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七軒目 家相

幽子は淡々とした表情で陽介に向かって問いかけてきた。「さっそくなのだが、2、3質問をしても良いか?」その問いに、陽介は軽く頷き、彼女の言葉を待っているようだ。


幽子は少し間を置いてから、最初の質問を口にする。「先ず、君のお母さんと妹さんは霊感というものがあると聞いたことはないか?」


陽介は考え込むように顎に手を当て、「そうですねぇ……、母に霊感があるとは聞いたことはありません。というより、そんな話をしたこともないかなぁ?もちろん、自分には霊感なんてありませんから」と、彼は少し言葉を濁しながら続けた。


「ただ……」と陽介は言葉を選ぶように続け、「妹の日向は、確か幼稚園の時か小学校の低学年の頃に、そんなことを言っていた記憶があるのですが……、すいません、正確には覚えていないです」と、彼は少し困ったような表情を浮かべていた。


幽子は淡々とした表情を崩さず、陽介に向かって言葉を続けてきた。

「ありがとう、そこまで分かれば大丈夫だ。さて、次の質問なのだが…」と前置きをおいて「少し辛いことを思い出させてしまうのだが…。弟さんを亡くされたそうだが、彼が亡くなる前に何か彼に変わったことは起きなかったかな?」


その言葉が耳に届いた瞬間、陽介は一瞬動きを止めた。

心の奥底にしまい込んでいた記憶が、まるで波のように押し寄せてくるようで、彼は深く息を吸い込み、考え込むように目を伏せた。


「うーん、特に変わったことは……」彼の声は少し震えていたが、すぐに意を決したように続ける。


「ただ…、昇太が亡くなる直前に日向の体調が悪くなって、それと同時に母さんも体調を壊してしまったんです。でも、昇太がキャンプを楽しみにしていたから、急遽自分も母の付き添いで参加したんです。」


陽介の言葉が静かに響く中、自分は始めて聞く内容に驚いていた。

そんな中、幽子は「ふーん」と呟き、何かを考え込むように彼を見つめていた。


「最後の質問なのだが、最近変わったことや気になることはないか?」幽子の声は、いつも通りの冷静さを保っていたが、その目には真剣な光が宿っている。


「そうそう!あと、しんいちにも聞きたいんだが、君も彼の家に行ったことがあるんだろ?何か気になったことはないのか?」


急に振られた質問に、自分は少し戸惑いながらも考えを巡らせた。

「気になること…」自分が言葉を探していると、陽介が重い口調で口を開いた。「最近なんですが…」


彼の声には、どこか重苦しさが感じられる。「実は……、最近妹の様子が少し変で、まるで鬱のように表情がなくなって、部屋に引きこもるようになってしまって……。さらに母さんも様子が変で、この夏の暑い日にも関わらず『寒い、寒い』と言って部屋の窓を締め切るようになってしまったんです。」


陽介の言葉に、自分は驚きを隠せなかった。

日向ちゃんのことは父から聞いていたが、美奈子さんまで…、という思いが胸を締め付けてきた。


そんな陽介の心情を察したのか、幽子は話を反らすように、「しんいちはないのか?」と落ち着いた表情で問いかけてきた。


幽子の問いに、自分は一瞬戸惑った。

実を言うと、気になる点が一つだけあったのだ。

しかし、それは気になるというよりも、どこか気のせいに近い微々たることだった。

それでも、少しでも手がかりになればと、自分は思い切って二人に話す決心を固めた。


「気になると言うよりは、気のせいに近いんだけど…」自分は言葉を選びながら続けた。


「陽介の家に何度かお邪魔した時に、ふと思ったことがあるんだ。トイレを借りた時、なんだか薄暗いなと感じたんだよね……。照明が暗いってわけじゃないんだけど、何かが違う気がしたんだ。」


その言葉が静かな空間に広がると、陽介と幽子は互いに顔を見合わせた。

陽介の表情には、少しの不安と興味が交錯している。幽子は自分を分析しているように見つめ、何かを考えているようだった。


「しんいちはたまに、私でも分からない能力発揮するからなぁ…、少し頭に入れておこう。そうかぁ……なるほど……、間取りかぁ?」彼女の心の中で、何かが閃いた。


陽介に向かって、幽子は何か思い付いた表情で言った。「ちょっと君の家の間取りを教えてくれないか?」


自分と陽介は少し疑問に思ったが、すぐに幽子の言葉を理解し、紙とペンを用意し始めた。

陽介が家の間取りを書き始めると、幽子はその様子をじっと見つめている。

そして自分は、心の中で考えを巡らせていた「間取り?家相の事かぁ…」


自分の頭の中には、家相や風水にまつわる怪談が浮かんでいた。

確かに、そういった話は多く存在する。

しかし、最近では家相が意味を持たないという話も耳にしたことがあった。


マンションやアパートに住む人々が増え、一軒家でも陽介の家のように分譲住宅が多くなっている。そうなると、同じ場所に同じ間取りの家が並ぶことで、みんな同じ運気を持つことになってしまうのだ。


「そんな理由で最近は家相や風水が軽視されがちだとも言われているな…」

自分は、そんなことを考えながら、陽介の手元を見つめていた。


しばらく様子をみていると、陽介は家の間取りを書き終え「こんな感じですが」と伝えた。


幽子は陽介の書いた間取りを食い入るように見つめ、ふと口を開いた。「あと、方角を知りたいのだが?」


陽介は、不思議そうな面持ちで「あっ!はい」と返事をし、「おおよそですが」と言いながら、東西南北の方角を書き足していく。


家相や風水といえば、やはり鬼門の位置が気になる。自分は、かつて聞いたことのある話を思い出していた。

確か、鬼門には水場や玄関を置いてはいけないと。自分はそれを踏まえて陽介の家の間取りを再度見つめ直してみる。


キッチンやリビングは、自分の家と同様に南側に配置されている。陽介の家も、明るく温かい日差しが差し込む場所だ。

だが、自分の心をざわつかせるのは、トイレの位置だった。東側にあり、鬼門の位置からは少し離れているように見えるが、それでも気になる。


そして、玄関の位置も微妙だった。北側にあり、鬼門方向に近いと言えば近い位置にある。


さらに、二階の間取りに目を移すと、トイレの真上には日向ちゃんの部屋があった。

そこが鬼門の位置にかかっているように感じ、自分は不安が募っていく。


幽子の方は、陽介が書いた間取り図をじっと眺め、長い沈黙に包まれていた。彼女の視線は動き、時折ブツブツと何かを呟きながら、深く考え込んでいるようだった。


そんな様子を見ていた自分は、思わず声をかけ「何か分かりそう?」と静かに聞いてみた。


幽子は自分の方を振り向き、肩を竦めてあっけらかんと答えた。


「さっぱりだ。」


自分は意外な答えについ「え~ぇ?」と声を上げた


すると幽子はニヤリと笑い、「冗談だ!冗談」と言いながら再び間取り図に目を戻した。

彼女の真剣な表情が戻り、しばらくの間、静寂が三人の間に流れた。


「気になるところはあるんだが、正確なことは現地に行かないと分からないなぁ」と幽子は言った。彼女の声には、どこか迷いが滲んでいるようだった。

「あと、君の家族の状態もだいぶ悪いようだ。早めに対処した方が良いだろ。」


自分と陽介はその言葉に「ドクン」と心臓の鼓動が一瞬高まるのが分かった。彼女の直感が、どれほどの真実を含んでいるのか、心の奥で不安が広がる。


「君は今度、いつ時間が空いているんだ?」幽子は陽介に目線を移し尋ねた。


陽介は少し考え、「来週なら……」と答えた。その後、三人で日取りと時間を決め、再会の約束を交わした。


「ありがとうございました。またよろしくお願いします」と陽介は幽子に告げ、帰る準備を始めた。自分は陽介をバス停まで送ることにし、一緒に立ち上がった。


その時、ふと幽子に「幽子はどうするの?」と尋ねると、彼女は明るい笑顔で答えた。

「私は夕飯まで君の部屋で漫画を物色している。ではまたな!」そう言って、陽介に軽く手を振り、本棚の方へと向かっていった。

彼女の後ろ姿は、まるで楽しみを求める子供のように見えた。


バス停までの道すがら、陽介は幽子の印象を語り始めた。

「最初は怖い人かと思ったけど、真剣に話を聞いてくれて優しい人なんだね。それに不思議な雰囲気もあって面白い人だったよ。」


その言葉を聞きながら、自分は心の中で「優しい?面白い?」と疑問を抱いていたが、作り笑いを浮かべて「アハハハ…」と答えた。

陽介の言葉が、どこか自分の知らない幽子の一面を映し出しているように感じられた。


どうやら思っていたよりも幽子の印象は悪くはなかったようだ。



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