一体目 可愛い訪問者
これから本編が始まります。
長編になりますが、応援のほどよろしくお願いいたします(-人-;)
自分には少し変わった友人がいる。
名前は幽子、もちろんあだ名である。
彼女には変わった能力が何個かあるのだが、その中の1つに霊感と言われる物がある。
そんな彼女と一緒にいるといろいろと不思議な体験を経験出来る
そんな彼女と体験したエピソードを1つ紹介しよう。
それは、幽子と同じ高校に入学してから、少し経った頃の放課後のことだった。
傾きかけた陽の光が、部室の窓から差し込み、まるで青春の一瞬を切り取るかのように柔らかく室内を照らしていた。
ミステリー研究部……通称『オカ研』と呼ばれるその部室では、今日も先輩たちとオカルトや漫画の話に花が咲き、無駄で貴重な時間が穏やかに流れていた。
そんな空気を切り裂くように、部室のドアを「コン、コン」とノックする音が響いた。
会話がふと止まり、全員の視線が扉に向く。
次の瞬間、「すみません……」と、か細く遠慮がちな声が聞こえ、ドアがゆっくりと開いた。
現れたのは、ショートカットがよく似合う女の子だった。整った顔立ちと控えめな雰囲気が印象的で、どこか『儚さ』を纏っている。
「どうしました?」
先輩の一人が立ち上がって声をかける。
自分は「誰だろう?」と首を傾げつつ、二人のやりとりに耳を傾けていた。
すると、先輩がちらりとこちらを見て言った。
「おーい、しんいち。お前に用事だってさ」
「えっ、自分に?」
戸惑いながらも、もう一度彼女の顔をまじまじと見てみた。……やはり見覚えはない。
だが、初対面とは思えないほど、その子はなぜか心を引きつける魅力を持っていた。
胸の奥がわずかに高鳴る。
……もしかして、これは……恋?
そんな甘い期待を抱いたのも束の間、彼女の一言がその妄想をあっさりと打ち砕いた。
「あの……佐々木さんと、いつも一緒にいる方ですよね?」
幽子の名が出た瞬間、自分はすべてを理解した。
またか――。
実は、こうして自分が“仲介役”になるのはこれが初めてではなかった。
噂好きな生徒たちの間で、幽子の「霊感」はちょっとした都市伝説になっていた。しかし、当の本人はというと、近寄りがたい雰囲気を全身にまとっており、誰も気軽に声をかけられない。
幽子曰く、それは「不言不語の術」と名付けた……要は人見知りのオーラのことだ。
そのせいか、幽子に相談したい者たちは、決まって彼女とよく一緒にいる“自分”に声をかけてくる。気がつけば、自分は完全に“幽子のマネージャー”扱いだった。
「だって……あの人、話しかけづらいし、ちょっと怖いじゃないですかぁ……」
目の前の女の子――星野沙織は、気まずそうに笑いながらそう言った。
その言葉に、「不言不語の術」の威力を改めて実感し、苦笑せざるを得なかった。
気を取り直し、星野さんの話を詳しく聞いてみる。彼女は自分たちと同じ1年生だが、クラスも学科も違い、これまで全く接点がなかったらしい。
「それで……佐々木さんって、本当に霊感あるんですか?」
少し緊張気味に、けれどどこか期待を含んだ目で彼女は尋ねてきた。
自分のことではないはずなのに、なぜか誇らしげに答えていた。
「もちろんありますよ」
その一言に、星野さんはぱっと表情を和らげた。
「そうなんだ……よかった。実は、ちょっと相談したいことがあって」
話によると、相談の内容は彼女自身のことではなく、彼氏の身に起きている不思議な出来事についてだった。
最近、彼氏が頻繁に金縛りにあい、その度に黒い影を見たり、髪の長い女の霊に襲われたりするという。しかも、その彼氏には、何となく心当たりがあるらしい。
つまり、それは――生き霊ではないか、というのだ。
「彼……あの女の影に見覚えがあるって言ってて。怖いけど、私じゃどうにもできなくて……佐々木さんなら、何か分かるかなって……」
そう語る星野さんの不安げな表情に、思わず頷いていた。
「分かった。幽子に伝えてみるよ。」
彼女の目が、ぱっと輝いた。
連絡先とクラスを教えてもらい、「後で連絡するね」と約束を交わす。
放課後の静かな空気の中、胸の奥で何かがそっと動き始めた気がした。
可愛い女の子の頼みを受けた高揚感か、それとも――新たな“事件”の予感か。
そんなことを思いながら、自分は再び陽の傾いた部室の光に目を細めた。
夕暮れ時、オレンジ色に染まった空を見上げながら、自分はふと思い立って、家から少し足を伸ばすことにした。
向かう先は――幽子の家。いつものように軽い気持ちで、でもどこか胸の奥にわずかな緊張と期待を抱きながら。
住宅街の中でも一際古風な門構えの家。インターホンを押して数秒、玄関の引き戸がゆっくりと開いた。
現れたのは、制服姿の幽子だった。どうやら帰宅したばかりらしい。
だが、その表情はどこか不機嫌そうで、目が言葉より先にこちらを責めていた。
「……君はこんな時間に、同級生とはいえ女性の家を訪ねることに、恥ずかしさを感じんのかね?」
いつもの無駄に格調高い口調で、彼女は口を開いた。まだ18時にもなっていないというのに、まるで門限を気にする昭和の親父のような物言いだった。
「いやいや、そんな古風な!」
思わず突っ込みを入れつつ、笑いをこらえる。どうにかその不機嫌さをやわらげようとした、その時。
奥の方から、幽子の祖母の声が聞こえてきた。
「あら、しんいち君じゃないか。お久しぶり。元気だったかい? 星空、しんいち君をそんな所に立たせてちゃダメでしょ。早く上がってもらいなさい。」
幽子――本名・佐々木星空は、祖母のその一言に、露骨に「余計なことを……」という顔をした。
その表情を見て、自分は思わず口元に微笑みを浮かべる。
「どうぞ……」
渋々ながらも、彼女は扉を大きく開けて自分を中へと招き入れた。
玄関から廊下へ、そして応接室へと案内される間、彼女は「部屋が散らかってるから」と一言釘を刺す。
応接室――それは幽子の祖母が占いや相談事に使う広々とした空間で、座り心地の良いソファが並んでいた。
遠慮なくその一つに腰を下ろし、「ふう……」と深いため息を吐く。心地よいクッションに身を預けながら、どこかこの瞬間を待っていた気がした。
だが、その余韻を断ち切るように、幽子の声が飛んでくる。
「で? 何の用だね? まさか、また奇妙な依頼じゃないだろうな。」
その眉間には、これまで自分が持ち込んできた“厄介事”への記憶が刻まれていた。
もちろん、こういう時の彼女には“攻略法”がある。
「だって、頼まれちゃってさあ……」と、まずは被害者アピールから入るのが定番だ。
案の定、幽子は眉を吊り上げた。
「君は馬鹿なのかぁ! 断れ! やるのは私だぞ? 何度同じことを繰り返せば……」
その口調には呆れと怒りが混ざっているが、それでも自分は微動だにしない。
なぜなら、ひとしきり文句を言い終えた彼女は、いつだって同じように折れてくれるからだ。
「……で、今回はどんな話だ? 言ってみたまえ。」
はい、きた。これが合図。
自分は内心で小さくガッツポーズを取りつつ、星野さんから聞いた話――彼氏に憑いたかもしれない“生き霊”についての相談を簡潔に伝えた。
幽子はしばし考え込み、そして重く息を吐いた。
「……生き霊、か。お前は本当に……面倒ごとばかり持ってくるな。」
呆れつつも、どこか楽しそうな声音だった。
「まあいい。準備しておくから、明日の昼休みにその星野という子を私のところへ呼びたまえ。」
それは、受けるという意思表示だった。
自分は素直に感謝し、「ありがとう! 面目立つよ」と満面の笑みを返す。
だがその時、幽子の目がふと光を帯びた。
「あっ、言い忘れてた! 例の件も彼女に伝えておくんだぞ。」
「例の件」――つまり、報酬のことだ。
幽子は昔から、「これは仕事だ」と主張している。霊視やお祓いを“ボランティア”でやるつもりは毛頭ないらしく、相談を受ける際には必ず“対価”を求めてくる。
「何故、君が持ち込んだ得体の知れぬ相談を、私が無償で引き受けねばならんのだ? これは自分を納得させるための手段であり、当然の権利である。」
そんな屁理屈を堂々と口にする幽子だが、求める“報酬”はたいてい可愛らしいものばかりだ。
ファーストフードの限定バーガーや、街のケーキ屋の季節メニューなど――彼女が無類の食いしん坊であることを、自分はよく知っていた。
「で? 今回の報酬は?」
尋ねると、幽子は待ってましたとばかりに笑みを浮かべる。
「マックの新作バーガーが良いな、もちろんセットで!」
「はいはい、伝えておくよ。」と苦笑しながら答え、自分は腰を上げた。
玄関先で幽子の祖母に一礼し、外に出ると、辺りはすっかり夜の気配に包まれていた。
帰宅後、夕食を済ませ、落ち着いた頃。事前に約束していた時間――21時。
自分はスマホを手に取り、星野さんの番号に電話をかけた。
すぐに繋がる。
「どうでした? 佐々木さん、話聞いてくれそうですか?」
電話の向こうから、不安げな声が届く。
「大丈夫でしたよ。」
優しい声でそう告げると、彼女は明らかに安堵した様子で言った。
「ホントですか、良かった……!」
その素直な反応に、胸の奥が少し温かくなる。
けれど、忘れてはいけないことが一つある。
「そうそう……一つだけお願いがあるんですけど」
「え? なんでしょう?」
少し戸惑う声に、幽子から頼まれた“件”――報酬の話を伝える。
「……はぁ!? はぁ!?」
彼女は一瞬驚き、二度、全く同じ反応を繰り返した。
けれど説明が終わるころには、電話口の声にも笑みが混じっていた。
「分かりました、大丈夫ですよ。」
そう答えてくれる星野さんに、こちらも思わず笑顔になった。
「じゃあ、明日お昼に伺いますね。」
彼女のその一言とともに、通話は静かに切れた。
寝室の窓の外には、穏やかな夜が広がっている。
明日、どんなやりとりが待っているのか――少しの不安と、大きな期待を胸に、自分はそっと目を閉じた。