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四話目 餞別のお守り

「呪われてる……幽子ちゃん、どういうことなの……?」


震える声でそう言ったのは喜美ちゃんだった。恐怖にこわばった顔で、彼女はスマートフォンの画面を見つめている。その目には怯えと混乱が浮かんでいた。


それを見て、すぐに幽子に問いかけた。


「なあ喜美枝。この写真……撮ったの、喜美枝だよな?」


「う、うん……私が撮ったの……」


喜美枝が頷くと、幽子は画面を覗き込み、その表情を引き締めた。


「この視線……分かるか?カメラの向こうから、明確な悪意がこっちを睨みつけている。撮影者……つまりお前に向けて、だ」


その声はいつになく鋭く、張り詰めた空気がその場を包む。


「これは……霊視なんかするまでもない。こんなモノ、普通なら見るだけで気分が悪くなるはずだ。喜美枝、今すぐこの画像を消せ。これは本当に危険な写真だ。」


幽子の真剣な声に、場の空気が一気に冷え込んだ。霊感のない自分でさえ、写真から漂う異様な気配に、背筋がぞくりとした。


「よく……お前、無事だったな。」


そう言いながら、幽子は不思議そうに首を傾げる。


「普通、視線だけじゃすまないはずなんだけどな……他にも何か感じなかったか?あるいは、何かお前自身を守ってくれるもの……例えば『お守り』とか、身につけてなかったか?」


その言葉に、喜美枝ははっとしたように目を見開き、慌ててバッグの中をまさぐった。そして、そっと取り出したのは、小さな赤いお守りだった。


「あれ……これって……」


自分は思わずそのお守りに目を凝らす。どこかで見覚えのある、それもかなり身近な気配を感じさせるそれは、そう……


「幽子がよく作ってたやつに似てないか……?」


同じことを感じ取ったのか、幽子も目を見開いたまま喜美ちゃんに問いかけた。


「……それ、どこで手に入れた?」


喜美枝は少し照れくさそうに微笑んで答えた。


「幽子ちゃん、忘れちゃったの?私が道場やめる時……『餞別だ!』ってくれたお守りだよ。ずっと大事にしてたの。私が持ってるお守りって、これだけだから……」


その言葉に、幽子が「ああ……そうか、そんなこともあったっけ。」と目を細める。そして、懐かしそうにお守りを手に取った。


「よく、こんなモノをまだ持ってたな……」


幽子は鼻を鳴らしながらも、どこか誇らしげに微笑んだ。そして少し照れたように、ぽつりと言った。


「それな……私が昔、試しに作った『悪霊払いの護符』なんだ。たぶん、それが喜美枝を守ってくれてたんだろうな。」


幽子が照れくさそうに頭を掻いたその仕草に、自分は思わず問いを投げかけた。


「……試しに作ったって、どういうことだよ?」


その瞬間、幽子の表情がピクリと強張った。まるで不用意に口を滑らせたことに気づいた犯人のような顔をして、焦った視線を自分に向けてくる。


「……あ、ああ……しまった」


言葉には出さなかったが、顔にそう書いてあるようだった。しかし、すでに情報は漏れてしまっていた。ごまかすには遅すぎたと悟ったのか、幽子はふぅと小さく息を吐き、観念したように肩をすくめた。


「仕方ないな……言っちまったもんは、仕方ないな。」


そう言って幽子は、静かに語り始めた。


「実はこれ……おばあちゃんから教わったばかりの護符の作り方でさ。練習っていうか、試しにいくつか作ってみたうちの一つなんだよ。で、ちょうどその頃、喜美枝が道場を辞めるって言ってただろ?だからまあ、『厄除け』のつもりで渡したってだけなんだけどな……」


幽子はバツが悪そうに笑いながら、弁解とも開き直りともつかない口調で言葉を続ける。


「ほら、でも結果的にはちゃんと役に立ったじゃないか?な?」


そう言って笑う彼女に、自分は小さくため息を漏らす。


(まったく……試しに作った護符を友達の餞別にするか?)


心の中でそう突っ込みつつも、事実としてその護符が喜美枝を危険から守っていたのだ。偶然だったにせよ、それは確かに意味のあることだった。


幽子はすぐに表情を引き締め、喜美枝に向き直る。


「でもな、このお守り、もうかなり効力が落ちてるみたいだ。このあとすぐに中身を入れ替えておくよ。今のままだと、お守りの体をなしてないからな」


その声は、さっきまでの照れ隠しとは違い、完全に真剣なものだった。


そして、すぐさま次の問いを投げかける。


「なあ、喜美枝。他の二人……エリカとカナと言うヤツとは、いつ会える?早めに対処しないと……下手をすると、手遅れになるかもしれないぞ。」


この場はまだ序章に過ぎない。今、見えたのはほんの端緒。だが確かに、何か深く重いものが、その向こう側で動き始めている気がしてならなかった。


そして喜美ちゃん達と会う日が来た。

自分達はまた道場で待ち合せすることになっていた。


前回の帰りがけ、大石先生から「喜美ちゃん今日は二人にいったい何の用だったんだ?」と聞かれ事情を話すと、それならと道場を貸してくれる事を約束してくれた。


そして今、自分と幽子は道場の前で立っている。さっき連絡があって、すでに喜美ちゃん達は到着して中で待ってると言っていた。


自分達が道場の入り口を開けると、畳に座っていた喜美ちゃんが軽く手を上げて「おーい!」と手招きしている。


自分達が近づくと喜美ちゃんの横に座っていた二人も立ち上がり、軽く自分達に頭を下げてきた。

動画に映っていたあの二人だ。


エリカさんは動画で見るよりも、かなり可愛い。

スラッとした体型に、幽子よりも少し身長が高い。


ほんのり笑顔を浮かべている頬にはあの愛らしいえくぼが浮かんでいる。

ただ、喜美ちゃんが以前会った時に言っていたように体調が悪いのか、笑顔に反して顔色は悪く感じた。


そしてもう一人、カナさんはあの特徴的な大きなメガネは着けておらず、一瞬分からなかったが、素朴な感じの顔つきと、低身長からくる幼い感じが可愛いらしさを引き立たせていた。


喜美ちゃんに紹介されて、自分は軽く一礼した。


「自分は喜美ちゃんが道場に通っていた頃の友人で、しんいちと言います。そして、こっちで睨みを利かせてるのが幽子です。ちょっと変わり者で……初対面の人にはいつもこんな感じなんです。でも、人見知りなだけなので、気にしないでくださいね。」


幽子の紹介には、もう慣れたものだ。普段ならここで彼女が「なんだその紹介は!」とツッコミを入れてくるのが定番で、場がふっと和む。


だが、今日は違った。


幽子は一言も発せず、まるで空気のように静かに、軽く頭を下げた。だがその眼差しは鋭く、目の前の二人をまるで見透かすように真剣に見つめていた。


『不言不語の術』……彼女が人見知りの時によく使う、独自の『沈黙戦法』それ自体は見慣れたものだったが、今日はいつものように噛みついてこない幽子に、自分は何か得体の知れない不安を覚えた。


今回の件、それだけヤバいってことなのかもしれない……自然と背筋が伸びる。


すると、前に立っていたエリカさんが、こちらに顔を向けた。


「ねぇ、キミから話は聞いたけど……その子が『お祓い』してくれるって子なの、えっ本気で言ってるの?正直、信じられないんだけど。」


その物言いには、どこか威圧的な響きがあった。言葉の端々に、見下すような気配すら感じる。少しムッとしたが、ここで感情的になるのは得策じゃない。


自分は落ち着いた口調を保ちながら、幽子の持つ『力』について、簡単に説明を始めた。


だが、心の中では困惑していた。……動画で見た彼女の印象と、あまりにも違う。


喜美ちゃんと再会した後、自分は気になって、彼女たちの動画を何本か観ていた。エリカさんは確かに物言いがハッキリしているが、どこか天然で抜けているカナさんと、全体をまとめる喜美ちゃんとのやり取りはテンポがよく、観ていて心地よい空気があった。


だが今、目の前の彼女は、どこか落ち着きがなく、苛立っているようにすら見える。その視線には警戒がにじみ、腕を組んで話を聞く態度には、まるでこちらを試すような鋭さがあった。


これが彼女の『素』なのか?

あるいは、幽子と同じく、人見知りをしているだけなのか……。


自分には、それを見極めるには、まだ少し時間が必要だった。


一方で、カナさんの様子もまた、動画で見た印象とは大きく異なっていた。


画面の中の彼女は、明るく屈託のない笑顔を浮かべて、時に本気なのか冗談なのか判別のつかない突拍子もない発言で、周囲を振り回す役回りだった。


だが、今目の前にいる彼女は、まるで別人のように落ち着いていた。


静かに、だが真剣にこちらの話に耳を傾け、ときおり小さく頷いて反応を返してくる。その仕草のひとつひとつからは、どこか大人びた雰囲気が漂っていた。


「演出」……そう、動画で見せていた姿は、もしかしたら演技だったのかもしれない。あるいは、あれが彼女の表の顔で、今のこの静かな姿が裏の顔なのか。


そんなことを思っているうちに、自分の説明は一通り終わっていた。


エリカさんは、まだ完全に納得したわけではなさそうだったが、それでも先ほどのような鋭さは少し和らいだように見えた。彼女は小さくため息をつくと、視線を逸らし、そっと口を閉ざす。


その瞬間、今まで沈黙を保っていた幽子が、スッと一歩前に出た。


「……しんいちから説明があった通り、私は人とはちょっと違う能力を持っている」


その声は落ち着いていて、感情に流されることのない冷静な響きを持っていた。


「大した力じゃない。せいぜい、霊視とお祓いができる程度だよ。でも、それでも少しは役に立てるはず。だから、少しだけ……話を聞かせてくれないかな。まずは、あなたからだ。」


そう言って、幽子はまっすぐにエリカさんを見つめた。

言葉は優しいが、彼女の目は鋭く探るように真剣な眼差しでエリカさんを見つめる。


エリカさんは一瞬、戸惑ったように目を細めると、何かを決意するようにゆっくりと頷いたように見えた。

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