六軒目 対面
幽子に勝利した自分は、陽介の家で起こっている出来事について語り始めた。
彼女は黙って耳を傾け、少し考え込むような表情を浮かべていた。
全ての話を終えた幽子は、難しい顔をしていた。「家かぁ……」と呟くその声は、まるで自分が陽介の話を聞いたときと同じ反応だった。思わず苦笑いが漏れる。
その幽子の様子に、思わず「もしかしてダメなの?」と尋ねてみる。
すると彼女は、少し考えた後に言った。「ダメと言う訳ではないのだが、家や土地というのは、かなり厄介な問題なんだよ。また詳しい話はしてやるけどな。」
と難しい顔をしている。
さらに幽子は真剣な眼差しでこちらを見つめ、「もしかしたら解決できないかもしれないぞ、それでも良いか?」と問いかけてきた。
その言葉に、自分の心に緊張と不安が走った。いつもは飄々としている幽子が、こんな重い言葉を口にするのだから、相当難しい問題なのだろう。
しかし、他に頼るあてはない。自分は軽く頷き、「よろしく頼むよ」とお願いした。
その言葉を聞いた幽子は、少し顔をほころばせながら言った。
「さっそくその陽介というやつに話を聞きたいのだが、どうやら今、君の家にいるみたいじゃないか?『抹茶雪見だいふく きな粉マシマシ黒蜜ソース添え』を取りに行くついでに、話を聞いてやろう。」
久しぶりに見せる幽子の積極的な姿勢に、自分は驚きを隠せなかった。
そんな自分の表情に気づいて「えっ!成功報酬とか言わないよな?私は成功しても失敗しても貰う気だったぞ」と、幽子は不安気な顔を浮かべて見せる。
その様子に思わず笑みがこぼれ、「違う!違う!」と手を振りながら、「もちろん報酬は払うよ」と言ってあげた。
幽子はその言葉を耳にした瞬間、心が躍っているようだ。
「では、しんいちの家に行くとしよう!」と、彼女は明るい声で宣言し、携帯電話と鍵を手に取ると、軽やかな足取りで立ち上がった。
その足取りは、まるで春の風に乗る花びらのように軽やかだった。
どうやら、彼女の心を満たしているのは「抹茶雪見だいふく きな粉マシマシ黒蜜ソース添え」の余韻だったのだろう。道すがら、陽介について少し話しているものの、彼女の耳にはあまり入っていない様子だった。
家に着くと、「ただいま!」と元気よく声を上げ、玄関を上がる。幽子はまるで自分の家のように、何のためらいもなく家の中へと進んでいく。いつものことなので、特に気にすることもなかった。
その時、リビングの方から聞こえてくる喋り声に、ふと足を止めた。
「お客さんでもいるのかな?」と疑問に思いながら、リビングを覗いてみる。
すると、横にある台所で、母さんと陽介が楽しそうに料理を作っている姿が目に入った。
どうやら、陽介は自分の部屋から呼ばれて、夕食の準備を手伝わされているらしい。
自分は呆れた気持ちを抱えながら、母に声をかけた。「母さん、陽介に何をさせてるのさぁ?」
母は驚いたように振り返り、明るい笑顔を浮かべた。「あら!しんいち、帰ってたの?だって、ようちゃんは料理が上手でしょ、暇そうにしてたから、手伝ってもらってたのよ。」
その言葉に、陽介は苦笑いを浮かべながらも、「いや、楽しかったよ。しんいちのお母さんとも久しぶりに話せたし」と、少し照れくさそうに答えた。
自分はその様子を見て、少し安心しながら「ありがとう」そして、「陽介、幽子を連れてきたよ」と告げた。
その瞬間、母の目がキラリと輝いた。「あら!幽子ちゃんいらっしゃい、今日は幽子ちゃんの好物の、渡辺惣菜店のコロッケだけど、食べてく?」と、母は嬉しそうに声をかけた。
幽子は一瞬の沈黙の後、まるで子供のように素直に「食べる。」と元気よく答えた。
その声には、無邪気さと同時に全くの遠慮の無さが垣間見えた。
「またか……」と心の中で思ったが、幽子が週に1、2度訪れて食卓を荒らしていくことを考えれば、特に気にはしなかった。
母の笑顔が、彼女の訪問を待ち望んでいるのがわかるからだ。
その時、陽介もその言葉に反応し、幽子に向かって「こんにちわ、始めまして!」と爽やかに挨拶をした。しかし、幽子は無愛想に会釈をするだけで、言葉を返すことはなかった。彼女の表情には、どこか距離を置くような冷たさが漂っていた。
その後、三人で自分の部屋のつくと、三人はそれぞれの思いを抱えながら静かに座わる。
ただ、周囲の空気は重く、まるで見えない何かが圧し掛かっているかのようだった。幽子の「不言不語の術」が影響しているのだろうが、今日は特にその力が強く感じられた。普段は気にも留めない自分でさえ、その異様な雰囲気に心がざわついていた。
陽介もまた、その緊張感を敏感に感じ取っているようだった。
彼の表情には不安が浮かび、時折自分の方をちらりと見ては、何かを求めるような眼差しを向けてきた。
自分はこの重苦しい空気を変えようと、幽子に声をかけようとしたその瞬間、彼女が陽介に向かって静かに指示を出してきた。「君、両手を上に向けて手を出したまえ。」
陽介は一瞬戸惑い、驚いたように自分を見つめた。自分は「大丈夫」と頷き、彼に安心感を与えようとした。陽介は少し緊張しながらも、幽子の前に手を差し出した。「こうですか?」と彼は尋ねる。
幽子はその手に優しく自分の手を重ね、「少しだけじっとしてリラックスしててくれ」と穏やかな声で告げた。彼女の言葉には不思議な安心感があり、陽介はその瞬間、少しずつ緊張が解けていくのを感じた。
そんな様子を見守っていた自分の心には、不安がじわじわと募っていた。陽介には「大丈夫」と頷いたものの、本心では「幽子さん!いきなり霊視するんですか?」とドキドキしていた。そんな思いを抱えながら、二人の様子をじっと見つめていた。
幽子が霊視を行うときは、いつもこんな感じだった。彼女の周囲には静かな水面のような神聖な雰囲気が漂い、まるで時が止まったかのように感じられる。
彼女は目を閉じ、深い呼吸を繰り返し、心を整えているのだろう。自分もその静けさに引き込まれ、思わず息を潜めてしまった。
約1分ほどの静寂の後、幽子はゆっくりと目を開けた。その瞳は穏やかで、まるで何かを見透かすような深い光を宿していた。
「視えたよ!君の中の真実が。」
そして幽子は、緊張をほどくように微笑みを陽介に向け「しんいちから少し話は聞いているのだが、君の口から詳しい話を聞かせてくれ」と、陽介に告げた。
その言葉に、自分は思わず心の中で「霊視の結果は?」と問いかけたが、場の流れに身を任せることにした。
あえてその質問を口にすることはせず、ただ静かに二人の会話を見守ることにした。
陽介は緊張を抱えながら、ゆっくりと丁寧に幽子に説明を始めた。彼の声は震えていたが、彼女の静かな眼差しがその不安を少し和らげてくれる。幽子は黙って彼の言葉を受け止め、まるで彼の心の中を覗き込むように、じっと耳を傾けていた。
全ての説明が終わると、幽子は自分が説明した時と同じように「うーん」と唸りながら考え込んだ。
そして陽介の目の前で、幽子は真剣な眼差しを向け言葉を紡ぐ。「家や土地についての難しさは、しんいちにも言った事だけど、これは本当に簡単ではないんだ」と、彼女の声には重みがあった。
「でも、もし調べてみたいなら、やってあげるよ」と続ける幽子の表情は、優しさと決意に満ちていた。
その言葉を聞いた陽介は、しばらくうつむいて考え込んだ。やがて彼は顔を上げ、決意を固めた表情で「はい!分かりました……。お願いします。」と静かに答えた。