第八話:護衛の騎士が帰ってくる
アンナの言う「戦争」は農民側の圧勝だった。
圧勝と言っても武器を持たない十名の使用人の男たちを大勢で袋叩きにして撲殺しただけ。
中には瀕死の状態だがまだ息のあった者もいた。しかし、そいつはアンナがナイフでとどめをさした。
そして、死体は全員三階の窓から外に放り出した。
酷いことをするなあ。
農民側も犠牲者が一名いた。
召使の若い女が二人いたのだが、その内の一人に襲いかかった奴をアンナが股間にナイフをぶっ刺して殺した。
そいつも三階の窓から放り出した。
他にも高級そうな装飾品、宝石、家具などを一か所に集める。
売り払って軍資金にするつもりらしい。
「あたしらは正義の軍隊よ! 略奪と暴行は許さないわよ!」
アンナは農民たちに大声で命令。しかし、これはすでに略奪と暴行そのものじゃないかと俺は思ったが、刺し殺されるのは嫌なので黙っていた。
アンナたちは地下室に安置されていた次男のフランソワの死体、それに玄関で殺したヴァロワ卿や使用人の死体もわざわざ三階まで持って行き、これまた窓から放り出した。
本当に酷い事をすると俺はあきれた。
農民たちが別荘の中を探索すると倉庫に古い武器などを発見した。やはり、この建物は昔は城だったらしい。
他に金貨や銀貨が入っている宝箱も見つけた。
「これは軍資金にする! 盗んだ者は殺す!」
そう宣言するアンナに、盗んだのはお前らじゃないかと思ったがやはり殺されるのが嫌なんで俺は黙っていた。
最上階の部屋にアンナが召使の女に料理を大きなテーブルに出すよう命令した。
その女がテーブルに食事を並べる。
俺たち森の住民もおそすわけにあずかった。
すげー美味しい。
それにしても、貴族ってのは普段こんな美味しいものを食ってたのか。
隣に立っているエミールを見ると料理を食べていない。
「おい、エミール。遠慮せずに食べとけよ。もしかしたらこれが冥土の土産になるかもしれないからな」
俺はヤケクソ気味に言った。こんなことになるとは思わなかった。
もうすぐ貴族たちに殺されるのか。
それなら、もう腹いっぱい食べてやる。
そんな俺を見ながらエミールが言った。
「ち、ちょっと食べたけど美味しくない、と僕は思うんだ」
「え、そうなのか。俺はすごくうまいと思うけどな」
「あ、兄貴の作ったイノシシ肉のシチューの方が美味しいよ」
「あんなの塩で味付けしただけだぞ」
「け、けど、やっぱり兄貴の作ったシチューの方が美味しい、と僕は思うんだ」
呆けた頭だと味覚もおかしくなるのか。
酒を飲んで酔っ払って騒ぐ農民たち。踊っている奴もいる。
アンナはここいる農民たちの中では一番年下のなのに上席に座っている。
最初に貴族、それもこの土地の元領主ヴァロワ卿を殺害したのが評価されたのか、それともそのいかれっぷりに皆が怖がっているのかはわからない。
農民たちは古い武器を振り回したり、冑を被ったり鎧を着たりと大騒ぎだ。
「貴族に勝った、我々は正義~」とか唱和し始めた。
使用人を殺しただけだろ。
やったことは山賊と変わらないと思うけどな。
俺とエミール、ガストンは壁際に立ち、農民たちが騒いでいるのを眺めている。
「ガストン、なんであいつらあんなに陽気なんだ」
「初めて人を殺したんで、酔っぱらって騒いで罪悪感を消したいんじゃないかな」
「あんたも傭兵の頃はあんな感じだったのか」
「いや、仲間があまりにも酷いことをするんで逃げ出したよ」
「……人を殺したことはあるのか」
「あるよ……」
「どんな気分になった」
「最初は気持ち悪くなった。しかし、だんだん慣れてくるんだ。それが嫌でやめたのさ」
俺とガストンがそんな会話をしていると、突然、大きな怒鳴り声が部屋に響き渡った。
「お前たち、ここで何をしているんだ!」
部屋の入口から騎士が入って来た。銀色の鎧姿で冑を脇に持っている。
ヴァロワ卿が言っていた傭兵たちを追跡していた護衛の騎士だなと俺は思った。
二人いる。
「騎士さん、お疲れさーん。それでクソ傭兵野郎たちは見つかったの」
酔っぱらってヘラヘラ笑いながら、アンナが声をかける。
「いや、残念ながら見つからなかった。だが、そんなこと今はどうでもいい。お前たちはここで何をしている。ヴァロワ様はどこにおられるんだ」
「うるせー、お前も死ね!」
酔っぱらった農民の一人が、足元をふらつかせながら倉庫から盗み出した重たそうな剣を持って騎士に切りかかる。
しかし、一刀両断で騎士がそいつを切り倒した。
いつ剣を鞘から抜いたのかわからなかった。
さすがは本職。
って、俺たちこの騎士に皆殺しにされるんだろうか。
その騎士は一人で堂々とテーブルに近づいてくる。
持っていた冑をドカッと大きい音を立ててテーブルに置いた。
農民たちはすっかり酔いがさめたのか尻ごみして、後ずさりし始めた。
今にも逃げようとしている。
「お前たちの指導者は誰だ! いったい、どういうことか説明しろ!」
騎士が農民たちを睨みつけながら大声をあげる。
指導者って言っても村長は入口前で気絶している。
するとアンナになるのかね。
あれ、アンナがいないぞ。
その時、突然、「シャー!」と叫び声が聞こえた。何事かと騎士が頭上を見上げる。
すると真上からアンナが山猫のように騎士に飛びかかって、首筋にナイフを刺した。
「ギャ!」
騎士が首をおさえるが大量の血が噴出する。そのまま床に倒れた。
アンナがゲラゲラ笑いながら騎士の顔面に何度もナイフを刺しまくる。
「ウヒャヒャ、えばんじゃねーよ、このクソ騎士野郎! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
そう言えばアンナの奴、木登りが得意だったなあ。いつのまにかこの部屋の天井まで登っていたのか。昔、村に行ったときも同じようなことがあった。木の枝からサッと降りてきた。あの時のアンナはニコニコと笑っていて可愛かったなあ。
あれ、俺また現実逃避か。
しかし、アンナは今や狂暴な山猫、いや、もう山猫どころか悪魔だな。
騎士を殺害したアンナが叫んだ。
「騎士なんてたいしたことないわよ! みんな、あいつも殺せ!」
アンナがナイフをもう一人の騎士に向けた。
返り血を浴び、血まみれになって悪魔みたいなアンナの形相に恐れをなしたのか、その騎士は逃げ出した。階段を素早く降りていく。
「追え! 殺せ!」
アンナの命令に気後れしていた農民たちは一変、騎士を追いかける。しかし、先頭の奴がつまずいた。
そのまま全員団子状態になって階段を不様に転げ落ちる。
そうこうしているうちに騎士は別荘から脱出、そのまま馬に乗って走って逃げて行った。
それを窓から見ていたガストンが呟くように言った。
「次は本格的に貴族の兵隊がやって来て俺たちは皆殺しになるだろうな。それで終わりさ」