十六幕目 幽霊の正体
セイラは、少し困ったように目を細め、「分かったよ。そう睨むな」と言った。彼女は諦めたように「絶対にみんなには言うなよ」と念を押し、真相を語り始めた。
「ほら、廊下で待ってる間、私、緊張と食べ過ぎで気持ちが悪くなってしまったじゃないかぁ。」セイラは、思い出すように言葉を続けた。「そのあと、みんなと話して少しは気持ちが落ち着いてきたんだけど、とても舞台に立てる気がしなくてな。それで、一旦トイレに入って、もう一度気持ちを落ち着かせたんだよ。」
その瞬間、僕は彼女の言葉に引き込まれた。彼女は、嫌な事を思い出すかのように、顔をしかめ、よほど辛かったとアピールしているようだった。実際、僕もその時、「大丈夫かなぁ?」と心配していたことを思い出す。
しかし、問題はここからだった。トイレの中で何かが起こったのだろう。セイラの目が一瞬、遠くを見つめる。僕は固唾を飲んで、彼女の言葉を待った。彼女の口から出てくる真実が、どんなものなのか、心の中で緊張が高まっていくのを感じていた。
そしてセイラはゆっくりと息を吐き、少し緊張した様子で語り始めた。
「私がトイレに入ると、あの女の子がいたんだ。」
彼女の声には静かな衝撃が伴っていた。僕は驚きのあまり、「えっ!」と声を漏らしたが、彼女はその反応に気を止めることなく、更に話を続けた。
「彼女を見た瞬間、ふと考えたんだ。『この子を私の中に入れて代役にしてはどうか?』って。」セイラは少し照れくさそうに、しかし真剣な眼差しで続けた。
その言葉に、僕は思わず「はーーーぁ」と声を上げてしまった。驚きと呆れが入り混じった感情が胸に渦巻く。頭の中は混乱し、次々に浮かぶ疑問にどの質問から投げかければいいのか迷ってしまう。
「落ち着け!」
と自分に言い聞かせ、一旦間を置いた。
「何でそんな事を思ったの?」と、思い切って核心に近い質問を投げかけてみた。
すると、セイラは淡々と答え始めた。「あの女の子は、私たちが劇の練習を始めた頃からよく現れたんだ。私たちの練習をずっと見ていて、きっとあの劇にまつわる幽霊が、あの劇に思い入れがある幽霊なんじゃないかと思う。それで私は『この子なら私の代わりをしてくれる』と思ったわけだ。」
ますます良く分からなかった。頭の中で混乱が広がる中、僕はセイラにさらに質問を投げかけてみた。
「その女の子の幽霊って、あの教室や学校に住み着いてる幽霊じゃないって事だよねぇ?」
セイラは首を横に振り、少し苛立った様子で答えた。「だから言ってるだろう、練習の時から現れたって。たまに練習を邪魔するようにイタズラするから、少し警戒していたんだ。」
僕の頭の中はますます混乱していく。セイラの話を聞きながら、オカルト知識の棚を引っ張り出していた。確か、ホラー映画にまつわる話では「呪われた映画」というものがあったはずだ。舞台でも、四谷怪談にまつわる話は有名で、そんな物語が現実に起こるなんて、まるで映画の中の出来事のようだった。
「じゃあ、今回のあれも、呪われた映画や脚本と言われている物と同じってことなの?」と、思わず考察を口にしてしまった。
セイラは一瞬、「う~ん」と、考え込むように黙り込んだ。彼女の目は遠くを見つめ、何かを思い出そうとしているようだった。
「私もそこまでは分からないよ」と、セイラは口を開いた。「ただ、今思うと、この劇には、何か特別な力が宿っているのかもしれないなぁ。私たちが劇を演じることで、あの女の子の思いが解放されるのかもしれないし、逆に何か悪いものを呼び寄せてしまうのかもしれないな。」
その言葉に、僕は背筋が寒くなるのを感じた。セイラの言う通り、何かがこの劇に絡んでいるのかもしれない。僕はこの物語の深淵に引き込まれていくのを感じた。
そんな時、「上手くいくと思ったんだけどな……」とセイラは呆れ返るようなセリフを吐いた。
その言葉に、僕は思わず怒りが込み上げてきて、「そんなの上手くいくわけないだろ!」と、声を荒げてしまった。
僕がセイラに怒ったのはこれが初めてだった。出会った頃は彼女に無視されたこともあったし、仲良くなってからも、彼女に対して怒りを口に出したことは一度もなかった。もちろん、彼女の傍若無人な振る舞いにイラッとしたことはあったが……。
しかし、今回は本当にセイラのことが心配だった。彼女が変わってしまった姿を見たとき、秀之に撲られたとき、そしてまた転校してしまうのではないかと思ったとき、心の底から不安が募ったのだ。
その思いを彼女にぶつけると同時に、クラスのみんながセイラを心配していることも告げた。すると、彼女は一瞬驚いた表情を浮かべ、やがてしょんぼりとした顔になった。「ごめん、悪いことをしてしまったなぁ……、みんなにも悪いことをした……。」
その言葉には、彼女の心の奥底からの反省が滲んでいた。セイラの目はうつむき、まるで自分の行動が周囲にどれほどの影響を与えたのかを理解したかのようだった。彼女の姿を見て、僕の心の中の怒りは少しずつ和らいでいった。
「セイラがもしいなくなると俺、困るんだからな。オカルトの話出来るヤツいなくなっちゃうし、寂しいし……」と、僕は照れくさそうに語りかけた。セイラは顔を上げ、少しだけ微笑んで「なんだそれ!」と答えた。
その瞬間、僕は彼女がまた元の明るい姿に戻ることを願わずにはいられなかった。




