一話目 再会
自分には少し変わった友人がいる。
名前は幽子、もちろんあだ名である。
彼女には変わった能力が何個かあるのだが、その中の1つに霊感と言われる物がある。
そんな彼女と一緒にいるといろいろと不思議な体験を経験出来る
そんな彼女との日常を少し話していきたいと思う。
それは、桜の季節が過ぎたある日の夕暮れ時だった。自分と幽子は、幼い頃から通い続けている合気道の道場で、いつものように汗を流していた。
稽古も終盤に差しかかった頃、大石先生の声が道場の隅から響いた。
「しんいちくん、幽子ちゃん、お客さんが来てるよ。」
声の方へ目を向けると、大石先生が手招きをしており、その隣にはどこか懐かしい面影を携えた少女が立っていた。
最初は誰か分からなかった。だが、数秒遅れて、記憶の底から名前が浮かび上がる。
「ああ、喜美ちゃんかぁ! 久しぶり!」
思わず声が弾んだ。同時に幽子も、柔らかく目を細める。
懐かしい再会に胸を少しだけ高鳴らせながら、自分たちは二人のもとへと歩み寄っていった。
彼女の名前は……『斎藤 喜美枝』
かつて、中学二年まで共にこの道場で稽古に励んでいた仲間であり、何よりも大切な友人だった。
歳は自分たちと同じ。しかし道場では自分の一つ後輩にあたり幽子と同門だ。
喜美ちゃんが道場に入門してきたのは、幽子よりも数日遅れた小学三年生の春だった。まだ桜の花びらが風に舞う季節。少し遅れて入ってきた彼女は、最初の稽古のときから妙に緊張した面持ちで、周囲を気にするようにしていたのを覚えている。
そして彼女は、当時の幽子のことを明らかに怖がっていた。
無理もない話だった。今でこそ幽子は多少、周囲と柔らかく言葉を交わすようになったが、小学生の頃は完全なる人見知りで、クラスでも、道場でも、必要最低限のことしか話さないタイプだった。
本人は後に「不言不語の術」などと名付けて「カッコ良いだろ」等と笑って言ってはいたが、当時、喜美ちゃんはそんな人見知り全開だった頃の、幽子のオーラをまともに、浴びてしまったらしい。
だからなのだろう。五年生になる頃までは、ふたりが話している姿など一度も見かけたことがなかった。
だが、幽子が、『セイラ』から『幽子』と呼ばれ始めた頃からか、少しずつふたりの距離が縮まっていったのが分かった。六年生になる頃には、控えめながらも楽しげに会話する姿が見られるようになっていた。
中学に上がってからも、部活などで次々と辞めていく仲間がいる中で、喜美ちゃんは道場に通い続けていた。淡々と、だが確かに技を身に付けていく姿は静かで芯のあるものだった。
けれど、その彼女も、中学二年の夏が来る前に道場を去ることとなった。
「部活が忙しくなってきたから」と笑っていたが、三年になれば受験もある。時間のやりくりが難しくなったのだろう。その言葉には、名残惜しさと少しの決意が混じっていた。
もともと学区が違ったため、それからは自然と会う機会もなくなり、再会はずいぶん久しぶりのことだった。
久しぶりに顔を合わせた喜美ちゃんは、あの頃の素朴な印象とは少し違っていた。髪は軽く巻かれ、制服の着こなしもどこか洗練されている。すこし垢抜けて、なんだか綺麗になっていた。
時間は、確かに流れていたのだと、彼女の微笑みを見て実感した。
そんな久しぶりの再会に、幽子は開口一番、喜美ちゃんに言った。
「どうだ喜美枝! 久しぶりにやるか?」
やるか、というのはつまり、稽古のことである。
しかし、幽子の申し出に対して、喜美ちゃんは首を横にぶんぶんと振りながら、両手をバツ印にして言い放った。
「やだよ! 胴着もないし、それに幽子ちゃんの投げ、怖いんだもん!」
即答だった。むしろ反射的な拒否。
それを聞いた幽子は不満げに眉をひそめて言い返す。
「なんだよ。手加減してやってただろ。」
「嘘ばっかり!」
そう返す喜美ちゃんの声には、かつての関係性がそのままに残っていた。気心の知れた友達に向けるような、自然なツッコミ。ふたりのやり取りに、懐かしい空気が漂う。
自分はそんな様子を微笑ましく見ながら、ふと本題に戻るように尋ねた。
「ところで、喜美ちゃん。今日はどうしたの? 何かあったの?」
すると彼女は一瞬だけ口を結び、少しだけ真面目な顔でこちらを見つめてきた。
「……ちょっと、二人に相談したいことがあってさ。練習終わってからでいいから、話聞いてくれないかな?」
その瞬間だった。
「ピキーーーン」
文字通り、脳天に稲妻が走ったような嫌な予感がした。
思わず幽子の方を振り向くと、案の定、彼女も同じように直感を働かせていたらしく、露骨に顔をしかめていた。
……これは、間違いない。オカルト案件だ。
よりによって、なぜこのタイミングで。それが幽子の顔にもありありと浮かんでいる。
最近、幽子はやたらと小言が多い。
「お前がいつも、いつも変な頼み事を私に持ってくるから、最近じゃ向こうの方からやってくるようになったじゃないか! どうしてくれるんだ!」
そんなふうに、完全に言いがかりのような文句をぶつけてくるようになったのだ。
自分は心の中で(知らねーよ!)と全力で叫びつつも、小言を言われるのが嫌だった自分は、自分を通してくる、幽子への頼みごとは控えていた……はずだった。
だが、幽子の言うとおり、本当に『向こうから』やって来てしまったようだ。
幽子の視線が、まるで氷のように鋭く冷たく突き刺さる。
稽古を再開しながらも、その視線の痛みに耐えきれず、自分はひそかに天を仰いだ。
そして、結局。稽古が終わったあと、覚悟を決めて、喜美ちゃんの話を聞くことになったのだった。