二枚目 失踪事件
「この記事に書かれている『Aさん』というのは、僕の知り合いなんだ。」その瞬間、周囲の視線が一斉に関口さんに集まった。
しかし、なぜ旧校舎にまつわる資料の中に、地元で起こった失踪事件の記事が混ざっているのか、自分たちにはまだ理解できなかった。自分たちは黙って、関口さんの次の言葉を待っていた。
関口さんは深呼吸をし、失踪事件の話を語り始める。「この記事に書かれているAさんの名前は『田中 健一』さんと言って、僕の家の近所に住んでいた兄みたいな存在の人だったんだ。」彼の声には懐かしさと切なさが混じっていた。
関口さんから、田中さんについての詳細が語られるにつれ、自分たちの興味はますます引き寄せられていった。
関口さんの話によれば、田中さんのお父さんは、関口さんのお父さんが経営している会社の従業員だったらしい。家が近所ということもあり、両家は家族ぐるみで仲良くしていたという。
「ケン兄と僕は、歳が6歳ほど離れていたけれど、よく遊んでもらっていた。本当に兄のような存在だったんだ。」関口さんの目は、遠い記憶を追いかけるようにたたずんでいる。
「実を言うと、僕のオカルト好きは、ケン兄からの影響なんだ。いろいろと教えてもらったよ。ある意味、僕のオカルトの師匠みたいな人だったね。」
自分は心の中で「関口さんの師匠ねぇ」と呟いていた。関口さんの豊富なオカルト知識の根源を知ったような気がした。彼の言葉には、ただの趣味を超えた深い思いが込められているのだろう。
関口さんは、少し照れくさそうに笑いながら「そんな彼は僕たちと同じ高校で、同じようにミステリー研究部に所属しててね。まぁ、ある意味僕たちの先輩に当たる人なんだよ。」と言った。
その言葉に、周囲から「へぇー!」という驚きの声が上がる。興味津々の表情を浮かべた三年生の先輩が、「それで!」と話を急かすように促した。
「あぁ!それで、彼が高校三年生の夏の時に失踪事件が起こったんだ。当時、僕は小学六年生だったよ。」彼の言葉が紡がれ、ついに田中さんの失踪の話が始まろうとしていた。関口さんの声には、懐かしさだけでなく、胸の奥に秘めた切なさが響いていた。そして、皆は静かに耳を傾ける。
「僕は以前からケン兄が、あの旧校舎について調べていることを聞いていたんだ。最初は『なんか不思議な場所がある。』って言っててね、その後も、高校のことや学園の七不思議、この土地の歴史についても、彼は熱心に調べていたんだ。」
「ただ、当時の僕は興味深く聞いてはいたけれど、まだ小学生だったからね。彼の言って歴史のことは、半分も理解できていなかったよ。」と、昔の思い出を語るように、関口さんは微笑んでいた。
「それで、ケン兄が失踪する数日前のことなんだ。」関口さんは、少し声を潜めて続けた。「彼が僕のところに来てね、『今週、旧校舎に忍び込んで地下室に入ろうと思うんだ。』と告げたんだ。」
その言葉が響いた瞬間、場の空気が一変した。全員が固まり、まるで時間が止まったかのようだった。おそらく、みんな同じことを考えていたに違いない。「あの場所、行方不明事件の現場なの?」という疑念が、心の中で渦巻いていた。
関口さんは、周囲の緊張感を感じ取りながら、さらに続けた。「もし俺に何かあったら、後は頼むよ。と、ケン兄が言っていたんだよ。」その言葉が放たれると、みんなの目が泳ぎ出した。明らかに動揺しているのが、彼らの表情から読み取れた。
その沈黙を破ったのは、副部長の木村さんだった。「それって、自分が行方不明になるってことを感じていたってことですか?」彼の問いは、重く静まり返った空気の中で響いた。
関口さんは首を横に振り、少し苦笑いを浮かべ言った。「それが違うんだ。ケン兄的には冗談で言ったつもりみたいでね。ほら、ドラマでもよく聞くセリフだろ。彼もそれのマネをしてみたかったと、笑って言っていたんだ。でも……そのあと、本当にいなくなるとは思わなかったけどね。」彼の声には、悲しげな響きが混じっていた。
その後、部員たちの間で様々な質問が飛び交った。「彼は一人で行ったのか?」、「警察には話したのか?」、「彼は何故地下室の存在を知ったのか?」と、疑問が次々と湧き上がり、話題は尽きることがなかった。緊迫した雰囲気の中で、彼らの心には不安と疑念が渦巻いていた。
そんな質問に関口さんは一つ一つ答えていった。
要約するとこんな感じだった。
健一さんは旧校舎の事を調べる仮定で、二階にいろいろな資料があることを知り調べていたそうだ。そこでこの場所が養護施設だった事や、その養護施設を旧帝国陸軍が運営していた事、そして何かの研究施設か病院として利用されていた可能性があるとの事を突き止めていたようだ。
さらに、噂にはあった地下室の存在を確信して、場所もおおよそ分かっていたらしく、失踪した時はおそらく一人で行った事、その事は関口さん意外には伝えていなかったらしい事も聞いた。
どうやら全ての情報が出揃った後で、部活のみんなに教えて驚かせてやろうと、健一さんは考えていたらしい。
そして最後に関口さんは、失踪後に起こった不思議な出来事を語り始めた。
健一さんが失踪してからわずか二ヶ月後、田中さんの家族が引っ越してしまったというのだ。
この話を聞いた自分は「確かに、この話は少しおかしい」と感じた。家族が行方不明になった場合、普通はその場から動かずに帰りを待つものだろう。なのに、たった二ヶ月でいなくなるなんて、明らかに不自然だ。もしかしたら、亡くなっていることを知っていたのか、それとも本人が見つかったのか、どちらとも言えない話だ。
彼の言葉に、周囲の人々は静まり返った。次に関口さんが語ったのは、彼が高校に入学したばかりの頃の出来事だった。ある日、彼の元に一つの荷物が届いた。それは、あの棚に入っている資料が詰まった箱だった。
「宛先は『田中 健一』となっていた」と関口さんは言った。その瞬間、場の空気が凍りついた。部員の一人が「そ、それって本人からってことですか?」と、当然の疑問を口にしたが、関口さんは「それが分からないんだ」と答えた。
彼の話によれば、伝票に記載された電話番号や住所に連絡を試みたが、どちらも架空のものであったらしい。果たしてそれが本人から送られたものなのか、健一さんの両親が送ったものなのか、真相は闇の中だった。
「まぁ!誰が送ったのかは分からないけど、まるで僕に調べて欲しい……、なんか託している気がしてね。それで今、僕が調べているんだよ」と、関口さんは、顎に手を当てながら思慮深く語る。
「ただ、調べてはいるんだけど、ケン兄が調べていた以上のものがなかなか見つからなくてね。
ちょっと行き詰まっていたんだ。そんな時に学園祭の事件が起きて、幽子くんが言っていた化け物の話を聞いた時に、確信したんだよ。
あそこはやっぱり何かあるって……。
もしかしたら危ない調査になるかもしれないから無理強いはしないけど、僕も夏が終われば引退だからね。だからどうしてもこの謎だけは解明しておきたいんだ。もう一度頼むが、協力してくれないかな。」
関口さんは、真剣な眼差しでみんなに頭を下げた。その姿は、彼の決意を物語っていた。
部員たちは、関口さんの言葉を聞いてしばし黙り込んだ。思い思いに考えを巡らせている様子だった。そんな中、三年の先輩が周囲を伺うようにゆっくりと手を上げた。
「いや~、うん……、関口の気持ちも分かるし、俺は手伝っても良いよ。」彼の言葉に続いて、もう一人の三年の先輩も手を上げ、「まぁー、関口とは付き合いが長いし、俺も手伝っても良いかなぁ。」と、少し照れくさそうに言った。
その光景を見つめる中、迷っていた他の部員たちの心にも変化が訪れた。副部長の木村さんがゆっくりと手を上げ、「俺も手伝っても良いですよ。俺に取り憑いたアレの正体、気になってましたから……」と呟く。
賛成の流れが徐々に強まる中、意外な展開が待っていた。自分の横にいた一年の椿ちゃんが、少しオドオドした様子で手を上げ、「う~ん、私もこの話、気になっちゃって」と小声で言った。
正直、自分は彼女が手を上げるとは思っていなかった。控えめで慎重な彼女が、まさかこの場で意見を述べるとは。驚きが胸をよぎる。
すると、椿ちゃんの決断に触発されるように、他のメンバーも次々と手を上げていく。気がつけば、最後まで残ったのは自分だけだった。
いつもの自分なら、こんな不思議な話には真っ先に手を上げるはずだ。オカルト好きの自分にとって、興味をそそる話題だった。しかし、今回は少し違っていた。嫌な予感が胸を締め付けていたのだ。
その予感は、いつも当たる。幽子もその能力に感心するほどだ。だが、この雰囲気で断るわけにはいかない。興味も物凄くある。自分は少し慎重に、「分かりました……」と手を上げた。
その瞬間、場は満場一致で賛成となった。関口さんはその光景を見て、感謝の気持ちを込めて一言、「ありがとう」と言い、みんなに頭を下げた。




