よい子は、ちゃんとわかってる
「大人の言うことを聞いていれば大丈夫」
幼いころから、リオナはそう教えられてきた。
学校では担任の先生がやさしく笑っていた。
「リオナちゃんは“ちゃんとわかってる子”ね」
両親も同じだった。
「ママたちはあなたのためを思って言ってるのよ」
祖母も微笑んで言った。
「よい子は、ちゃんとわかってるから」
リオナはわかっていた。
“ちゃんと”挨拶する。“ちゃんと”目を合わせる。“ちゃんと”日記を書く。
「何かいやなことがあったら、言ってね」
そう言う大人の顔を見て、彼女は“ちゃんと”「ないよ」と答えた。
なぜなら、それが「大人を安心させる正しい言葉」だと、リオナは“もう知っていた”から。
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ある日、リオナはお昼の校内放送で「児童表彰のお知らせ」を聞いた。
「今回の“心の模範児”は、リオナ・マツセさんです」
拍手の中で、彼女は笑った。
でもその日の帰り道、足が止まった。
川のそばで、たったひとり座っていた青年――サトル兄ちゃんの姿が、ふと頭をよぎった。
彼は数か月前、リオナにこう言った。
「リオナちゃん、たまには“わからない”って言っていいんだよ」
「それが“自分でいる”ってことなんだよ」
でも彼は町を出た。学校でも話題にされなくなった。
「やさしいけど、ちょっと変わってたのよ」と先生は言った。
“ちゃんとしていなかった”大人は、消えていった。




