再会へのきっかけ
春の風が校庭の桜を揺らし、新しい季節のはじまりを告げていた。
教室の掲示板に貼られたポスターには、こう書かれている。
【子どもたちの作品展 開催決定】
学校で書かれた文章や絵が、地元の図書館に展示されることになったのだ。
リオナはその知らせを聞いて、心の中で小さく動揺した。
ユイと自分の書いた文章が展示される──それは、自分の言葉が誰かの目に触れることを意味していた。
──
放課後。
図書館の静かな一角で、展示準備が進んでいた。
リオナは自分の文章が貼られるパネルを見つめながら、胸が少しだけ高鳴った。
そのとき、背後から声がした。
「リオナちゃん、久しぶりだね」
振り返ると、そこには見覚えのある温かな眼差しがあった。
サトル兄ちゃんだった。
数か月前、リオナにこんなことを言ってくれた。
「リオナちゃん、たまには“わからない”って言っていいんだよ」
「それが“自分でいる”ってことなんだよ」
その言葉がリオナの胸に、いつまでも響いていた。
「町を出たと聞いてたけど、また戻って来てくれたんだね」
リオナは驚きとともに、どこかほっとした気持ちになった。
「うん、少しの間だけど、ボランティアで手伝うことになったんだ」
サトル兄ちゃんは柔らかく微笑み、展示されている子どもたちの作品を見渡した。
「ここに君たちの言葉がある。言葉はね、自分を表現するための道具だけど、同時に誰かとつながるための橋なんだよ」
──
その日、ユイが大事にしていたリオナからの手紙も、図書館に持ってきていた。
ユイはその手紙を胸に抱きしめて、静かに展示作品の前に立った。
展示されているリオナの文章と、自分の文章。
どちらも、少しずつだけど、二人の距離を縮めていくようだった。
──
夕暮れが近づき、図書館の窓から差し込むオレンジ色の光が、展示物を優しく照らしていた。
リオナはサトル兄ちゃんを見ながら話す。
「……あのとき、“わからないって言ってもいい”って言ってくれて、すごく……救われたんです」
サトルはそっと微笑んだ。
「うん。君がその言葉を覚えててくれたこと、うれしいな」
リオナは少しだけ視線を落としながら、言葉を選ぶように言った。
「でも……そのあともやっぱり、言葉にするのがこわいときがあって。言ったあと、変に思われたらって思って、ひとりでぐるぐるして……」
サトルはしばらく黙ってから、優しく答えた。
「それでも、伝えようとしたんだね。うまく言えたかどうかより、“伝えたい”って思えたことが、大事なんだよ」
「伝えようとすることも、言葉……ですか?」
「うん。沈黙の中にも言葉はある。相手を思う気持ちも、ことばの一部だと、僕は思ってる」
リオナは静かにうなずいた。
「……わたし、自分のことばと、もう少し向き合ってみようと思います。こわくても、少しずつ」
サトルは、まっすぐ彼女を見て言った。
「それでいい。言葉は“ちゃんと”してなくていいんだよ。ちゃんとしてるリオナちゃんより、“自分でいる”リオナちゃんに、会えてよかった」
その言葉に、リオナの胸があたたかくなった。
彼女は、これからもきっと迷うだろう。けれど、それでも。
──少しずつ、自分の言葉と向き合っていこう。
そう、心のなかで静かに決めた。
たとえ不安があっても、焦らなくていい。
「わからない」って言っていい。
「自分でいる」ってことは、そういうことなんだ。
──
そして、何より。
リオナには、そばにいるユイがいた。
言葉が足りなくても、手紙でも、沈黙でも。
伝え合えることが、確かにここにある。