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第九話:隣の村が傭兵に襲われた

 ガストンが呟くのを聞いたアンナが食ってかかった。

「終わってなんかないわよ。これからあたしたちの正義の戦いは始まるの」

「この人数じゃあ、どうにもならないぞ」

 しらけた顔をするガストン。


「仲間を募るのよ。貴族に不満を持っている連中は大勢いるはず」

「まあ、はっきり言ってみんな不満を持っていると思うが、農民がいくら集まったところで貴族の軍団には勝てないと思うけどな」

「やってみなきゃわかんないじゃない」

「農具で戦うのかよ」

「武器を見つけたじゃないの」

「あんな古ぼけた武器でか。それも少ししかない。そして、それを使うのはさっき階段を不様に転げ落ちた連中だ。勝つのは無理だろう」

「うるさいわね! とにかく近隣の村に使いを出すの」


 エミールが俺に話しかけてきた。

「あ、兄貴、怖いよ。もう逃げようよ、と僕は思うんだ」

「うーん、どうしようか」

 はっきり言って俺は途方にくれていた。


 エミールの発言を耳ざとく聞いたアンナが怒り出した。

「やい、そこの木偶の棒! 逃げたら殺す!」


 助走をつけて走って来て、アンナはエミールの顔面にひざ蹴りをくらわす。

「ひい!」

 アンナは床に倒れたエミールのだらしなくふくれた腹を何度も何度も思いっきり踏みつける。

「い、痛い、痛い! や、やめてください、アンナさん」

「一緒に最後まで戦うって誓え、このボンクラ!」

「一緒に最後まで戦います、と僕は思うんだ」

「うるせー、なにが僕は思うんだなんだよ、お前殺すぞ!」


 アンナは再びエミールの腹の上で何度も飛び上がって執拗に踏みつける。

「だいたい、いつもお前はあたしの邪魔ばっかしやがって!」

「邪魔って、なんのことかわからないんだな、と僕は思うんだ」

「うるさい、とにかく最後まであたしと戦えっての」

「ひいい、はい、一緒に最後まで戦います」


 エミールを助けるため俺はアンナをおさえる。

「おい、アンナ、落ち着けよ。あのさあ、はっきり言ってお前狂ってないか」

「狂ってるわよ」

「は? 自覚してるのか」

「片目潰されて、家族皆殺しにされたんだよ。狂うに決まってんじゃん」

 それもそうかとなんだか納得してしまった。


「だいたい、狂ったのはあんたのせいよ」

「え、なんで俺のせいなんだ。息子が落馬して死んだのをすぐにヴァロワ卿に報告しなかったからか。その後、傭兵が村を襲撃したけどそんなこと予想できるかよ」

 弟が屁をこいて馬が立ち上がったことでヴァロワ卿の息子が落馬したことは黙っていた。

 何度考えても馬鹿馬鹿しいことから事件が始まったからだ。

 他人に言う気にならない。


「とにかくあんたが悪いの。あたしが狂ったのも、ヴァロワの爺さんが死んだのも、そこに倒れている騎士が死んだのも、なにからなにまであんたが悪い!」


 プイッと顔をそらすアンナ。

 何言ってんだよ、この女は。

 なんで俺が悪いんだよ。


 俺は何にも悪いことしてないぞ。

 いい加減にしろ、ふざけんな。

 頭にきたぞ。


「俺は何にも悪くねーよ。お前はもう本当に狂人だ。ついてけねーよ」

「そうなの、この意気地なしが。やーい、意気地なし、意気地なし。ジャンヌねえちゃんが頼りなさそうって言ってたのがわかったわ。あんたがいくらねえちゃんのこと好きになったって、そんな男をねえちゃんが受け入れるわけないわね。ねえちゃんはあんたの事なんてなんとも思ってなかったわよ」

「うるせー! ああ、俺はお前の姉が好きだったよ。美人だったからな。お前のようなこの世で一番のブサイクと違ってな」

「こ、この世で一番のブサイク、ブ、ブサイクだと。ブサイク、ブサイクって。ブ、ブサイクって言ったわね、ウギャー!」

 アンナが体を震わして絶叫している。


「な、なんだよ」

「……きょ、狂人でもいいけどブサイクは許さない!」

 アンナが俺に飛び掛かって来た。

 俺とアンナがつかみ合いになって、床を転げまわって喧嘩になる。


 アンナが俺の頭をポカポカと殴る。

「この馬鹿、馬鹿、馬鹿、なんて酷い事をあたしに言うのよ」


 アンナがガストンに引き離される。

「いい加減にしろよ、何やってんだ。この状況わかってんのかよ」



 少し落ち着いたアンナが俺たちに偉そうに命令する。

「あんたら、そこに転がっている騎士を窓から放り出しな」

「い、いやですよ。か、かわいそうですよ、この人が、と僕は思うんだ」

「もう死んでるんだからかわいそうでもなんでないわよ。それともあんたも放り出されたいの」

「は、はい。わかりました」

 血まみれで鬼の形相のアンナに怯えるエミール。


 仕方なく俺とエミールでアンナが殺した騎士を三階の窓から放り出した。

 騎士の亡骸が今まで殺した使用人やヴァロワ卿とその息子の死体の上に落ちた。

 死体が地面に何体も転がっている光景を見て、こりゃ虐殺だよなあと俺は思った。

 どこが正義なんだ。


 そうこうしていると、プレミエール村の村長が階段を上って部屋に入って来た。

 いつのまに気絶から覚めたのだろうか。

 見知らぬ人に体を支えられている。

 どうもその人に介抱されたようだ。


「あれ、村長生きてたの」

「おい、アンナ。話がある」

「なによ、ヴァロワの爺さんを殺したことをとがめるのかしら。死んだ奴は生き返らないわよ」

「そのことはもういい。もうあきらめた。プレミエール村は離散するしかないな。わしは逃げるよ」

「逃げるのは許さない! って、ジジイはいいわ。役に立たないし。どこへでも行ったら。で、話ってなによ」

「隣のドゥジエム村が襲われたんだよ。例のわしらの村を襲った傭兵どもがやったらしい」

「なにー!」


 アンナが急にはじけとぶように部屋の中を走り回り始めた。ナイフを振り回している。

 本格的に頭がおかしくなったのか。


「あいつら、絶対、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す! で、どこに居るの」

「ドゥジエム村を襲った後、近くの森の中へ入っていった。どうもそこに連中の隠れ家があるらしいんだ」

 隣村の人がうなずいているが、アンナの狂態を見てどうも居心地が悪そうだ。


「この人はヴァロワ卿に助けを求めにきたんだが、お前が殺したからどうしようもないな。代わりにお前が討伐しに行ったらどうだ」

「行くわよ、行く! あいつら絶対ぶっ殺す! 確実に残酷に凄惨に殺してやる! それにしてもあの騎士も無能ね。隣の村にいたんじゃない、あのクソ傭兵どもは。どこを探してたのよ。とにかくあんた案内してよ」

「ああ、わかった」

 隣村の人はそう言ったが、傭兵よりもアンナのほうに恐怖を感じているようにも見えた。


 アンナが農民たちに向かって命令した。

「あたしらの村を襲った連中を成敗しにいくよ、来ない奴は殺す!」


 そして、ナイフを俺やエミール、ガストンに向けて言った。

「あんたらもついてこい。来なかったら殺す。じゃあ、みんな、あたしに続け! やるぞー! 虐殺! 虐殺! 大虐殺! ウキャー!」

 アンナが奇声を上げて隣村の人を連れて部屋から出ていく。

 農民たちがそれに続いた。


 俺は村長に問いかけた。

「村長さんはどうするんで」

「さっき言ったろ。わしは逃げるよ」

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