一話目 ドッペルゲンガー
全7話になります。
幽子の友人の話になります。
自分には少し変わった友人がいる。
名前は幽子、もちろんあだ名である。
彼女には変わった能力が何個かあるのだが、その中の1つに霊感と言われる物がある。
そんな彼女と一緒にいるといろいろと不思議な体験を経験出来る
そんな彼女との日常を少し話していきたいと思う。
それは、ある日のお昼休みのことだった。
穏やかな光が校舎の窓から差し込む中、自分は同じ部活の『藤原さん』と廊下で立ち話をしていた。
話題は来月の文化祭についてで、『明日部室で話し合いを行うから何かしら案を考えておいて欲しい』、そんな伝言を先輩から頼まれたとの事だった。
そんなときだった。
「お〜い、しんいち。」
間延びした声が廊下に響く。振り返ると、どこか得体の知れない笑みを浮かべながら、幽子がこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。
笑っているのに目が笑っていない。あの独特の不気味さが、知っている者には分かるのだが……。
「じ、じゃあ……し、しんいちくん、明日よろしくね!」
藤原さんは声を上ずらせると、まるで幽子の姿を見た瞬間にスイッチが入ったかのように、いそいそとその場を立ち去っていった。
幽子はその背中をじっと目で追いながら、首を傾げた。
「誰だ、今の?……私を見て、逃げていったぞ?」
少し眉をひそめながら、いつもの飄々とした口調で問いかけてくる。
「幽子、彼女に会うの初めてか。藤原椿さんって言って、同じ部活の一年生。幽子が一度も部活に顔を出さないから知らないだけだよ。」
そう説明すると、幽子は「ああ、あのオカルト部の……」と鼻で笑いながら呟いた。そして、興味をなくしたように小さく肩をすくめる。
自分と幽子は同じ部に所属している。正式名称は『ミステリー研究部』。
だが、幽子はその名前をまともに呼ぶことはなく、いつも「オカルト部」と茶化してくる。そして、それに対して自分は、反論らしい反論ができずにいるのが現実だ。
創部当初は確かに、「推理小説の研究」「古典ミステリーの構造分析」といった、本格的なミステリー志向の活動が行われていたらしい。
しかし、いつの間にか流れは変わっていた。
いつの頃からミステリーをオカルトと勘違いした人たちが幅を利かせ、気づけば「ミステリー研究部」は『怪異研究サークル』のような様相を呈していた。
そして今では……ミステリー研究部よりも、「オカルト部」の呼び名の方が、校内でもっとも通りがいい。
そんな部の現状をよく知っている幽子は、つまらなそうに溜息をつき、唐突に口を開いた。
「なんだ……てっきりお前に彼女でもできたのかと思ったが。……まぁ、そんな訳ないか!」
わざとらしくため息をつきながら、いつものニヤリとした笑みを浮かべてそう言う。
……自分は苦笑いで返すしかなかった。
「でもさ、あの子、ちょっと可愛い子じゃないか?」
不意に幽子が軽い調子で自分に口を開いた。
「真面目そうで、良い子って感じだな。」
その言葉に自分は少し戸惑って、思わず聞き返す。
「……可愛い?」
そう言われてみると、藤原さんは確かに整った顔立ちをしている。
いつもきっちりとお下げ髪にして、少し大きめの黒ぶち眼鏡がトレードマーク。
全体的に地味な印象だけど、その素朴さが逆に『妹系』っぽい雰囲気を醸し出していると言えなくもない。
……でも、やっぱり、自分の中での彼女の印象は一言に尽きる。
「地味な子」……それが正直な感想だった。
クラスでいえば、いつも一番前の席で静かに本を読んでいるような子。あるいは、昼休みに図書室の片隅で一人過ごしているような、そんな存在感。
実際に話してみても、彼女はいつも少しおどおどしていて、会話の内容はほぼオカルトに偏っている。典型的な『オカルトオタク』タイプ。まあ、自分も人のことは言えないが。
話は合うし、一緒にいて気は楽だ。でも、同年代の女子同士でわいわい盛り上がるようなタイプではないし、友達もあまり多くなさそうだ。幽子とはまた違った方向の、人見知りという感じがする。
自分が腕を組んで「うーん」と唸っていると、幽子はくすっと笑って、自分の肩にぽんと手を置いた。
「お前はまだ分かってないなぁ。ああいう子こそ、将来化けるんだぞ? 良いじゃないか、オカルト部に入ってくるって子だろ? 話も合うし、お前とはお似合いだと思うけどな〜?」
幽子はどこか楽しげに、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「なっ……! そ、そんなことないし……」
思わず咳払いをして、慌てて話題を変える。
「と、とにかく幽子、今日の予定、ちゃんと空けてるよな? ほら、霊視の相談があるって話だったろ?」
「ああ、もちろん。行く行く! 新作のマック、奢ってくれるんだよな? 当然、行くに決まってるだろ!」
今日の幽子は、珍しくやる気に満ちていた。
「で、しんいち。依頼の内容ってもう聞いてるのか? いやぁ、新作のマックに釣られて、すっかり聞くの忘れてたが……。」
「うん、それがちょっと変わった話でさ……。何でも『友達のドッペルゲンガー』が出るって言ってた。」
「ドッペルゲンガー!?」
昼休みの喧騒のなか、幽子は目を丸くして、その言葉をまるで呪文のように繰り返した。
この言葉はオカルト好きの自分にとっては聞き慣れた単語だ。
都市伝説や怪談話ではおなじみで、本やネットでも散々読んできた。
でも、実際に「ドッペルゲンガーを見た」という当人が相談に来るなんて、これが初めてだった。
心の中では、正直かなりワクワクしていた。
「でさ、その依頼してきたのがさ……同じ一年の六組にいる『木内』って男子で、幽子の知り合いって言ってたよ。知ってる?」
「木内……?」
幽子は腕を組み、ちょっと顎を上げながら考え込む。
廊下の窓から吹き込む風が、彼女の髪をふわりと揺らした。
「なんかね、小学校のとき、三、四年生で幽子と同じクラスだったって言ってた。自分にはピンと来なかったけど……ぽっちゃり気味で、背は俺より少し低いくらいの子だったな。」
すると、幽子の目がぱっと開かれる。
「ああ! ガンヲタの木内か!」
思い出したように声を上げると、少し笑ってから首をすくめた。
「いたなぁ……年中ガンダムの話ばっかしてたやつだ。私はほとんど話したことなかったけど、確かに同じクラスにいたよ。」
幽子は目を細め、ちょっと微妙そうな表情で廊下の窓から見える外に視線を逸らす。
「で、その木内が……その、ドッペルゲンガーを見たって話か?」
「いや、違うんだよ。」
自分は壁にもたれながら首を振った。
「出たのは、木内の友達の『野原』って男の子の方。幽子も知ってるとか言ってたけど……今日、その野原くんを連れて来るって言ってた。」
その名前を口にした瞬間、幽子の表情が一変した。
「……野原? 野原健吾のことか?」
まるで胸の奥に何かが引っかかったような声だった。
風が吹き抜ける廊下の片隅で、幽子の視線だけが、自分の方をじっと見つめて動かなかった。




