第1章「揺らぐ決意と試練の刃」
からめるです!
シュウの言ってることはピンポイントで正解です!!
楽しく読んでいただけますと幸いです。
気がつけば、シエルは知らない天井を見つめていた。
冷たい空気が、頬に残る血の記憶を甦らせる。
――ミナ、リュウ……ごめん。
震える指先で、彼らの名を胸に刻むように呟いたそのとき──。
「起きたか? 開けるぞ」
重い扉の向こうから現れた男は、あのときのオールバックの青年だった。
「身体は大丈夫か?」
「大丈夫よ。」
「ここは……?」
「俺たちのアジト。まあ、説明はあとだ」
そう言って、ヴォルドは無造作にシエルの腕を引く。扉の先には、広い空間。そこに、数人の男女が集まっていた。
「紹介する。俺たちの仲間たちだ」
中央にいたのは、白銀の髪を丁寧に束ねた少女だった。
車椅子に静かに腰掛け、まるで聖女のような眼差しでこちらを見ている――その姿に、思わず息を呑んだ。優しい目と、上品な笑みを浮かべた口元。その気品溢れる見た目。彼女が――。
「シエルさんですね?はじめまして。ヴォルドからお話は伺いました。手荒なまねをしてしまい、大変申し訳ございませんでした。」
「わたくしはエリィと申します。リーダーを務めております(笑顔)」
(この人がリーダー……?)
戦いとは縁遠そうな雰囲気に、シエルは少し戸惑う。
エリィが横に立つ、細身の青年に手を向けた。
「こちらがわたしくしの付き人のノイルです。」
「は、はじめまして。ノイルです。ノイル=アーヴです。ま、まずは無事でなによりです。」
声は緊張気味だが、その瞳は真っ直ぐだった。物腰は柔らかく、どこか気弱そうな印象を受ける。
続いて、エリィはもうひとりの男性に視線を向ける。
「そしてこちらが……鼻の下が伸びっぱなしの、むっつり紳士――いえ、ガンツさまです」
「ひでぇな、エリィちゃん、紹介に愛がねぇ!」
ひときわ陽気な声を上げたのは、白髪の老人だった。気取った様子もなく、ニカッとした笑顔で手を振る。
「わしはガンツ=オルガン。ガンツおじいちゃんって呼んでくれ!」
「……遠慮しておくわ」
と、シエルが距離を取ろうとした瞬間、ガンツが真顔になる。空気がピンと張り詰めた。
「……一つだけ、どうしても聞きたいことがある」
「……なに?」
「スリーサイズは?」
「……は?」
場が一瞬、静まり返る。
ヴォルドが小さく苦笑しながら、肘でガンツの脇腹を軽く突く。
そのとき、背後から声が飛んだ。
「上から、89.62.83だな」
「なっ…」
シエルの頬が、一気に紅潮する。
「おぉ…さすがだなシュウ!」
振り向くとそこには、壁もたれかかるように手を組んでキメ顔のシュウがいた。
「昨日は手荒な真似をして悪かった。シュウだ。ただのシュウ。よろしく」
「相変わらず失礼な自己紹介だな」
ヴォルドが苦笑しつつ、口を開く。
「自己紹介が遅れたな。俺はヴォルド=グリムスだ。見ての通り、ここの一員だ。他にも仲間はいるが、今は不在だ。後で紹介するよ」
そのまま、エリィがゆっくりと車椅子から身を起こすように姿勢を正し、静かにシエルへ視線を向けた。
「それで……シエルさん。異能はお持ちかしら?」
突然の問いに、シエルの肩がピクリと揺れた。
「……」
言葉に詰まる彼女の隣で、ヴォルドが軽く肩をすくめる。
「まぁ自分の秘密をバラすようなもんだしな、……見た方が早いだろ」
「……何を言って……」
シエルが眉をひそめると、ヴォルドはニヤリと笑った。
「入隊試験だ。俺と一戦やろうか」
「……は?」
シエルの思考が一瞬、止まった。
頭が追いつく前に、怒りが沸騰する。
「ちょっと待ってよ、まだ私は――!」
シエルの反論を、ヴォルドは手のひらで遮る。
「話は最後まで聞けって。勝てば、自由にしていい。入隊しなくても構わない」
「……じゃあ、なぜ戦う必要が……」
「俺に勝てば、な。でも負けたら――俺たちの仲間になれ」
言いながら、ヴォルドの瞳が鋭く光る。
「その代わり……仲間になったら教えてやるよ。お前の両親のことをな」
「――ッ!」
その言葉が、シエルの胸を撃ち抜いた。
(この人は、アインのことも知っていた。なら、両親のことも……)
拳を握る。迷いはあった。でも、ここで退く理由はなかった。
「……ルールは?」
「俺の膝を地面につけさせたら、お前の勝ち」
「悪くないだろ?」
(膝を地面につけさせれば勝ち…?確かに、私より強いと思う。だけど、私を舐めすぎ!!)
「……わかった。受けて立つわ」
空気が一変する。重く、張りつめた気配に、エリィたちがわずかに距離を取った。
「じゃ、ちょっとついてこい」
ヴォルドが片手で槍を肩に担ぎ、ゆっくりとシエルに背を向ける。
◇ ◇ ◇
アジトの地下――そこは岩の壁に囲まれた無骨な空間だった。
青白く揺れる魔光灯が天井から吊るされ、足元には乾いた土と砂利が広がる。空を模しているらしいが、どこか陰鬱な雰囲気をまとっていた。。
「よし。準備はいいか?」
ヴォルドが槍を軽く回し、肩に担ぐ。表情はいたって軽く、どこか楽しそうですらある。
シエルは双剣を構えたまま、無言で頷いた。
「じゃ、始めるか」
その瞬間、空気が弾けた。
シエルの足元から砂利が跳ね、鋭い軌道で前へ飛び出す。風を裂く音が、訓練場の空気を切り裂いた。
右から振り抜いた一閃――
「――ッ!」
風を裂く一閃。金属がぶつかる音が空間に響く。ヴォルドは難なく槍の柄で受け止めていた。
「悪くない攻撃だ。だが――」
ヴォルドが一歩、前に出る――その一動作で、シエルの体は軽々と宙を舞わされた。
「くっ……!」
地面に着地し、反動を殺すシエル。顔をしかめながら、呼吸を整える。
(……なんて重い。今のはただの受け流し、なのに……)
再び地を蹴り、今度は低姿勢で滑り込む。足元への斬撃、即座に角度を変えて二連撃。視線と軌道をズラす、陽動も兼ねた一手。
「おっ、さすがだな」
ヴォルドは槍を回転させ、刃をいなすように受け流す。わずかに地面を蹴って距離を調整しながら、淡々と対応。
(……攻めが単調に読まれてる?)
直感が警鐘を鳴らす。
――変える。
その場で急停止し、右手の剣を捨てたように放る。フェイントのように見せかけ、跳躍。左手一本で振り下ろす奇襲――
しかし。
「残念」
隙をついて跳びかかるシエルを、ヴォルドはわずかに首を傾けてかわす。直後、槍の柄が横から襲いかかった。
「ぐっ――!」
腕で防御したが、衝撃が腹まで響く。転がるように後方へ吹き飛ぶ。
「……っ、はぁ、はぁ……っ」
土埃を巻き上げながら立ち上がる。汗が頬を伝い、両手は既に痺れ始めていた。
(距離を取ったら押される。近距離なら……私のほうが速い)
視線を鋭くし、地を蹴る。直線からの急加速、二重のフェイント。
「ここだ!!」
「万象理式・双剣《双焔穿》ッ!!」
闘気をまとった双剣が交差し、焔の残光を描いてヴォルドを切り裂かんと迫る。
刃が一度、ヴォルドの防御をすり抜け、頬をかすめた。
「へぇ、やるじゃねぇか」
ヴォルドの笑みが、わずかに鋭くなる。
(当たった……けど、かすっただけ。全然効いてない……)
シエルは歯を食いしばった。
(強すぎる…このままじゃ勝てない……っ)
握った剣が震える。もう一撃、もう一手。だが、ヴォルドの構えに揺らぎがはなかった。
(……まるで岩壁みたい。隙なんて、一片も見当たらない……!)
(だったら……もう…!)
息を深く吸い、足を止める。呼吸を整え、力を集中させる。
(これを使えば、しばらくは動けなくなる……でも!)
シエルは一歩踏み出し、力の枷を外す。
《限界解放》――発動。
肉体が悲鳴を上げるのを押し殺し、彼女は風そのものと化した。
――ドンッ!!
足元を砕き、風圧を纏ってヴォルドに突進。常人では視認も困難な速度。
「おっ、来たな」
ヴォルドは槍を正面に構える。だが、その目はまだ本気ではなかった。
シエルの双剣が交差する――回転しながらの斬撃、跳躍からの連撃。身体強化を最大限に活かした怒涛の攻め。
しかし。
「無駄な動きが多いな。力を使い慣れてない証拠だ」
槍が、まるで意思を持つかのように彼女の刃を受け流す。ヴォルドの動きには一分の隙もなかった。
「っ……!」
あと数分、持たない――それはシエル自身が最も理解していた。
《限界解放》の持続は五分ほど。その間は筋肉も神経も摩耗する。
「……終わりだ」
ヴォルドの動きが変わった。
槍の刃先が、黒い光を帯びる。
「これは魔法なの?異能なの?」
シエルの声が静かに響いた。
「……“継承器”だ。俺の相棒――《獄墜》」
「……継承器……?」
その言葉に、一瞬だけ動きが鈍る。
――その隙を、ヴォルドは見逃さなかった。
ヴォルドが跳躍。槍を掲げ、空中で静止したかのように見えた。槍から黒いオーラが見える。
「!?」
「あれはやばい!避けないと」
危機を察知し、その場を逃げようとするが、視界が揺らぎ、重力の軸そのものがねじれたかのような感覚がシエルを襲う。
次の瞬間、シエルの身体が、鉛の塊のようにその場に押しつけられた。
「……くっ…何これ…身体が重たくて動けない」
「万象理式・黒槍《深淵穿》」
重力が――落ちた。
圧倒的な質量に、膝が折れる。視界が暗転しかけた、その瞬間――
ドンッ!!
地面が爆ぜた。
爆風と衝撃。咄嗟に腕を交差して受け身を取るも、身体は数メートル弾き飛ばされ、膝をついた。
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
唇を噛み、顔を上げる。そこには、静かに佇むヴォルドの姿。
「まだ戦うか?」
シエルは剣を握り直す。だが、膝が震え、呼吸は乱れ、視界が揺れていた。
「……くっ……」
シエルは、何も言わずに剣を握り直した。
膝は震えていた。だが、彼女は――立ち上がった。
負けたままじゃ、終われない。終わりたくなかった。
必死に前へ進もうとする少女の姿に、周囲が静まり返る。
「立ちやがった……面白いな!」
ガンツが低くつぶやいた。口元がわずかに緩んでいる。
「……シエルさん」
リィナが静かに名を呼ぶ。その声音には、どこか敬意がにじんでいた。
シュウは何も言わなかった。ただ、その瞳がまっすぐシエルを見つめていた。
そして――
「……よし。そこまでだ」
ヴォルドが槍を地面に突き立てた。
「勝敗はついたが――悪くない勝負だった」
「……っ……くそっ……」
悔しさに唇を震わせるシエル。その肩に、ヴォルドがそっと手を置いた。
「ようこそ。これで、正式な仲間だな」
「……!」
驚きと安堵が入り混じる表情。
「約束通り、話すさ。お前の両親――“カイ”さんと"リラ"さんのことをな」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
今回はメイン新キャラを3人書きました。少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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