すれちがった言葉の、その先に
昼休みのチャイムが鳴ったあと、教室の中にはお弁当のふたを開ける音や、おしゃべりの声が少しずつ広がっていた。
リオナはお弁当を両手で抱えたまま、教室の片隅で立ち尽くしていた。
(ユイちゃん、今日はひとりで食べてる……)
昨日の昼、何気なく口にした「ユイっぽい」という言葉。ユイは「それ、どういう意味?」と少しだけ硬い声で返した。
リオナはそのとき、うまく言葉が出てこなくて、ただ「ごめん」とだけ言った。
(違うのに。ほんとうは……けなしたんじゃなくて、ほめたかったのに)
けれど、もう一度話しかけるのは、少しこわかった。何を言えば伝わるのか、また傷つけてしまうんじゃないか――そんな思いが、リオナの足を止めていた。
そのときだった。
ユイがふと顔を上げて、リオナと目が合った。
「……リオナちゃん」
その声に、体がほんの少しだけ前に動いた。
リオナは胸の奥で深く息を吸い、それから、かすかに震える声で言った。
「……あのね、昨日のこと……ちゃんと、言いたかったこと、ちょっとちがったの」
ユイは、手に持っていたお箸をそっと弁当箱に置き、顔を向けた。
「“ユイっぽい”って言ったのはね、絵が、なんていうか……やさしい感じで、ユイちゃんの声とか、笑い方とか、そういうの思い出したから。……それで、そう言っただけなの」
「うまく言えなかったけど、ほんとに、けなすつもりなんて、まったくなかったの」
リオナの手の中で、お弁当の包みがぎゅっと縮んだ。
ユイはしばらく黙っていた。
そして、ふっと小さく笑った。
「……わたしこそ、ごめん。たぶん、ちょっと敏感になってた」
「この前、家で色々あって、それがイヤだったの、思い出しちゃったんだ」
ユイは肩をすくめるように笑って、言葉を続けた。
「今日、話してくれて、うれしかったよ」
その一言に、リオナの中で、何かがふわりとほどけた気がした。
「……よかった。……こわかったけど、言えてよかった」
ユイはもう一度笑って、ぽんぽんと自分の席の隣を叩いた。
「一緒に食べよ。うちのお弁当、今日ちょっとひどいけど」
リオナは思わず吹き出して、それから席に着いた。
「うちも、たいして変わらないよ」
午後の授業。ノートを開くリオナの手元には、いつもより少しだけ丸い文字が並んでいた。
(ちゃんと話せば、伝わることもあるんだ)
ユイの声が、やわらかく心に残っていた。
その日の帰り道。
風が、頬をやさしくなでた。
となりを歩くユイが、ふとつぶやいた。
「なんかさ、こうやって歩くの、いいよね。黙ってても、平気っていうか」
リオナは、ほんの少しだけうなずいた。
「うん……なんか、楽」
ユイがちょっとだけ笑って、空を見上げた。
「空、秋っぽくなってきたね」
リオナも見上げた。薄く伸びた雲の先に、遠く高く、鳥がひとすじに飛んでいくのが見えた。
(あの鳥は、どこに向かってるんだろう)
(自分の行きたい場所が、ちゃんとあるって、うらやましいな)
でも、リオナも今は、ほんの少しだけならわかる気がした。
それは、「どこかに向かう」んじゃなくて、「誰かと、ここにいる」ということかもしれない。
──
小さなすれちがいから始まった、一つの対話。
それは、リオナにとって、「こわいけど、言ってみてよかった」と思える、初めての“ことばの架け橋”だった。




