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第六話:領主の別荘へ行く

 さて、俺たち四人が、ヴァロワ卿が滞在している別荘に向かうため森を出ると、村道で村人たちの集団に出会った。三十人くらいいる。

 その中に村長を見つけた。


「村長さん、それに皆さんどこに行くんですか」

「例の焼き討ちの件だよ。さすがにひどいんでヴァロワ卿に苦情を言おうってことになってな」

「貴族相手に不平を言って大丈夫ですかね」

「もちろん低姿勢でお願いするつもりだよ」


 エミールが俺に小さい声で言った。

「き、貴族の息子さんの落馬の件を、そ、村長さんに言っておいたほうがいい、と僕は思うんだ」

「そうだな事前に教えておいたほうがいいか」


 俺は村長に落馬の件を伝えた。

「実はフランソワ様が死んだのは自分で落馬したからなんです。俺と弟のエミールは偶然目撃したんですよ」

「え、そうだったのか。だったらさっさとヴァロワ卿に報告すればよかったのに」

「あー、けど変に疑われて罰せられるかもしれないと思ったもんで」

「あの方はそんな人じゃないよ。公平な方だ。まあ、今さら仕方がないか」

 村長がため息まじりに言ったが、なんとなく俺を非難するような感じで見た。


 エミールが俺にブツブツと言い出す。

「あ、兄貴。や、やっぱりすぐにヴァロワ卿に知らせとけばよかったんじゃないか、と僕は思うんだ」

「しょうがねーだろ、あの時は気が動転してたんだよ」

 言い訳しながらも、エミールの言う通りにしておけばよかったかなと俺は思い始めた。


 さて、村長が領主のとこへ行くなら俺たち森の住民は関係ないんで帰ろうとしたら、落馬の証人として一緒に来てくれと頼まれた。それで仕方なく村人たちについて行くことにした。


 領主の三階建ての別荘は村はずれの高台にある。俺たちの掘っ立て小屋と全く違って、分厚い壁で作られたなかなか堅牢そうな建物だ。その近くにはかなり広い草原があるのだが、別荘の前には急な坂道が長々と続く。


 村長を先頭に村人たちが坂道をのろのろと歩いて行く。

 道の両側は切り立った崖になっていて、今は別荘として使用しているが昔は城か砦だったらしい。坂道は昨夜の暴風雨のせいか泥でぬかるんでいる。


「ヒイー!」と悲鳴があがった。

 何事かと思ったら、エミールの奴が足を滑らしてゴロゴロと坂道を転がり落ちて行った。

 村人たちが笑っている。

 恥ずかしいなあ。

 俺は泥だらけになったエミールの方へ坂道を下った。我が弟の手を取り立ち上がらせてやる。


「あ、兄貴。この坂道はなんでこんなに急なんだ、と僕は思うんだ」

「この別荘は昔、城として使ってたみたいだ。それで、敵の侵入を防ぐため狭くて急な坂道を作ったんだろう。それにしても、お前情けないぞ、泥だらけじゃないか」

「す、滑ったのは仕方がないよ。みんな、人生、先の事なんてわからない。ゆ、夢にも思わなかったことが起きる。良い事も、悪い事も。誰も転ぶのは予想できない、と僕は思うんだ」

 昨日と同じ事言ってやがる。


「みんな泥の坂道で滑るのを予想してゆっくりと歩いてたんじゃないか。転んだのはお前だけだろ」

「そ、そうだけど、やっぱり、先の事はわからないんだな。全員転ぶ可能性もあった、と僕は思うんだ」

 そんな可能性ねーよ。


 別荘の入口に到着すると、村長が大きい扉に付いている金具を叩く。

 使用人が出てきたので村長が挨拶する。

「あの、ヴァロワ様はおられますでしょうか。お願いがあって来ました」


 しばらくするとヴァロワ卿が出てきた。

 豪奢な紫色のガウンを着て玄関前に傲然と立ち、俺たち貧相な恰好の農民たちを睨みつける。


 農民たちはいっせいに片膝立ちになった。貴族の前ではそういう姿勢になるのは農民にしみついた習慣だ。俺やガストンも農民たちの後ろで片膝立ちになった。エミールがボーっと突っ立っているのを無理矢理座らせる。アンナは俺の隣に座った。


 しばらくして、おもむろにヴァロワ卿が口を開いた。

「何の用だね」


 村長がおどおどしながらも訴える。

「あの、私たちの村が兵士の焼き討ちにあったんですけど、これはヴァロワ様の命令ですか」

「そのことはすでに聞いている。わしはそんなことは命じてないよ。この別荘には次男のフランソワと二人で来ていたんだ。しかし、護衛は二人の騎士だけだったんで少し心もとないと思って地元の傭兵を雇ったんだよ。ただ、昨日、領地を見学しにフランソワが馬で別荘を出て行ったんだが、戻って来なかったんだ。心配していたら、その後、フランソワが急死したって知らせが早朝にあってな。それで傭兵たちに原因を確かめるよう命じたんだが、どうもそいつらが悪さをしたようだな。その後、その傭兵どもはこちらには戻ってこないんだ」


「フランソワ様は村道で自ら落馬して亡くなったようです。目撃した人もいます」

「そうだったのか……騎士ともあろう者が戦争でもないのに普通の村道で落馬して死ぬとは全く情けない奴だ……」

 そう言いつつもヴァロワ卿が少し悲しそうな顔をした。

 黙ったまま少し考え事をしている。

 息子を亡くしたばっかりだからなあ。

 あの次男坊は優秀だったらしいし。

 ヴァロワ卿も可愛がっていたって話もある。


 弟が屁をこいたせいって知ったらどう思うだろう。やはり、この事実は隠しておいたほうがいいと俺は思った。情けなくも馬鹿馬鹿しい話だもんな。単なる落馬ってことにしておいたほうがいいだろう。


 ヴァロワ卿が再び話始めた。

「まあ、お前たちにも迷惑をかけたな。実は今、その傭兵たちを護衛の騎士たちに追跡させているんだ。いずれ居場所がわかったら討伐隊を結成して成敗してやる。被害を受けた村人には見舞金をやろう」

 なかなか話のわかる貴族様だなと俺は思った。


 どうやらこれで丸くおさまりそうだと俺は安心した。

 しかし、死んだ人は戻ってこない。つい口に出てしまった。


「ああ、ジャンヌとは二度と会えないんだなあ」

 俺のつぶやきを聞いたエミールがこっそりと話しかけてきた。


「も、もしかして、あ、兄貴はジャンヌのことが、す、好きだったのか、と僕は思うんだ」

「なんだよ、お前も色恋沙汰に興味を持つのか。ああ、好きだったよ。本当に大好きだった。美人で優しくて。まるで花のような娘さんだったなあ。話していると楽しかったよ、時間を忘れるほど。彼女のとこへ行くときはいつもわくわくしてた。もう会えるだけでいいって感じ。もう本物の天使のようだった。平和な村だった頃に戻りたいよ……実は、一度ジャンヌを抱きしめたことがある。彼女の体から甘い香りがして思わず抱きしめちゃったよ。彼女は嫌がらなかった。それで接吻しちゃったよ。柔らかい唇。忘れられないなあ。それがこんなことで亡くなってしまって残念だよ」


 弟の手前、カッコつけて嘘をついてしまった。実際のところ、ジャンヌには指一本触ったことはない。それに彼女は俺には興味がなかったようだ。あの笑顔も単なる愛想笑いだったのかもしれないなあ。


 そんな風に俺がジャンヌのことを回想していると、隣にいたアンナがスッと目立たぬように立ち上がり腰を落として前の方に進んでいった。なぜか少し体を震わせている。


 そして、ヴァロワ卿に問いただす。

「あのー、傭兵たちを騎士が追っているってことは、つまり護衛はこの別荘に今いないんですか」

「ん、まあそうだが」

「あっそう、そりゃよかった」


 アンナがいきなり飛びかかり、持っていたナイフでヴァロワ卿の喉を切り裂いた。

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