第1章「空白を埋める席」
今回はメインの要素となる継承器が出てきます!
お楽しみ頂けますと幸いです。
──戦いが、終わった。
限界を超えて動いた体が悲鳴を上げ、視界がゆっくりと暗転していく。
地面に崩れ落ちるその瞬間、誰かが駆け寄ってくる気配がした。
声は、もう聞こえなかった。
◇ ◇ ◇
……ぼんやりとした光。揺れる視界。
かすかに感じる振動と、背中に伝わる温もり。
(……背中……?)
意識が浮上していく中で、ゆっくりとまぶたを開ける。
「……気がついたか」
耳元で、低く落ち着いた声がした。
視界に映るのは、見慣れぬ石の壁と、ほんのり暖かい明かり。
自分は誰かに背負われている。それがヴォルドだと気づくのに、時間はかからなかった。
「大丈夫か?」
彼の声に、シエルは微かに首を動かした。
「……降りる」
そう呟いたものの、全身はまだ思うように動かなかった。
「無理するな。あとちょっとだ」
そう言って、ヴォルドは歩みを止めない。
その足取りは、思いのほか静かで揺れも少なかった。
やがて、柔らかな空気と声のざわめきが耳に届く。
扉が開く音。そして、ふわりと広がる香ばしい匂い。
革命軍のアジト──その広間は、石造りで無骨な造りながらも、どこか温かみがあった。
整然と並ぶ椅子、壁に掲げられた武器、生活の痕跡と、人の気配。
それは、ただの「拠点」ではない、“誰かが生きている場所”だった。
少し前まで、敵とも味方ともつかぬ者たちの中で剣を交えていたのに──
今は、皆がシエルを見守っていた
シエルは深く息を吸い──名乗った。
「シエル=ヴェスタ。……ここに残るって、決めた」
その言葉に、空気がわずかに変わる。
ガンツが無骨な手で拍手を打ち、エリィが穏やかに微笑んだ。
でも──
(これで……本当にいいの?)
リュウの笑顔。ミナの泣き顔。
二人の最期が脳裏を過ぎる。
「……私は、また誰かを失うのが怖い」
その一言に、広間の空気が静まりかえる。
しばしの沈黙の後、エリィがそっと近づき、柔らかな声で言った。
「怖れるのは、誰かを“仲間”と思えた証よ。……それは悪いことじゃないわ」
シエルは、その言葉にほんのわずか肩の力を抜いた。
そのとき、ヴォルドが口を開く。
「……約束だ。お前の親のこと、話してやる」
シエルは真剣な眼差しで彼を見つめ、うなずいた。
「俺とアインは兄弟弟子だ。カイさんは、俺たちの師匠だった。……当時の“三帝”の一人でな」
「……三帝?」
シエルは眉をひそめた。
「アインから何も聞かされていないのか?」
「王都のことも、両親のことも、あまり話してくれなかった」
「……そうか」
ヴォルドは何かを悟ったように目を細める。
「三帝ってのは、この王国──いや、この大陸を守る“王直属の三剣”。最強の戦士たちだ。その中でもカイさんは歴代最強と名高い」
「剣術も、異能も、魔法も──全部を極めようとしてた。常軌を逸した天才だったが、どこまでも優しかった。自由を愛する、懐の深い人だったよ」
「……お母さんは?」
「リラさんは、魔法とルーンの申し子だ。気高くて聡明で、強かった。けど、ただ強いだけじゃない。誰かのために、迷わず前に出る人だった。」
ヴォルドの声がほんの少し、懐かしさに滲む。
「でもある日突然、二人とも“国家転覆を企てた”って罪で、指名手配された」
「……嘘よ。そんなの、絶対に……」
「俺も信じちゃいねぇ。三人が姿を消したあと、妙な違和感があってな。調べるうちに──“ある場所”の存在を知って、ある仮説が浮かんだ」
「ある場所……?」
ヴォルドは横目でエリィをちらりと見てから続けた。
「今はまだ言えねぇ。確信がない。いつかお前が知るべき時が来る。その時に話す」
シエルは言葉の意味を探ろうとしたが、ヴォルドの口はそれ以上開かれなかった。
少し沈黙が流れた後、ヴォルドは背中の槍を外す。
「そういえば、お前……俺の槍を不思議そうに見てたな」
「うん。あれ、魔法なの?」
「いや──“継承器”ってやつだ」
そう言って構えると、刃先が淡く黒いオーラを帯び、空気がびり、と震えた。
「継承器は、ただの武器じゃねぇ。歴代の使い手の“魂”が宿る。選ばれた者にしか扱えない。適性がなければ、飲み込まれる」
「……魂が?」
「異能の延長線みてぇなもんだ。継承器は“受け継がれた力”。異能は、自分の中に眠ってる力。どちらも鍛えなきゃ、意味はねぇ」
シエルは静かに、自分の手のひらを見つめる。
「ぐぅぅ~~~~~……」
その瞬間、静寂を破って腹の虫が鳴いた。
「……えっ」
シエルの頬が見る見るうちに赤く染まる。
「まさか、腹の音……?」
「ち、違っ……いや、そうだけど!」
ヴォルドが思わず吹き出す。
「ようやく年相応になったな。なんかホッとしたぜ」
そこへエリィが手を叩く。
パチンと小気味良い音が広間に響く。
「ちょうどよかった。ノイルが昼食を用意してくれています。……彼の料理は、とても美味しいですよ」
「楽しみ」
シエルは肩をすくめて笑った。
ノイルが食事を運んできた。
次々と皿がテーブルに並べられていく。
──その瞬間。
ミナとリュウと囲んだ、あの温かな食卓が、ふいに脳裏をよぎった。
(……また、誰かと一緒にご飯を食べられるなんて、思ってなかった)
彼女の笑顔がほんのわずか陰る。
ノイルは気づかず食事の用意をしている。エリィはそれを黙って見守っていた。
そして──
シュウが無言でシエルを一瞥し、静かに視線を逸らす。
そのまなざしには、言葉では言い表せない“なにか”が宿っていた。
◇ ◇ ◇
食事の支度がひと通り終わり、ノイルが席に着こうとした、そのとき──
ダダダダッ!
廊下の奥から、ものすごい勢いで駆けてくる足音が響いてくる。
バタンッ!
扉が乱暴に開け放たれた。
「飯じゃ〜っ!!」
「っ!?」
(……え、子供?)
シエルは思わず目を見張る。
そこに立っていたのは、年端もいかない黒髪のとても可愛らしい少女だった。
だがその表情は、堂々としていて妙に威厳がある。
「わしを置いて食事とは……けしからんにもほどがあるぞ!」
「僕は、ちゃんと起こしに行ったんです!」
ノイルが焦りながら弁明する。
「やっと起きたか姫ちゃん」
ガンツがガハハと笑いながら言う。
「ん?知らん顔がおるな」
少女──リィナは、シエルをじろりと見つめる。
「昨日、ちゃんと説明したはずだろ」
ヴォルドがやれやれと肩をすくめ、頭をかく。
「ああ、そうじゃったな!わしとしたことが!」
リィナはぽんと自分の額を叩いて笑い、改めて名乗る。
「わしはリィナじゃ!よろしくな、後輩!」
「シエル=ヴェスタ。よろしく、リィナちゃん」
「さあリィナさん、席についてください。みんなで食事にしましょう」
エリィが柔らかく声をかけ、ようやく騒がしい少女が席に着いた。
席につくと、ノイルの料理の香りが鼻をくすぐる。
煮込んだ肉の香ばしさ、香草の彩り、ほんのり甘いスープの匂い──どれも食欲をそそるものばかりだった。
「いただきます!」
先陣を切ったのは、もちろんリィナだった。
続いてガンツ、ノイル、エリィ、ヴォルド、そしてシエルも箸を取る。
思っていたよりも、はるかに賑やかだった。
「うまっ!ノイル、これ何の肉?」
「ちょっと癖があるでしょ?森で捕まえた猪だよ。脂が旨いんだ」
「このソースも美味しいですね」
エリィが静かに食事を口に運ぶ。その仕草は優雅で、どこか絵画の一場面のようで、シエルは見惚れていた。
──だが次の瞬間。
「んん~~~この肉!シュウ、これ嫌いじゃろ!」
そう言うや否や、リィナはシュウの皿に残っていた大きな肉を、遠慮なく自分の口に放り込ん
「……っ!」
隣のシュウが、目に見えて動揺する。
「……それ、楽しみにしてたんだけど…」
「えへへ、わるいのぉ♡でもわしは満足じゃ!」
その様子に周囲はどっと笑う。シエルも思わず吹き出しそうになった。
「そうですね」
唐突に、エリィが口を開く。
「どうでしょう?今度、全員揃ったときに、ちゃんとした歓迎会を開きましょう!」
「賛成じゃ!」
リィナが即座に食いつく。
「酒だ、酒だ~!久々に飲み明かすぞ〜!」
「……毎晩飲んでるだろ」
シュウがぼそりと突っ込む。
「宴は別腹!まあ、子供にはわからん感性よ」
シュウがあきれた顔で視線を逸らすと、ヴォルドがその肩を軽く叩く。
「こいつも、意外と酒癖悪いんだぜ」
「やめろ」
赤くなったシュウが、そっと視線を逸らす。
◇ ◇ ◇
わいわいと賑わう空気の中、ヴォルドが立ち上がった。
「──さて。楽しいところ悪いが、少し現実の話をさせてもらう」
空気がピリッと締まる。
「シエル、お前には来週から任務についてもらう」
「……えっ、もう?」
驚いたシエルに、ヴォルドがまっすぐな目で告げた。
「お前に足りないのは、圧倒的な経験と修行だ。
圧倒的な素質もセンスもある。だが──それだけじゃ、生き残れない」
言葉の一つ一つが、重く胸に響く。
「だからしばらくは、メンバーと二人組でローテーション任務に出てもらう。まずは実戦で身体に叩き込め」
「任務以外は俺と修行だ」
ヴォルドが口元をわずかに吊り上げた。その笑みは、妙に楽しそうだった。
「……わかった」
シエルは唇を噛み、うなずいた。
「最初の任務は──」
ヴォルドが視線を向ける。
「ガンツと一緒に、南東の村で発生した変異モンスター退治だ」
「へっへっへ。よろしくな、シエル嬢ちゃん」
ガンツがにやりと笑い、鼻の下を伸ばしながら親指を立てた。
「……」
シエルは無言のまま、笑顔のガンツを見つめた。
(……大丈夫かな、このおじいちゃん)
そう内心でつぶやくと、鍋の中に視線を落とし、そっと溜息を吐いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
シエルが正式に仲間となりました。
まだまだ失ったものの影は濃く、心の傷は癒えていませんが、少しずつ新しい関係が動き出しています。
次回はついに、シエル初の任務へ。
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