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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【SF 空想科学】

君はロボット

作者: 小雨川蛙


手術台の前で博士は退屈そうに頬杖をついていた。

先ほどまでは目が眩むような鮮やかさを持っていた血が乾き始めており、色はくすみ天井にぶらさがった電球の光と合わさり小汚い黒茶色へと変わっていく。

博士は休息は嫌いだった。

出来ることならば死んでしまうほど目まぐるしく働き続けたかった。

しかし、上層部はそれを許さない。

何故なら、そうしてしまえば博士の役目をする者が居なくなってしまうからだ。

「博士」

扉の向こうから声がした途端、博士は飛び上がって声のした方へ駆け出した。

「誰だ? 来たのか? 今回はどのようなロボットだ?!」

扉についている小さな格子から向こうを見ようと限りなく近づきながら博士は叫んだ。

「そう興奮するな」

矢継ぎ早に声をあげる博士とは対照的に向こう側に立つ兵士は冷たく言い放つと、扉を思い切り蹴とばして開けた。

その勢いで博士は電球に照らされてなお赤黒い床の上に倒れこんだが、一瞬のうちに立ち上がり兵士に飛びついた。

「早く! 早く!」

「触れるな。気狂いが」

兵士はそう言うと一歩引いて、背後に立っていた青年を博士の前に突き出す。

彼の全身はまるで染め忘れてしまった白布のような色をしており、髪の毛が一本もない丸坊主の頭と無理矢理嵌め込んだような光を失った黒い瞳と合わせて一見すると死人に見えた。

事実、彼は人間ではない。

ロボットなのだ。

今も続く戦争で敵国が造り上げた恐ろしい機械。

「おぉ……相変わらず素晴らしい!」

博士はそう叫ぶとロボットの顔を両手で触り、皮膚をつねって伸ばし、指を使い口を開けて口腔内を確認する。

「やはり! やはり人間にしか見えない!」

「馬鹿らしい」

興奮する博士を尻目に兵士は舌打ちと共に呟くと扉を勢いよく閉めた。

「解体が終わる頃にまた来る」

兵士の言葉が終わらないうちに博士はロボットの手を引いて手術台へと連れて行った。

「君、こっちへ来てくれたまえ」

ロボットはロボットであるが故に何の抵抗もせず博士に従った。

「横になってくれたまえ」

博士の言葉にロボットは手術台の上に横になる。

乾ききっていない血がロボットの白い肌に虫の足のようにじわりと張り付くがロボットは気にした様子もない。

その様を見て博士はにっこりと笑うと手術台の下から拘束具を取り出し慣れた手つきでロボットの両腕と両足を縛っていった。

「君、質問をするんだが、君は一体何人の人間を殺したのかね?」

すると先ほどまで一切の反応を見せなかったロボットは答えた。

「二千人ほどです」

淀みない答えに博士は一瞬だけ止まり、そして笑った。

「素晴らしい。建物を襲撃したのかね?」

「はい。民間人の避難所を狙いました」

「なるほど。武力のない者達を狙い撃ちにしたわけだ。素晴らしい判断力だ。残酷なほどに効率的だ」

博士はそう言うと少し腰を屈めてロボットの顔と自らの視線を重ねる。

「なぁ、君。君は罪の意識を覚えないのかい」

「私はそうするために生まれたものですから」

「なぁ、君。君は本当にロボットなのかい」

「はい。ロボットです」

「本当に?」

「はい。本当に」

「なら、本当に君はロボットなんだ」

博士はにっこり笑うと転がっていたメスを握ると勢いよくロボットに突き刺した。

皮膚が引き裂かれ艶やかなほどに濃い血が噴き出す。

それでもロボットの表情はぴくりとも変わらなかった。

「君、痛みを感じないのかね?」

「はい。私は機械ですから」

「そうかそうか」

博士は大笑いをするとメスを何度も何度もロボットに向かって振り下ろす。

吹き出す血が博士の顔にかかり、博士が浮かべていた表情と合わさり、おとぎ話の鬼のようなものになっていく。

一目見ただけで失神してしまいそうな博士の顔を見ながらも尚ロボットは博士の方を無感情な表情のまま見つめていた。

「なぁ、君。叫んでくれよ。痛いからやめてくれって」

博士はまるで自分が切り裂かれているかのような切実さでロボットへ言う。

「ごめんなさい。許してくださいって、そう言ってくれよ。頼むから、そう言ってくれよ」

それでもロボットは博士へ何も答えたりしない。

「頼むから謝罪してくれよ。頼むから罪を感じてくれよ。頼むから、頼むから、頼むから……」

ロボットはじっと博士を見つめている。

もしかしたら、その目はカメラとなっていて今も博士の様子を情報として流しているのかもしれない。

「なぁ、君。これじゃ、痛みを感じるし、苦しむし、相手を殺す度に罪の意識を抱く私たちが馬鹿みたいじゃないか。答えてくれよ。君は人間だろう?」

そんな悲痛の声にロボットは答えた。

「私はロボットです」


扉の向こうから足音がして先ほどの兵士がやって来る。

そして、扉を開けた途端兵士は片手を自らの口に当て一瞬だけえずく。

何度見てもこの光景は慣れないらしい。

当然のことだと博士は思った。

誰がどう見てもこの光景は凄惨な殺人現場にしか見えない。

事実そうなのかもしれない。

「で、何かわかったか?」

兵士の絞り出した声に博士は答えた。

「何も。人間と同じだったさ」

「だろうな」

博士は自分が皆から殺人鬼だと思われていることを知っていた。

事実そうなのかもしれない。

博士は休息が嫌いだった。

「なぁ、君」

博士は兵士に言った。

「次のロボットはいつ来る」

「そんなこと言われても俺には分からん。奴を一体捕らえるのにどれだけの犠牲が出ると思うんだ」

「私にはそんなことわからない。ただ、早く、早く奴らの謎を解明したいんだ」

博士は立ち上がると兵士に掴みかかる。

鬼のように真っ赤に染まった博士の勢いに歴戦の兵士は思わずたじろぐ。

「なぁ、君。早く次のロボットを連れてきてくれ。頼むから。私に何かをさせてくれ、頼むから」

博士は休息が嫌いだった。

束の間の安息が自分自身を狂気から正気に引きずり戻してしまいそうだから。


「なぁ、頼むから。早く! 私が人間でいられるうちに! 私が殺人鬼でいられるうちに! 私があんな無慈悲なロボットのようにならないうちに! 頼むから早く!」



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