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七話目 動画のコメント

「どうしたの……?」


喜美ちゃんが不安げに声をかけた。幽子のただならぬ雰囲気を察したのだろう、その顔から血の気が引いていくのが分かる。


幽子は視線を落とし、低い声で呟いた。


「……あのエリカって女、呪われていた。」


「え?それって……さっき言ってたやつでしょ?」


戸惑いながら自分が問い返すと、幽子は首を横に振った。


「いや、違う。まったく別の呪いだ。別系統のものだよ。しかも……その呪いをかけたのは、おそらく……『カナ』って女だ。」


その言葉を聞いた瞬間、自分と喜美ちゃんは言葉を失った。


呪いが……まだある? いや、事件はもう終わったはずじゃないのか? 一体どういうことなんだ?


「……意味がわからないよ。解決したんじゃなかったの?」


ようやく絞り出した言葉が、自分の口からこぼれ落ちる。だが幽子はその問いに即答せず、慎重に言葉を選ぶように、静かに語り出した。


「エリカを視たとき、妙な違和感があった。何かが引っかかったんだ。まるで、別の呪いが干渉しているような……不自然な重なり方だった。もちろん、カナがやったという確証はない。でも、状況から考えて他に考えられない。彼女しか……いない。」


幽子の声は落ち着いているのに、言葉の一つひとつが鋭利な刃のように空気を切り裂いていく。


「でもさ、幽子……状況って言うけど、本当にカナさんだけが怪しいのか? ……喜美ちゃんには悪いけど、正直言ってエリカさんには良い印象が持てなかったんだ。あの感じなら、他にも敵がいてもおかしくないと思う。」


自分の言葉に、喜美ちゃんがほんの一瞬だけ不満そうな顔を見せた。

けれど彼女は、何も言わなかった。


きっと『今日のエリカがすべてじゃない』と言いたかったのだろう。

だが、自分にとってあの女は……ただの「感じの悪い女」でしかなかった。


幽子はしばらく黙って自分の顔を見ていたが、やがて静かに口を開いた。


「しんいちの言う通り、その線も捨てきれない……。実はな、私は最初から呪いをかけているのはカナかエリカ、どちらかだと睨んでいたんだ。」


「えっ? でもその時点では呪いじゃなくて、心霊スポットのトンネルで憑かれた可能性だってあっただろ?」


疑問をぶつける自分に、幽子はわずかに眉を上げ、語気を強めて返した。


「それは、すぐに分かったんだよ。理由は……『あの心霊写真』だ。」


思い出す。あの背筋がぞわつくような写真を。

目線が合っているかのような鋭い視線が、写真の奥からこちらを睨んでいた。


「死霊の場合、写真には色が乗らない。白黒で霞んだように写ることが多い。でもあの写真は違った。はっきりと『色』があった。

つまり、あれは生きている者の『念』、いわゆる『生き霊』が写ったものなんだよ。」


「生き霊……!」


言葉に詰まる自分に、幽子は静かに続けた。


「喜美枝は良いやつだ。お前だって付き合い長いから分かるだろ? 喜美枝が誰かに恨まれるなんて普通じゃない。

……だから私は『普通じゃない理由』を考えた。

そして真っ先に思いついたのが、あのコンテンツだ。」


「動画の……?」


「そう。私も何本か見たが、なかなか人気のあるシリーズだった。再生数も高いし、ファンも多い。

でもな、しんいち。『人気』というのは時に毒にもなる。よくあるだろ? バンドでも、アイドルグループでも、芸人のコンビでも。

中が良さそうに見えても、裏では『誰が一番か』で揉めてる。」


幽子の目が鋭く光った。


「私は、今回の動機は『それ』だと読んだんだよ。メンバー内の確執。嫉妬。執着。そして……呪いに繋がったと。」


まるでパズルのピースがはまり込むような感覚があった。

言いようのない不穏さが、静かに胸の奥へと広がっていくのを感じた。


「そこで私が注目したのは……動画のコメントなんだ。」


幽子のその言葉に、私は思わず目を瞬かせた。


「コメント……?」


確かに、動画には多くのコメントが寄せられていた。けれど自分は、どうしても映像ばかりに意識が向いていて、コメントはざっと目を通した程度だった。


「ファンからのメッセージも含めて、私はひとつひとつ細かく読んでみたんだ。」


そう言う幽子の目は真剣だった。


「なあ、喜美枝。あのグループの中で、一番人気だったのは……エリカじゃないのか?」


その言葉に、喜美ちゃんがわずかに肩をすくめ、気まずそうに笑った。


「う、うん。エリカ、やっぱり綺麗だし……男女どちらからも人気あったと思う。特にメイク動画ではエリカがモデルになることが多くて、女子のコメントはほとんど『綺麗』、『憧れる』って、そんなのばっかりだったし……。


でもね、男の人からのコメントは……カナの方が多かったかも。

あの子、小さくて可愛いでしょ。普段はもっと冷静って言うのか、落ち着いてて、見た目に反して大人ぽい性格なんだけど……人気を狙って、わざと天然キャラ演じてたりしてたの……」


そう言って、喜美ちゃんは少しだけ笑ってみせたが、その笑顔はどこか影を帯びていた。


「まぁ……私は、あの二人に比べたら地味だからさ。特に目立たないし、人気も……」


そうつぶやいて自嘲するように笑う喜美ちゃんを、幽子がピシャリと遮った。


「喜美枝。お前、本当にコメント読んだのか?」


「えっ?……読んだ、よ?」


「いいや、読んでない。読み流しただけだ。」


そう言って幽子は、喜美ちゃんに向かって静かに首を振った。



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