目は、少し不気味さを感じさせた。


自分は用件を済ませると、次に日向ちゃんがいる部屋へと向かうことにした。

美奈子さんの異様な様子が心に引っかかりながらも、日向ちゃんの元へと向かった。


リビングを出た後、気になっていたことを陽介に尋ねた。「締め切っているせいもあるけど、家の中、空気が悪い感じがするけど、陽介は何も感じない?」


先頭を歩く陽介は、少し首をかしげた。

「そうかなぁ?自分はずっといるからあんまり感じないけど、母さんが最近ずっとあんな感じで部屋も締め切っているから、もしかしたらそう感じるかも知れないね。」


その言葉に違和感を覚えながらも、日向ちゃんの部屋の前に辿り着いた。

すると、嫌な臭いが鼻をついた。


「何?この臭い?」自分は思わず声を上げてしまった。


陽介は困惑した表情を浮かべ、「前にも言ったけど、日向は引きこもってて…さすがにトイレには行っていると思うけど、食事も部屋で食べてるし、お風呂も入っているのか分からない状態なんだよ。」


その瞬間、自分の脳裏に浮かんだのは、テレビで見たことのあるごみ屋敷の光景だった。

散乱したゴミや埃、そしてその中に潜む異臭。まさにこの状況ならあり得る。


さらに、まさか死んでいるなんて…という、よくあるドラマの場面が頭をよぎるが、思わず苦笑いを浮かべながら「ない!ない!さすがに考え過ぎ」とその考えを否定した。


「日向~ぁ」と、陽介はドアをノックしながら呼びかけた。静寂が広がる中、彼の声は虚しく響く。まるで、誰も彼の存在を認識していないかのようだった。


陽介はさらに声を大にして言った。「日向ぁ、しんいちが心配してきてくれたんだ。ドア開けるよぉ」と告げ、意を決してドアを開けた。


薄暗い部屋の中は、電気も点けられず、カーテンはしっかりと閉ざされていた。

目が慣れるにつれ、自分はその光景に息を呑んだ。


日向ちゃんは、まるで廃人のような表情を浮かべ、ベッドにもたれ掛かるように座っていた。彼女の目は虚ろで、まるでこの世のものとは思えないほどの無気力さを漂わせていた。



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