手紙を書く
翌朝。
教室の窓辺に光が差し込んでいた。天気はいいのに、リオナの心はどこか落ち着かなかった。
昨日のユイとの会話が、何度も頭の中をよぎっていた。
「言葉って、ないよりあった方がいい。でも、なくても近くにいてくれるのも、うれしいよ」
(あのとき、何も言えなかった……でも、それでも、ちゃんとそばにいたくて)
ノートを開いても、文字がうまく出てこない。でも、なにか伝えたかった。ただ、ありがとうとか、がんばってとか、そういう単純な言葉では足りないような気がして。
休み時間、リオナはペンを持ち、白い便箋に向かった。
一行目が書けないまま、しばらく固まっていた。
だけど、深呼吸をして、ゆっくり、ペンを走らせた。
──
ユイちゃんへ
このあいだは、ごめんね。
何も言えなかったけど、ほんとは、いっぱい考えてた。
「引っ越すかも」って言葉、すごく重くて、私、どうしたらいいか分からなくなっちゃった。
でも、ユイちゃんが「なくても、そばにいてくれるのがうれしい」って言ってくれて、うれしかった。
わたしは、ことばに時間がかかるんだって、最近わかってきた。
すぐに言えないこともあるけど、それでも、「思ってること」はちゃんとあるよ。
ユイちゃんと歩いた帰り道、ベンチで座った時間、風の音、全部、大事にしたいって思ってる。
ありがとう。
ちゃんと届きますように。
リオナより
──
書き終えたあと、リオナは何度か読み返した。
それは詩でもないし、日記でもなかった。でも、たしかに“自分の声”がそこに入っていた。
放課後、帰り支度をしながら、リオナはその手紙を、かわいいキャラクターが描かれている小さな封筒に入れた。
ユイが机に教科書をしまっているのを見て、そっと近づいた。
「……これ」
ユイが振り向くと、リオナは少しだけ笑って、封筒を差し出した。
「読んでくれたら、うれしい」
ユイはきょとんとしたあと、封筒を受け取った。
──翌朝。
リオナが登校すると、ユイがすぐに近づいてきた。
「……読んだよ」
「……うん」
「ありがとう。ちゃんと届いた。すっごく、うれしかった」
そう言って笑ったユイの顔に、昨日よりも少しだけ安心が見えた。
「返事書こうと思ったけど、いまはこれで──」
ユイは、言葉の代わりにリオナの手を、ほんのすこしだけ握った。
それだけで、十分だった。
──
放課後。
窓から差す陽が、机の上をやさしく照らしていた。
リオナは、ノートを開いた。
書いた言葉が、誰かの中でやわらかくひらく。
それが、たとえ一人でも、ちゃんと届いたなら──。
それはきっと、自分が「自分のことば」で生きているっていう証なのだと、リオナは静かに思った。




