最終話 人生ゲーム
幽子が喜美ちゃんに向かって諭すように言った。
「確かに、コメントの数ではエリカやカナの方が多かった。だがな……お前に向けられたコメントは、質が違ったんだよ。
数は少なくても、温かいものが多かった。心からお前を応援している声だった。」
自分と喜美ちゃんは思わず顔を見合わせた。
幽子は続ける。
「私はお前たちの動画を見てすぐに分かった。
あの二人は『作って』いた。一番になりたくて、人気が欲しくて、必死に演じていた。
けれど、お前は違った。自然に笑って、自然に話して、素のままの自分を出していた。
そういうお前に、ファンは気づいていたんだよ。そしてコメントで、それを伝えていた。
そしてそれに気づいたからこそ、エリカは焦ったんだ。
自分の後ろにいたはずのお前が、やがて自分を追い越すかもしれないって!」
「……え?」
「エリカにとって、お前は呪う理由がない三番手だった。なのに呪った。なぜか? 恐れだよ。嫉妬と不安が、エリカにお前を呪わせたんだ。」
幽子は確信を持って喜美ちゃんに告げる。
「まあ、カナに対しての呪いは言うまでもないな。あれは、完全な嫉妬だ。男からの人気はエリカよりもカナの方があったからな。」
ゾクリと自分の背筋が震えた。噂には聞いていた、女の嫉妬の恐ろしさ。それが今、目の前で起きていたのだ。
「……じゃあ、カナさんがエリカさんを呪ったのって……やっぱり、一番のエリカさんを蹴落としたかったから、なのか……?」
思わず口をついて出た自分の疑問の声に、空気がわずかに揺れた。そう考えれば、たしかに動機は成り立つ。だが、それだけでカナさんを疑ってしまっていいのだろうか?
心のどこかで引っかかるものを感じながら、自分はここまでの流れをもう一度、頭の中で整理し始めていた。幽子がカナさんを疑った理由……それがどこにあったのかを探ろうとしていた、そのときだった。
ふと、何かがひっかかる。頭の奥で、ピンと一本の糸が震えたような感覚。
「あれ……?」
自分が腕を組み、深く考え込んでいると、すぐさま幽子が口を開いた。
「おっ、気がついたか?」
その声にはどこか楽しげな響きがあった。一方、まだ状況が呑み込めていない喜美ちゃんが、ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら言った。
「なに!?なに!? どういうことなの!?」
自分がカナさんに抱いた違和感……それは、これまでに三度あった。
まず一つ目。カナさんは、自分が金縛りに遭ったという話を心霊現象にあってるエリカさんには伝え、喜美ちゃんには、なぜかその話をしていなかったのだ。
本来なら、逆ではないのか?
カナさんはエリカさんに、精神的に揺さぶりをかけていたのではないのか?
次に二つ目。お祓いの話を最初に切り出したのは、他でもないカナさん自身だった。
だが仮に、彼女がその時点で、原因がエリカさんにあると確信していたとしたら……?
お祓いの場を用意し、霊感のある人間に視てもらうことで、呪いの正体を暴き、エリカさんを断罪するつもりだったのではないか。
そして最後に、決定的な違和感。カナさんは、幽子によるお祓いを拒否したのだ。
理由はたしかに存在する。幽子の話では、「呪いに使った道具を処分すれば収まるかもしれない」と言っていた。それを聞いた上で、お祓いを断ったというのなら……確かに理由にはなる。
もちろん、すべては憶測にすぎない。前の二つの違和感にしても、無理やり辻褄を合わせようと思えばいくらでも説明はつく。考えすぎだ、と言われてしまえば、それまでのことかもしれない。
だが……
カナさんには、エリカさんを呪うに足る動機がある。そこに三つの違和感が積み重なれば、黒とまでは言えないにしても、「グレー」と評するには十分すぎる材料だ。
自分はその推理を二人に語り終えると、幽子はニヤリと笑った。
「やるじゃないか。……ちょっと違う箇所はあるが、だいたい私も同じ意見だよ」
そう言って、幽子はさらに付け加えた。
「それと、これは私の予想だがな……カナに起きていた金縛り。あれは『呪い返し』だと思ってる。」
「えっ、呪い返し……?」と喜美ちゃんが息を呑んだ。
幽子は静かに頷く。
「喜美枝に起きている現象は、少し質が違っているからな。……エリカにも言っただろ?『人を呪わば穴二つ』と。つまり、彼女は……自分の呪いに蝕まれているんだ。エリカと同じようにな。」
静かにそう告げた幽子の声には、どこか哀しみのような響きがあった。
人気者になるということは、こんなにも脆く危ういものなのだろうか……
喜美ちゃん達が最初に投稿していた動画は、自分も軽く一通り見ていた。
たどたどしさの中にも、三人で笑い合う姿があった。
互いを思いやり、ふざけ合い、時に照れたように目をそらす……そんな普通の女子高生の姿が、そこには確かに映っていた。
けれど、いつからか歯車は狂い始めた。
どこかに生まれた小さなひびが、やがて呪いのように広がっていく。
嫉妬、妬み、憎悪……それらは姿の見えない毒となり、彼女たちを侵していったのだ。
気がつけば、互いを蹴落とそうとする心が、日常を静かに蝕んでいた。
「……喜美枝、お前はどうするんだ?」
幽子が、優しく、そして現実を突きつけるように言った。
「あのメンバーとは、もう離れた方がいいと思うぞ。あの状態じゃ活動もままならんだろうしな。別に動画じゃなくたって、熱中できるものは見つかるはずだ。」
その言葉に、喜美ちゃんは肩を落としながら、ぽつりと返した。
「うん……。ちょっと考えてみるよ。」
事件はこれで一応の決着を迎えた。
けれど、心のどこかに残るのは、やるせなさと、名残惜しさと、ほんの少しの寂しさだった。
……そして数日後のこと。
喜美ちゃんから、短い連絡が届いた。
そこには一つの動画リンクと、簡潔な言葉が添えられていた。
「応援してくれる人達のために、頑張ろうって決まったよ。」
自分と幽子は、その動画を再生してみた。
そこには、かつての三人……エリカ、カナ、そして喜美ちゃんが並び、笑いながら人生ゲームをしている姿が映っていた。
誰かにカメラを任せているのだろう、画面の中の三人は、まるで何事もなかったかのように、朗らかな笑顔を浮かべていた。
和解したのか、それとも、ただ表面を取り繕っているだけなのか。
その真意までは、画面のこちらからは分からない。
けれど、彼女たちなりの答えを見つけようとしていることだけは、きっと確かだった。
「動画かぁ……儲かるのかな?」
画面を眺めながら、幽子がぽつりと呟いた。
「はっ?」
「いや、私って美人だろ? 星野さんと組んで、美人霊能力者として配信したらウケるんじゃないかと思ってな!」
突然の欲に目がくらんだ発言に、思わず自分は鼻で笑った。
「やめとけ。無理に決まってるだろ。」
「なんでだよ!」
「だってさ、幽子……お前、人前で話すの苦手だろ? 喜美ちゃん達みたいに、自然に話せると思うか?」
「むぐ……」
言葉に詰まった幽子は、口をへの字に曲げて、子どものようにふてくされた顔でそっぽを向いた。
からかい半分で言ったつもりだったが、その反応が妙に可笑しくて、自分は小さく吹き出した。
画面の中では、あの三人が笑いながら人生ゲームのコマを進めている。
画面に映る彼女達は、本当のものなのか、それともただの演技なのか……そんなことは、もうどうでもよかった。
大切なのは、彼女たちが今、もう一度手を取り合おうとしているということ。
たとえぎこちなくても、不器用でも、また始めようとする意思が、そこには確かにあった。
画面の中のゲームは、まだ途中だった。
進んでは戻り、また進んでは止まり……まるで人生そのもののように。
そして……
人生もまた、誰かのためのものではない。
他人の期待や評価に縛られるものではなく、自分だけの手で進めていく、自分だけのゲームなのだ。
彼女たちは、まだ若い。
やり直すには、時間も、機会も、まだたくさん残されている。
一度は壊れてしまった関係かもしれないが、それでもまた、新たなスタートラインに立つことはできるはずだ。
きっと、今度は前よりも少しだけ強く、少しだけ優しくなって……
そんな願いを込めて、自分はそっと動画を止めた。
部屋の中には、ふいに静けさが戻った。
けれどその静寂は、不思議と心地よく、どこか暖かかった。
エピソード完読ありがとうございます。
もしよろしければ、感想、評価等よろしくお願いいたします。
新しいエピソードまでしばしお待ちください。