声にして、届くまで
「では、次。リオナさん、お願いします」
発表の順番が、ついにまわってきた。
リオナは、椅子を引いてゆっくり立ち上がった。手元のノートには、昨夜、何度も書き直した感想。
(声、ちゃんと出るかな)
深く、呼吸をして、前を向く。
けれど、教室の空気は重たく感じた。注目されている。聴かれている。
それだけのことが、いつも以上にこわかった。
「わ、わたしは……えっと……この本を読んで──」
声が、わずかに揺れる。
何人かの視線が、ちらりとこちらに動いた。
その瞬間、胸の奥から、不安がぐっとせり上がり、言葉が詰まりそうになった。
──でも。
(それでも、伝えたい)
ノートの文字を見つめながら、リオナは小さくつぶやいた。
(“自分のことば”で)
「……わたしが読んだのは、〈ことばの種〉っていう本です」
声はまだ小さい。でも、さっきより、まっすぐだった。
「この本には、“言葉には、心を動かす力がある”って書いてあって……でも、うまく言えないときは、“黙ってしまってもいい”って、書いてありました」
リオナの視線が、前列にいるユイを見るとユイはそっと頷いた。
(……あのとき、話してよかった)
「私は、話すのがこわくなることがあるけど……でも、誰かに伝えようとすることも、“言葉”なんだって、思いました」
最後の言葉を口にしたとき、リオナの手はすこしだけ震えていた。でもその指先には、もう以前のような緊張ではなく、「言いきった実感」が残っていた。
先生が優しく微笑み、拍手が起きる。
そのなかに、ユイの手を叩く音が、確かにあった。
──
発表が終わって席に戻るとき、リオナは小さく息を吐いた。
(……終わった)
教科書を開いたあとも、胸の奥には、まだ小さなざわめきが残っていた。
でも、それは“緊張”や“後悔”ではなく、「なにかが動き出した音」だった。
──
放課後。
下校の支度をしていると、ユイがそばに来て、にっこりと笑った。
「リオナちゃんの発表、すごくよかったよ」
「……ありがとう。途中、変じゃなかった?」
「ううん、むしろ“ちゃんと伝えよう”って気持ちが出てて、すごくリオナちゃんらしかった」
その言葉に、胸がじんとあたたかくなる。
言葉にするのは、まだこわいことが多い。
でも、少しずつ、届いているのかもしれない──そんな希望が、今日のリオナの心に、小さな光となって灯っていた。
家に帰ると、机の上には、母の字で書かれた小さなメモが置かれていた。
「冷蔵庫にプリンあるよ。」
たったそれだけのメッセージ。
でも、言葉のやりとりは、言葉だけで終わらないのかもしれない。
リオナはそっとプリンのふたを開けて、小さく笑った。
(伝えるって、きっと、こういうことなんだ)




