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第1章「旅立ちと絶望の果てに」

からめるです!

お待たせいたしました。

本編のスタートになります!

お楽しみ頂けますと幸いです。

遠くから、鶏の鳴き声が響いた。

 空は薄く青く、朝露をたたえた畑が光を反射してまぶしい。


「シエル〜!いくよ〜!」


 朝焼けの中、黒髪を揺らしながらパンを持ったミナ が、笑顔でシエルを呼ぶ。


「おっと、ありがと〜。ミナってば、毎朝ちゃんと起きててえらいなあ」


「当然でしょ、村の仕事は朝が勝負なんだから」


「遅いとまたおじさんに叱られるよ!」


「は〜い(棒)」


 少女は片手でパンをかじりながら、畑の向こうの少年に目をやった。

 土の匂いが立ちこめるその先で、鍬を担いで働く目つきの悪い少年――リュウがこちらをちらりと見る。

 一瞬だけ目が合った。


 ――そして、目をそらした。


シエルは内心、また見られていたことに気づいていた


 リュウの視線は、いつも優しい。でも、どこか真剣で、少しだけ怖い。

気づかないふりがクセになっていた、ミナは時々、それをからかっていた。


「ねえノエル、あのリュウってさあ、ちょっと、あなたのこと好きなんじゃない?」


「まーた始まった。そんなわけないってば」


 だが、笑ってごまかすシエルの横顔に、ほんの少しの赤みが差していた。


村の生活は平和そのものだった。

師匠と特訓に、畑仕事、少ないが村の周りの魔物を3人で討伐の繰り返し。


 ――退屈だ。


年頃のシエルにとって、村とその周囲しか知らないこの日常は、退屈でしかたなかった。


 そんなシエルが「王都に行こう」と決意したのは、ほんの一週間前のこと。


「私、王都に行く! 冒険して、金持ちになって、英雄になるの!」


 そう言った時、ミナとリュウは顔を見合わせたが、反対はしなかった。


「……まったくお前ってやつは急すぎるだろ…」

 リュウが頭をかきながら言った。


「まぁしょうがねーな、俺が守ってやる」


 その目に、戸惑いとほんの僅かな決意が浮かんでいた。


「何言ってるの、守られるのはあんたでしょ、」


 ニヤニヤしながら、シエルが言った。

リュウが地面を軽く蹴ってから、シエルを睨んだ。


「なんだとこのヤロー!せっかくカッコつけたのに台無しだろ!」


「まぁまぁ、二人とも落ち着きなよ」


 笑顔でなだめるミナ。


 その時、シエルはふと思った。

 この退屈な日常が、どうしようもなく愛おしいものに感じられた。

 この二人がいれば、きっとどこへ行っても大丈夫だ、と。


 そして――旅立ちの朝。


「準備オーケー! よし、王都目指してレッツゴー!」


「元気すぎでしょ……」


「私たちがいない間、村が平和だといいけどね」


「まぁ師匠がいるから問題ないでしょ」


 シエル、ミナ、リュウの三人は、こうして静かな村をあとにした。

 まだ知らなかった――その先で、己の“運命”と向き合うことになることを。


◇ ◇ ◇


 朝焼けが、木々の間から差し込む。


 風はまだ冷たく、草花に残る朝露がきらめいていた。


 ――だが、その静寂をぶち壊すかのような声が響く。


「王都!王都って、なんであんなにキラキラしてんだろうなあ! ねぇ、リュウ、ミナ!」


 誰よりも先を歩きながら、シエルが振り返る。癖のある金髪がふわりと跳ね、無邪気な笑顔を浮かべる


「……知らねぇよ。見たことねぇし……」


 短い髪を頭を掻きながらつぶやくのは、どこかぶっきらぼうな物言いだが、その眼差しはシエルに向けられている。


「ふふ、でも楽しみだね。ほんとに行っちゃうんだ、私たち」


 優しげな笑顔のミナ。腰まで届く髪を後ろで束ね、リュックを背負って軽やかに歩いている。


 この三人は、同じ村で育った幼馴染だ。


 そして今――


「私、王都に行く! 冒険して、金持ちになって、英雄になるの!」


 ――と、シエルが宣言したのが全ての始まりだった。


 努力嫌いなはずなのに、不思議と誰よりも強かった。陽気で、勝ち気で、そして何より天才。そんな彼女に周囲は振り回されっぱなしだ。


「ま、俺がいなきゃお前ら危ねぇしな。俺が守ってやるよ!」


 リュウが背中に下げた剣を誇らしげに叩く。


 その横でミナが小さく笑い、シエルはニカッと笑い返す。


 そんな陽気な空気が、突如破られた。


「――人の声? 助けてって……!」


 耳に届いたのは、悲鳴と怒号。駆け出す三人。その先には、馬車を囲む盗賊たちの姿があった。


「おいおい、マジでやってんじゃん……」


 リュウが呆れたように呟く。


 だが次の瞬間、シエルが前へと飛び出していた。


「こりゃ、いい肩慣らしだね!やっと村の外って感じがしてきた!」


 その笑顔は、心底楽しそうだった。


 シエルの身体が風のように走り抜ける。その動きはしなやかで、無駄がない。だが、相手は人間。剣を交えるたびに、シエルの表情から少しずつ笑みが消えていった。


 「――っ!」


 敵の剣が頬をかすめる。初めて感じる、人から放たれる明確な殺意。ぞわりと背筋が凍る感覚。それでも、シエルは怯まなかった。


 その身のこなしは、まるで訓練を重ねた戦士のそれ――いや、それ以上。


 数分後、盗賊たちは武器を失い、地面に沈んでいた。誰一人、命は奪っていない。


 「ふぅ、んー、肩慣らしにしてはぬるかったかも??」


 剣を肩に担ぐシエルの後ろで、リュウが唖然としていた。


 「お前……やっぱ、すげぇよ……」


 「なにを今さら!」

 助けられたのは、上品な身なりの少年と数人の従者だった。


 「君たちは命の恩人だ。ぜひ、屋敷に泊まりに来てくれないか?」


 少年――名をセルヴィスと名乗った彼は、王都の上級貴族の息子だという。


 「えっ、泊まり!? うわ、王都の屋敷だって〜! 行く行く!」


 「おい、シエル!」


  即答するシエルを見て、ミナがくすくすと笑い、リュウは頭を抱えた。

 結局、人の良さそうなセルヴィスの押しに負ける形で、三人はその申し出を受けることになった。


 ◇ ◇ ◇


 その夜。


 シエルたちは、広大な屋敷の一室で豪勢な夕食をふるまわれ、ふかふかのベッドに感動し、王都の空気に酔いしれていた。


 だが――


 「……なんか眠れないなぁ」


 深夜。寝間着姿でシエルは屋敷の庭へ出ていた。


 月明かりが差し込む庭は静かで美しい。だが――何かが変だ。


 身体が……痺れる。


 「え、なにこれ……?」


 足に力が入らず、しゃがみこむ。


 倒れ込みながら、必死に目をこらすと――


 「……こんなところにいたのですか。勝手に出歩いては困りますよ」


 屋敷の使用人が一人、こちらに歩いてくる。


 ――何かがおかしい。声のトーン、目の光。普通じゃない。


 「……あんた、なにを……」


 近づくその手が、シエルに触れようとした瞬間――


 風を裂く音が響いた。


 パンッ、と乾いた音。


 次の瞬間、使用人の首が、そのまま地面に転がっていた。


 「…………」


 視界が揺れる。


 何が起きたのか、理解が追いつかない。


 けれど、静寂の中、血の滴る音だけがやけに鮮明に響いていた。


 それは、つい数秒前まで使用人だった男の首。


 庭の濡れた石畳に音を立てて落ちたそれを、少女――シエルは呆然と見つめていた。


 「……痺れかな。もう少し遅ければ、意識もなくなっていただろう」


 低く、落ち着いた声が頭上から降ってくる。


 振り返ると、そこには黒い髪を肩で束ねた男が立っていた。右手に持った刀からは、まだ血が滴っている。


 その傍らには、オールバックで魅力的な風貌の成人男性。片手には小さな瓶


 「……誰よ、あんたたち」


 シエルの声は震えていた。


 毒で痺れていた身体はまだ完全には動かない。それでも、心の奥底から這い上がってくるのは怒りだった。


 確かに、あの使用人には違和感があった。それでも、宿を提供してくれた屋敷で、何の前触れもなく人が殺される光景を、簡単に受け入れられるほど鈍感じゃない。


 「こいつらが飯にでも毒を盛ったのだろ。」


 少年――シュウが、軽く肩をすくめる。


 「それでも、あんたたちが信用できるとは限らない」


 シエルは震える手で、腰に携えた双剣をゆっくりと抜いた。


 「……落ち着きな。お嬢さん」


 シュウがため息をついたその瞬間、もう一人の男――ヴォルドが前に出た。


 「ここは俺に任せてくれ、シュウ。……お前は先に行け」


 「また騒ぎになる前に、な」


 「あいよ」


 シュウはひらりと身を翻し、闇の中へと姿を消した。


 残されたのは、双剣を構えたノエルと、槍を肩に担ぐヴォルドの二人。


 ヴォルドの目が細まる。彼の視線はノエルの構え――いや、“構えの型”を見ていた。


 その構え……まさか、“万象理式(ばんしょうりしき)”か?!」


 「……!」


  シエルの表情が一瞬強張る。


  彼女が幼い頃から師匠に徹底的に教え込まれてきた、最強と謳われる万象理式。


  使い手はこの世に四人しかいないと、師匠アインから教えられていた。


 (なぜ……この男が、それを知っている?)


 次の瞬間、シエルは一気に踏み込んだ。彼女の剣は稲妻のように鋭く、殺意に満ちていた。


 ヴォルドはそれを受け流す。だがその動きもまた、同じ“万象理式”だった。


 「やはり……!」


 シエルの中にあった疑念が、確信に変わった。


 だが、その確信は恐怖と混乱をも連れてくる。


 「あなた……誰なの……!?」


 叫ぶシエルに、ヴォルドは一歩踏み出して問う。


 「お前の師匠は……アインか?」


 「……アイン。私の師匠よ」


 シエルが、ゆっくりと答える。


 その瞬間、ヴォルドの顔が驚きに染まり、そして……安堵の笑みが浮かんだ。


 「そうか……生きていたのか……!」


 「……え?」


 シエルは思わず目を見開いた。


 だが、その温かい空気は一瞬で冷えた。


 「アインと同じ流派のあなたが……罪もない人を殺した……!」


 シエルの声が怒りに震える。


 「お前と一緒にするなッ!!」


 次の瞬間、シエルの身体が赤く光った。


 “異能《限界解放(リミットブレイク)》”――その力を限界まで引き出す。


 ヴォルドは、先程までとまったく違う力を感じ取り、すぐに槍を構え直したが――


 シエルの一撃は、その防御を破るだけの速度と力を持っていた。


「……ッ!」


 ヴォルドは一歩後退し、わずかに怯む。


 その隙を逃さず、シエルは闇の中へと走り出した。向かう先は――シュウの去った方向。


 (異能か……?)


 ヴォルドは、槍を地面に突き立てたまま、ノエルの背を見送る。


 「……とんでもない逸材だな、こりゃ」


 そして、口元に笑みを浮かべる。


 夜の静寂に包まれた屋敷の裏庭。薄暗い月明かりが、わずかに濡れた石畳を照らしている。シエルは、胸騒ぎに導かれるように、足音を忍ばせながら裏手へと回り込んでいた。


 ◇ ◇ ◇


 ――何かが、おかしかったの?


 私の考えていたとおりの優雅な貴族の生活、整ったもてなし、礼儀正しい使用人たち。これが普通の貴族でしょ。それでも、道中で助けた恩義に甘え、初めての王都に浮かれていて、何か見落としたの?


 けれど、あの二人が現れてから。シュウと名乗った、謎の剣士とアインを知る色男


 (なにか、あるの……?)


 シエルの足が止まる。屋敷の壁の影に身を潜めた彼女の視線の先、わずかに開いた裏庭の奥――その視界に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。


 複数の鎖が、空間から伸びていた。黒鉄のように鈍く光るそれらは、まるで生き物のように蠢き、三人の人間を壁に縫い付けている。貴族の男、女、そしてあの道中で助けた少年――彼らの目は恐怖に見開かれ、口には猿ぐつわ。涙と涎を垂れ流しながら、助けを求めていた。


 その中心にいたのは、シュウ。


 まるで何の感情も持たない機械のように、彼は無言で一歩ずつ、鎖を操りながら貴族の男へと歩み寄っていた。


 ――殺す気だ。


 脳が危険信号を鳴らすよりも早く、シエルは身体を動かしていた。


 「やめなさいッ!!」


 叫びと同時に、地を蹴る。風を切る双剣がシュウに迫る――だが、


 カンッ


 鋭く金属がぶつかる音。シュウは、一歩も動かずにその攻撃を受け流していた。逆に、シエルの腹部に強烈な蹴りが打ち込まれる。


「――っぐ……!」


 肺から空気が漏れ、喉の奥からこみ上げる吐き気。そのまま地面に崩れ落ち、震える手で腹を押さえる。呼吸ができない。身体が震える。


(……強い……)


 認めたくなかった現実が、心を締めつける。あんな蹴りひとつで、身体が動かなくなるなんて。こんなの、初めてだった。


 「なっ……なんで、殺そうとするのよ……!」


 苦しみながらも、シエルは声を振り絞った。疑問が、怒りが、恐怖が交じり合って喉を突き破る。


 「この人たちは、あなたに何をしたの!? ……なにが目的なの!?」


 その言葉に、ようやくシュウが動いた。彼女を見下ろし、そして――鎖が動いた。あっという間に四肢を拘束され、体が宙に浮かぶ。


 「手荒でごめん。見た方が早いよ。」


 「――きゃっ!」


 力の加減などなかった。まるで荷物でも投げるかのように、シエルの体が倉庫の扉に向かって放られる。


 ――ガンッ!


 重い音と共に扉が外れ、埃と血の臭いが吹き出した。


扉ごと投げ飛ばされた体が、地面を転がる。


 石床に背中を打ち、肺から空気が抜けた。痛みに呻きながら、シエルは咳き込み、胸元を押さえる。薄暗い倉庫の中には、埃が舞い、鼻腔を焼くような鉄臭さが満ちていた。


 ――血の匂い。


 呼吸を整えながら、シエルはゆっくりと体を起こす。目の前に広がる光景が、何かおかしいと脳が理解するまでに数秒かかった。


「……っ……なに……これ……?」


 喉の奥から漏れたのは、声とも呼べない掠れた音。


 視界には、赤黒く染まった壁。床に転がる無数の“もの”。胴体のない腕、足。張り付けられた皮膚。そこには、人間の形をかろうじて残した異形の肉塊も混ざっていた。まるで実験室。そして、何より異形なのが中央だけ、場違いな綺麗テーブルに、まだ湯気がでている紅茶のティーセット。まるでそこで鑑賞しているのかと思ってしまう。


「ぁっ……ぁぁ……」


 音がする。そちらへ視線を向ける


 そこには人間と獣、何かを混ぜて作られた“なにか”が、檻の中で呻いている。


 ――それは、見覚えのある顔をしていた。


 「……ミナ……?」


 ――見間違いであってほしかった。声をかける指先が、かすかに震える。

けれど、その潰れた顔の奥。唯一残された片目が、確かに自分を見ていた


 「シエル……? シエル、なの……?」


 声にならない、けれど確かに知っている声。


 シエルは、膝をついたままゆっくりと近づいた。目の前の存在が、信じたくなかった現実を突きつけてくる。


「ミナ……? ……ミナ、なの? 本当に?」


 「うん……よかった……無事で……リュウはね……最後まで戦ってた……カッコよかったよ……でも……だまされたの……貴族に……」


 涙の代わりに、血混じりの液体を吐きながら、ミナは微笑んだ。身体はすでに半分、別の生き物になっている。それでも、その表情だけは――確かに、あの頃のミナの顔だった。


 「なんで……なんでこんなことに……!」


 震える手で、シエルは檻の格子を握り締める。唇を噛み、血が滲んでも、彼女は泣かなかった。ミナの小さな手が、檻の隙間からゆっくりと伸びてくる。


 「シエルが……無事でよかった……ほんとに……」


 その言葉を最後に、手が落ちた。


 目を閉じることもできないまま、ミナの身体は静かに動かなくなる。


「……っ……!」


 シエルは、喉の奥から絞り出すように叫びたかった。


 だけど、声が出なかった。


 ただ、涙が――止めどなく、頬を伝っていた。


 ミナの亡骸を前に、シエルはしばらく動けなかった。


 何かが胸の奥で崩れた気がした。かつて見ていた「世界の輪郭」が、音を立てて崩れていく。


 「貴族に……だまされた……」


 ミナの言葉が、まるで呪いのように頭から離れなかった。

思い出すたびに、肺が締めつけられるようだった


 震える足で、立ち上がる。霞む視界の先にシエルは、足元を引きずるように、ふらつく足で扉を超えた


 夜の空気が、肌を刺すほど冷たい。


 視線の先――屋敷の裏庭。


 そこには、怯えた表情のまま壁際に追い詰められた貴族一家がいた。父、母、そして道中で救ったはずの息子。鎖で縛られ、身動きもできずに呻いている。


 その前に立っているのは、あの黒髪の男――シュウ。


 何も言わず俯き、刀を手にしたまま立ち尽くしていた。


 双剣を手に、シエルは貴族たちの前に立った。

 息が浅い。喉の奥が熱い。脈が耳の奥で爆ぜていた。


 (どうして……私たち、ただ笑い合っていただけだったのに……)


 ミナが最後に見せた微笑みが、焼きごてのようにシエルの胸を焦がす。

 血に濡れたその顔で、それでも優しく笑っていた――それが、何より残酷だった。


 立っているのもやっとだった。なのに、膝は不思議と笑わなかった。ただ、両手だけが微かに震えていた。


 目の前では、父親は無言で俯き、母親は泣き叫び、息子は腰を濡らして泣いていた。人間のかたちをして、なに一つ人間らしさのない顔。


 ――それが、この国の貴族。


 「……あの子たち、案外もったよ。意外と丈夫だったな、あの女の子」

 「ふふ、壊すのが惜しいくらいだったけど……あれも"素材"だ。ね?」


 その声が、シエルの耳に届いた瞬間だった。


 ブツッ……と、何かが切れる音がした。


 それは、心の奥底にあった“最後の何か”だったのかもしれない。


 気がつけば、シエルは双剣を逆手に握っていた。右手に汗が滲む。指先から伝わる金属の冷たさに、今だけは救われた気がした。


 「……お願いだから、静かにして……」


 その声は、氷のように冷たかった。けれど、内側では何かが煮えたぎっていた。皮膚の内側、血が沸騰しているような錯覚。


 次の瞬間、刃が振り抜かれた。


 風のような斬撃。だが、確かに温度があった。

 “ぶしゅ”という生々しい音と共に、血が夜気を裂いた。


 時間が止まったように、三人の首が、赤い軌道を描いて宙を舞った。

 温かいしぶきが、頬に飛んだ。


 それは――信じられないほど生きた匂いだった。


 目の前で、三つの命が消えた。その手応えが、シエルの手に重く残る。


 剣が落ちた。


 足元に、熱い雫がポタリと垂れた。

 次の瞬間、シエルの身体が崩れ落ちた。膝が地を打ち、両手が震え、嗚咽が喉を突き破った。


 「……うぁ……っ……!」


 こみ上げてくるものを止められない。ただ、声が、涙が、止まらなかった。

 血の匂いと、土の匂いが混じり合う。目の前で死んだ人間が、まだ温かいことが、皮膚から伝わってくる。


 (ミナ、リュウ……わたし……)


 「……帰れない……もう、どこにも……帰れない……」


 その言葉は、誰にも届かない夜に、ただ静かに溶けていった。


 ヴォルドは、ただその場に立ち尽くしていた。

 「……よくやったな」

 

 隣で、シュウは小さく目を閉じた。

 「……間に合わなかった。……すまない」


 シュウも、黙って頷いていた。

 その目は悲しげで、涙を堪えているようだった。

 

 「お前の仲間は残念だった…」


 ヴォルドの言葉に、シエルは顔を上げる。


 「……俺たちと来い」


 「……い……や……」


 その言葉を最後まで言わせることなく、ヴォルドが彼女の首筋に軽く手刀を当てた。


 世界の音が、遠ざかっていった


 その身体は静かに崩れ、ヴォルドが優しく抱きとめる。


 「やっぱり、お前は強いな……」


 夜が静かに更けていく。

 そして、シエルの運命は、決定的に動き出していた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

今投稿が初めての作品になります。

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