鳥は自由に飛ぶけれど
日曜日の午後。
リオナは公園のベンチにひとり座っていた。
制服ではなく、よく似合うワンピースを着ている。
手にはスマホ。けれど画面はずっと暗いまま。
空には一羽のカラスが、音もなく滑るように飛んでいた。
黒く、なめらかで、どこかまっすぐだった。
リオナはその飛び方を、なんとなく目で追っていた。
(鳥って……どこにでも行けるんだな)
けれど、自分の足元を見ると、舗装された道の上にすとんと落ち着いていた。
すぐ横に家から出かける際にママから渡された水筒。
「○○時には帰ってきてね」と言われたままの時間が、背中に張りついていた。
カラスは、もう見えなくなっていた。
──
「自由に、どこへでも行ける」
それは学校で道徳の先生が言っていたこと。
テレビでも、人気のアイドルがそう言っていた。
でもリオナは、自分の心に小さな声で問いかけた。
(“行ける”って、ほんと? “行っていい”って、だれが言ってくれるの?)
スマホの通知が一つ、光った。
『今週のいい子チェック:よく寝た?』『リオナ、がんばっててえらいね』
決まった言葉。決まった安心。
でも今は、返信しなかった。
──
そばの木に、スズメがとまっていた。
地面に落ちたパンくずをつつき、すぐにまた跳ねていく。
どこにも届かないけれど、どこにも縛られない、小さな動き。
リオナは思った。
(わたしは、鳥じゃない。……でも、鳥の真似くらいなら、できるかもしれない)
ふと、ベンチを立ち、ひとりで歩き出す。
帰る方向ではなく、反対側の道へ。
知らない路地を、少しだけ。
スマホのナビも使わないまま、足の裏の感覚だけで進んでみる。
それはたぶん、「飛ぶ」ことではなかった。
でも──「ちょっとだけ行ってみたい方向に進むこと」は、できた。
──
その帰り道。
雲間から少しだけ差した光に、リオナは気づいた。
ほんのわずかだけど、自分の「決めた一歩」があったことが、
胸の奥にあたたかく、残った。
彼女は少しずつ、自分の歩き方を探していく。
その日々は、鳥が空を渡るような形ではないけれど、
ちゃんと風を感じる「練習」になっていた。




