検便
「学園祭が近づいてきているからな。うちのクラスも出店を出すから、全員検便の検査だ」
ホームルーム中のその担任の台詞に、あちらこちらからからボヤキのような声が漏れる。
「あー面倒くせー。ねぇ、頼むから美華のパパの力で検便無くしてよー」
黒髪ピアスの女子が愚痴ると、
「流石に食中毒だけは消せないって。大人しくうんこ差し出しとけって」
周りに大人しそうな男子がいるのも全く気に留めない様子で美華は言い放つ。
すると、美華の連れの金髪生徒が、ちらちらとこちらを見ている男子に気づき、
「見てんじゃねぇよ! きっしょ!」
そう言って机を蹴り押した。
男子生徒は肩身が狭そうに担任の方を向く。しかし、その中年男性教師はまるで見ていなかったかのごとく視線を逸らすと、全員に向かって投げやりな口調で、
「明後日が締切なので、忘れないように」
そう言って事を終えたかのようにそそくさと部屋を後にしようとした。
その時だった。
突然、教室の照明が全て落とされ、自動カーテンが閉じられ始めた。
「……! え? 何? 何?」
美華だけでなく、他のクラスメイト達も動揺を隠しきれず視線が泳ぐ。
部屋が瞬く間に真っ暗になると、教壇上の天井の溝に隠れていたスクリーンがゆっくりと垂れ下がってきた。
クラスメイト全員が目を丸くしたままの中、そのスクリーンに光が照らされた。
美華が思わず振り返る。しかし、暗くてどこから投影されているかも見当がつかない。
すると、画面に映像が映し出された。
そこには、白衣姿で黒縁眼鏡をかけマスクをした研究者らしき男性が畏まるように手を重ねながら直立していた。
皆が呆気に取られたまま、画面に釘付けになる。
スクリーンの向こうの人物は口を開いた。
「2年C組の皆様。ホームルーム中に大変失礼いたします。私、玉川寄生虫研究所の蟯宙カユシと申します。これより検便をするに当たって、七つの注意事項を皆様に説明させていただきます」
皆の口は開いて塞がらないままだ。
軽く咳払いをすると、その人物は卓上に置いてあるものを手に取った。小さなスティック棒だ。
「通常の検便は、このように検査棒を手に持ち、便に突き刺す。そうすると、このように問題なく採取できます」
その手元がアップされ、棒の先に茶色の物体がこびりついているのが見えた。
「ああ、これは実際の便ではなく、チョコを使っていますので食事中の方はご安心を」
そのどうでもいい断わりにも、生徒達の動揺は一向に収まらない様子だ。
解説は続く。
「これが現在の検便のスタンダードな方法です。それでは、少し遡って戦後昭和の時代はどうだったのか?」
得意気に男は左手に何かを掲げた。それがクローズアップされる。
「……マッチ箱?」
黒髪ピアスの女子が茫然と呟く。
すると、
「その通り」
画面の向こうの人物のその反応に全員が頭を泳がせ、クラス内は騒然となった。美華は必死に立ち上がってカメラを探そうとするが、結果は同じで何も見つからない。
「皆さん、静粛に」
少しだけ荒げた白衣の男の声に、全員が思わず押し黙った。
その静寂を確認するように間を置くと、男は右手に持ったピンセットで小ぶりなチョコを摘み、箱の中に押し込んだ。
「一昔前の検便は、このように実際に自分の便をマッチ箱に入れて学校に提出していました」
教室は相も変わらずシーンとしたままだ。
すると、男は言い添えた。
「ただ意外にも知られていないのは、今紹介した2つの世代のちょうど中間に位置する1980年代前半頃に実際行われていた検便方法です、それは」
全員が息を呑んで続きを聞く。
「お尻の穴に直接棒をぶっ込むという、今じゃとても考えられない破天荒な方法です」
言葉を紡げない生徒達を置いてけぼりのまま、男は少し呆れ気味に首を軽く横に振りながら解説を続けた。
「この1980年代式がどれだけ危険を伴う方法なのか、それを皆さんに深くご理解していただくためにも、今日は7名の被験体の方に来ていただきました。それでは、どうぞ!」
突如、画面が切り替わった。
全員の目が点になり、吃驚の声が漏れる。
「……ちょ……何これ……」
画面の向こうで、裸の状態のまま縄で縛られた七人の男が椅子に座らされている。
七名全員が申し訳程度のごとく白いブリーフだけを履かされているのがわかった。
その中に見憶えがあるそのツンツン頭を確認するや否や、美華は思わず両目を剥きながら息漏れ声を漏らした。
「……海斗……?」