四幕目 学園祭
学園祭の朝、太陽が高く昇り、空は澄み渡っていた。
自分は、昨日の出来事を思い返しながら、幽子から贈られた数珠に手を合わせていた。
あの幽子からの贈り物だからこそ、「タダでは助けてはくれまい」と心の中で呟き、昨夜コンビニで買ったシュークリームを数珠にお供えした。
「今日は無事に終わりますように」、「自分を守ってください」と、何度も願いを込めて数珠に触れ、心を落ち着ける。
最後に「さぁ行くか!」と気合いを入れ、数珠を腕に巻きつけて学校へと向かった。
外に出ると、天気は快晴。まさに文化祭日和で、心が躍る。
学校の敷地内では、すでに学園祭の準備が始まっており、朝から大勢の生徒たちが忙しそうに動き回っていた。自分はまず、荷物を置くために教室へと足を運ぶことにした。
教室に入ると、隣の幽子の席はまだ空っぽだった。
彼女は星野さんと一緒に回ると言っていたから、きっと星野さんと待ち合わせをしているのだろう。
そんなことを考えながら、荷物を置き、早速怪談会の会場である旧校舎へ向かうことにした。
旧校舎は、外から見る限りは何の変わりもない。昨日と同じように、不気味な姿に少しの不安を覚えつつ、入り口から中を覗くと、すでに数人の生徒が学園祭の準備に追われていた。自分は意を決して、その中へと足を踏み入れることにした。
中に入ると、やはり昨日と同様に嫌な気配が漂っていた。
しかし、数珠のおかげなのか、昨日ほどの恐怖は感じられなかった。
少し安心しながら、腕に巻かれた数珠を反対の手でぎゅっと握りしめ、旧校舎の奥にある会場へと向かっていった。
「おはようございます!」と元気よく挨拶をしながら会場を覗くと、部長の関口さんや副部長の木村さん、そして他の部員たちが和気あいあいと雑談を交わしていた。
「おはよう!」、「早いね。」と返ってくる挨拶に、自分もその輪の中に加わる。
今いるメンバーと話をしながら、ボチボチと準備を進めていると、次第に残りのメンバーも集まり始めた。
今日は怪談会に関係のないメンバーは自由参加となっており、最後の片付けだけ手伝ってもらう予定だ。
学園祭の流れは、11時から開場し、15時まで続く。その後、約2時間かけて片付けを行い、夕方過ぎから後夜祭が始まるというスケジュールだ。怪談会は13時から開演予定で、出演者は12時頃から衣装を着たり、お客さんの誘導、撮影機材の最終確認を行うことになっている。
つまり、学園祭が始まってからの1時間ほどは全員が自由時間となる。
怪談会に関係する部員が全員集まったところで、副部長の木村さんと部長の関口さんから意気込みの言葉や1日の流れについて説明を受ける。「今日1日頑張っていこう!」という掛け声と共に、学園祭の幕が開けた。
初めての学園祭ということもあり、自分は軽く学校内を回ってみることにした。
開場してからまだ間もないが、外部からの見学者も多く、賑わいを見せているのが分かる。
うちの高校の学園祭は、この地域のお祭り的な位置付けにもなっているほど有名で、大人から子供まで多くの人々が訪れるイベントだ。自分も過去に何度か足を運んだことがある。
しかし、今日の学園祭はいつもとは違う。
今回は自分たちが主催側なのだ。
しかも、自分はお客さんの前で司会をしなければならない大役がある。
学校内を見て回っても、何か落ち着かず、すぐに旧校舎の方へと戻ってきてしまった。
旧校舎は、昨日から続く不気味な雰囲気が漂っているが、今は緊張からかそれを気にする余裕もなかった。
会場に戻ると、ソワソワしながら司会の手順を確認し始めたその時、突然会場のドアが開き、副部長の木村さんが顔を出した。「おーぉ!しんちゃん、緊張してるじゃん!」と、いつもの軽やかな口調で声をかけてきた。
副部長の木村さんは、まるで親しい友達のように接してくれる存在だ。
彼の細身の姿と天パの髪型は、どこか北海道出身の有名俳優を思わせる。口が達者で、ちょっとした冗談を交えながら話す彼の姿は、皆の心を和ませる。
ノリが軽く、周囲からは適当に見られることもあるが、オカルトに関する知識は部長の関口さんに負けず劣らず豊富だ。後輩たちとも親しく会話し、自然と慕われる存在なのだ。
怖さと期待が入り混じる中、私は木村さんに言葉を投げかけた。「あぁ!木村さんかぁ、もちろん緊張してますよぉ。
司会なんて生まれて始めての経験ですもん。外に出たらお客さんがいっぱい来ていて、それが余計に緊張しちゃいますよぉ。」 すると、木村さんは大声で「アハハハ!」と笑い飛ばした。
「木村さんこそ何やっていたんですか?学園祭は見に行かないんですか?」と、緊張を和らげるように自分は尋ねた。
木村さんは少し苦笑しながら、「俺もしんちゃんと同じだよぉ。けっこう練習したけど、それでも何か心配になっちゃってさ、また怪談の原稿読み直してたんだよ。」と、心配そうに答えた。
普段はふざけた一面が目立つ木村さんも、意外な一面を見せる。私の心の中では、少しほっとした気持ちが広がる。そんな時、木村さんが、「しんちゃんだけじゃないよぉ!控え室見てみなよ。しんちゃんと同じ一年の椿ちゃんも緊張してずっと原稿読んでるよ。」と言った。
えっ、と驚きつつ隣の控え室を覗くと、椿ちゃんが真剣な表情で怪談の原稿を読み込んでいた。彼女は、昨日の一年生3人組の一員だ。
木村さんはその様子を見ながら、「椿ちゃんも可哀想だねぇ、紅一点とか言われて決められちゃってさぁ。
何でもしんちゃんと一緒で、人前が苦手って言ってたしねぇ。でもほら!何事も経験だから。」と、ケラケラと笑いながら話してきた。
相変わらず軽い男だなと思いつつ、私も少し安心した。
緊張するのは自分だけではないのだと、心のどこかでほっとした気持ちが広がっていった。学園祭の幕が開くその瞬間まで、心は不安と期待で揺れ動いていた。
木村さんに「そういえば、木村さんの話す怪談って、この旧校舎にまつわるものですよね?何かこの旧校舎には昔からの曰くがあるんですか?」と、何気なく尋ねてみた。
すると、木村さんは腕を組み、少し考え込むような仕草を見せた。
「曰くねぇ?」と呟きながら、彼の目はどこか遠くを見つめている。
やがて、彼は「噂程度ならいろいろあるんだよなぁ、この旧校舎。」と、まるで何かを知っているかのように答えた。
「噂ですか?」と自分が返すと、木村さんは「よくあるような内容の噂だよ。」と前置きをし、次の言葉を紡ぎ始めた。