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二体目 始めての依頼

昼休みのざわめきの中、教室の扉がそっと開いた。


星野さんだった。


彼女の姿が視界に入った瞬間、空気がわずかに張り詰めたように感じた。言葉にはできないが、何か得体の知れない緊張が教室の中に漂ったのだ。


――たぶん、幽子がかつて口にしていた「不言不語の術」なるもののせいかもしれない。まるで人を寄せ付けない、鋭く研ぎ澄まされた空気を纏って、星野さんは教室を見渡していた。


「まあ、座りたまえ」


幽子は、普段はあまり見せない苦手な作り笑いを浮かべ、彼女を迎えた。 慣れない笑顔が裏目に出たのか、周囲にはむしろ緊張が伝わっていたようにも見える。


星野さんは、そっと幽子の前の席に腰を下ろした。緊張した面持ちは、まだ完全には抜けていない。


「すまない。普段から私はこんな感じなんだ。怒ってるわけではないから、気軽に話してくれれば良い」


幽子は、どこかたどたどしい口調でそうフォローを入れた。


自分も慌てて助け舟を出す。「怖い顔してるけど、いいヤツだからさ。たぶんね。」


「しんいち!怖い顔とは何だ!私はな、自他ともに認める美人なんだぞ?」


幽子が鋭く噛みついてきたので、「あはは」と適当に笑って受け流すしかなかった。内心、少し刺さるものがあったけれど、それを悟られないように平静を装った。


そんなやり取りに、星野さんが微かに笑みを浮かべた。


「今日は時間をとってくれて、ありがとうございます。」


その言葉に、幽子はちょっと照れたような、でもどこか居心地悪そうな表情を見せた。


「さて――本題に入ろうか。」


幽子は一転して真顔になり、机に両肘をついて身を乗り出す。


「しんいちから少し話は聞いたが、君の彼氏のこと、知っている範囲で教えてほしい。」


星野さんはこくりと頷き、言葉を慎重に選びながら話し始めた。その声には、不安の色がほんのりとにじんでいた。


星野さんの心に根を下ろしている存在――それが小林さんだった。


一つ年上の先輩で、隣町の高校に通っているという。出会いは中学のバドミントン部。先輩と後輩として接するうちに、彼の頼もしさと優しさに惹かれていったという。


三年生の時に部長を務めていた小林さんは、練習でも精神面でも仲間を支える存在だった。星野さんにとって、その背中はまるで夜空に輝く星のように尊く映った。


中学を卒業しても二人の繋がりは途切れることなく続き、小林さんは部活の合間に星野さんの個人練習に付き合うなど、その優しさは常に変わらなかった。


「ほぉ〜。しんいちとは真逆の素敵な人ではないか。な?」


話の途中で、幽子がこちらを向いて意地悪くそう言った。


その言い方は、まるで針山の上に座らされたような不快感を覚えるものだったが、慣れたものでこちらも「アハハハ」と作り笑いで受け流した。


そして星野さんが中学三年の夏。運命の瞬間は、突然訪れた。


小林さんからの告白。


実は彼も中学時代から星野さんに特別な感情を抱いていたらしく、卒業と同時に想いを伝えようとしたが、タイミングを逃し、ようやくその言葉を口にできたのが中体連後の夏だった。


その時、星野さんは迷うことなく「はい」と答えたという。 だが、目の前には高校受験という大きな壁があった。


二人は話し合いの末、正式に付き合うのは受験が終わってからにしようと決めた。それでも完全に連絡を絶つことはせず、たまに会ったり、メールをやり取りする中で、気持ちは深まっていった。


そして春。星野さんが志望校に合格し、ようやく二人は正式な恋人となった。


しかし――そこから奇妙な出来事が起き始める。


「ある晩、彼が金縛りにあったって言うんです。しかも、目の前に黒い影が現れたって……。髪の長い女の人のような姿だったと……」


星野さんの声には、不安と戸惑いが滲んでいた。


幽子がゆっくりと頷く。「なるほどな……しんいちから聞いた話では“生き霊”の可能性があるかも、と……」


「それで……思い当たることって、あるのかね?」と続けると、星野さんはしばらく黙り込み、やがて言った。


「彼、ある女の子に告白されたって話をしてくれました。彼と同じ高校の人みたいなんですが、すぐに断ったって言ってましたけど……それから金縛りや黒い影が頻繁に現れるようになったって……」


どうやら、その女の子の姿が、現れる“影”とよく似ているのだという。


幽子は教室の騒がしさを無視するように、じっと話に耳を傾けていた。そして、ふと問いかける。


「その小林さんって人、もともと金縛りに遭いやすい体質だったりしないのか?」


「うーん……どうでしょう?ただ……彼、意外とこういうのダメらしくて……見た目はしっかりしてるのに、最近は毎晩のように怖がってました。」


お祓いにも行きたがっていたが、高校生にとっては費用が高すぎて手が出ず、代わりに“霊感がある人”を探していたらしい。 そして星野さんが友人づてに聞きつけたのが――幽子の噂だった。


「どうだ?」と自分が幽子に小声で尋ねると、彼女は腕を組みながら「うーん……直接会ってみないと、判断できないな」と真剣な表情で答えた。


「その小林さんとは、いつ会えるんだ?」と尋ねると、


「怪我で今は部活を休んでるので、放課後なら大丈夫だそうです」と星野さん。


「……今日は私、ちょっと用事があってな。明日以降なら大丈夫だ」と、幽子は惜しむように言った。


心の中で「用事?またどっかで買い食いだろ……」と呟いたが、さすがに口には出さなかった。


「じゃあ、連絡してみますね。」


そう言って星野さんは携帯を取り出し、小林さんへメッセージを送り始めた。


その合間に、こっそりと「用事って何?」と幽子に訊ねると、


「いいだろ別に!私にだって用事くらいある」とそっけない。


「どうせまたケーキだろ……」と軽く毒を吐けば、「喧嘩売ってるだろう!」と鋭く睨まれた。


その瞬間、星野さんが顔を上げる。「連絡つきました。明日なら大丈夫ですって」


「じゃあ、明日の放課後、駅前のマックでどうだ?」と幽子。


「限定マック狙いか……」と再びツッコむと、幽子は「ちっ」と舌打ちして田舎のヤンキーのような顔でこちらを睨んできた。


それを見て星野さんが思わず吹き出す。


「分かりました。彼にも伝えておきます。」


ちょうどそのとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


星野さんは軽く頭を下げて席を立ち、静かに教室をあとにした。


残された自分たちは、鳴り終えたチャイムの余韻の中で、明日訪れる出来事に、静かな緊張と淡い期待を抱いていた。

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