混浴温泉
今私は登山服のまま、猿や鹿や狼などの野生動物たちと抱き合うようにして温泉に浸かっている。
1時間程前まで私は雪山登山の真っ最中だった。
テントを張る予定の場所まであと少しというところで、腰にぶら下げていた携帯ラジオから気象庁が流す緊急速報が流れ出る。
『上空2000メートル付近にマイナス100℃、もしくはそれより低い温度の寒波が到来しつつあります。
直ぐに家内に待避してください』
2000メートルって言ったか? 今ちょうど2000メートル付近じゃないか。
暫し思案して数百メートル程下に知る人が余りいない温泉が湧き出ている所がある、あの温泉の脇にテントを張れば寒波をやり過ごせるかも知れないと考え其処に向かおうとした。
温泉に向かおうと下山を始めようとしたそのとき、生い茂る木々の向こうから狼や鹿それに猿の群れが飛び出て来て必死の形相で山を駆け下りて行く。
獣たちが飛び出て来た森の奥の木々が、バキバキバキバキと音を立てて白くなり氷ついて行くのが見える。
ヤバい、寒波がもうそこまで来ているじゃないか、私も慌てて獣たちの後を追う。
と言っても私の足では獣たちに置いて行かれるだけ、だから私は少し逃げる方向を変え温泉に向けて必死に転がるように駆けた。
温泉に身に着けている登山服のままリュックなどの装備もろとも飛び込む。
私と同じ方向に向けて駆けていた獣たちも温泉に次々と飛び込んで来た。
温泉に首まで浸かり今駆け下りてきた山の方を見ると、冬眠していて逃げるのが遅れた熊などの動物たちが次々と白く凍りついていくのが見える。
助かった、間一髪で氷漬けになっている彼らの仲間になるのを免れた。
それで私は寒波と凍りつく恐怖から共に温泉に浸かっている動物たちと抱き合うようにして、寒波が治まるのを待っているって訳なのだ。