第七話:別荘に乱入する
ヴァロワ卿が首から血を吹き出しながら玄関前でぶっ倒れる。
その上にまたがって返り血を浴びながらアンナが大声を上げて、ナイフでヴァロワ卿の全身をめった刺しにした。
「死ね! このクソ貴族野郎、ふざけてんじゃねーよ! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! このクソジジイ! 地獄に落ちろ! 馬鹿野郎!」
突然の出来事にみな仰天して動けない。
よく見るとアンナが握っているナイフは俺が狩猟用に使ってたもんだ。俺たちの小屋のテーブルに置いておいたはずだ。それを秘かに持って来やがったんだな。
要するに最初からヴァロワ卿を殺すつもりだったんだ、この女は。
あのナイフは例のジャンヌにあげた髪飾りと同様の彫刻がしてある。切れ味が鋭い代物だ。この前、あのナイフでイノシシをばらしたんだが、あの肉はなかなか美味しかったなあ。
あれ、俺、いつの間にか現実逃避している。
「何するんだ、やめろ!」
ようやく目が覚めたのか村長が止めにかかるが、立ち上がったアンナに思いっきり腹を蹴られる。
「ゲホ!」
うずくまった村長の顔面をアンナが再び蹴り飛ばした。
「うるせー、役立たずのジジイ!」
村長があおむけになって動かなくなった。気絶したらしい。
血まみれのナイフを振りかざすと、アンナが農民たちを煽り始めた。
「ふざけんじゃねーよ! なにが迷惑かけた、見舞金を出すだよ! そんなの貰ったってあたしの家族は生き返らないっての。みんなもそーだろ! あたしもあのクソッタレの傭兵野郎たちに片目をくり抜かれたのよ。すげー痛かったよ。だいたい、このヴァロワ卿って爺さんが変な傭兵雇うから村が酷い目に遭ったんじゃない。ふざけんな! 貴族たちは高い税金を取り立てるだけじゃないの。本来、あたしらを守るためにいるんでしょ。以前も村に食い詰めた山賊だか知らないけど襲ってきたことがあるけど、知らんぷり。もう我慢できないよ!」
「そうだ、俺の女房も殺されたんだ。全部貴族のせいだ!」
「税金高すぎるよ。今は干ばつがひろがってるって言うのに」
「だいたい貴族は俺たちの事を人間扱いしていない!」
農民の中にはアンナに同調するものも出てきた。
さらにアンナが煽りまくる。
「だいたい貴族とあたしら農民と何が違うっていうんだよ。何にも違わねーよ! あたしらから高い税金搾り取って、毎日、美味いもん食いやがって、あいつらがいないほうが世の中良くなるよ! 誰かが世直ししなきゃいけねーんだよ!」
しかし、これから何をするつもりなんだ、このいかれた女は。
血まみれのナイフを振り回して叫んでいるアンナに思わず俺は聞いた。
「で、どうするんだよ。あと、そのナイフ、俺の物なんだけど」
片目の女が俺の方を見てニヤリと笑う。
「貴族も傭兵も皆殺しよ! それまでこのナイフは借りとくわ」
アンナはくるっと背中を向けると、呆然と事態を見ていた使用人に襲いかかった。
「た、助けて」
ヴァロワ卿の殺した際に返り血をたくさん浴びたアンナの怖い顔を見て、使用人が別荘の中に逃げ込む。
「逃がさないわよ!」
その使用人を追いかけて、背中にグサッとナイフを刺すアンナ。
「ギャー!」と叫んでそいつは倒れた。
あの使用人は貴族でも傭兵でもないんじゃないかなあと俺は思ったんだが。
「あんたらもあたしについてこい。ついてこない奴は殺す! これは戦争よ!」
農民たちはアンナに煽られて別荘の中になだれ込んだ。
しばらくして建物の中から悲鳴が聞こえてきた。
俺は弟のエミールと一緒に別荘の前に立ち尽くしていた。
気が付くと後ろにガストンがいた。
「なあ、ガストン。これからどうしよう。俺たちは村の住民じゃないし、逃げようか」
「そうだなあ、もう腹をくくるしかないな」
「腹をくくるってどういうことだ」
「だって貴族を殺したんだぞ。いずれ俺たちは皆殺しだよ」
「あれはアンナがやったことじゃないか」
「同罪だよ。逃げても貴族たちは追ってくるだろう」
ガストンはため息をついた。そして、ゆっくりと別荘の中に入って行った。
「あ、兄貴、村長さんが倒れているけど、ど、どうしよう、と僕は思うんだ」
エミールが気絶して横たわっている村長を気づかっている。
「ほっとけよ。もう村長を起こしてもアンナたちを止められないよ」
俺もエミールをつれて別荘の中に入った。
アンナは本当に頭がおかしくなったんじゃないかと思いながら。