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第五話:アンナが語る凄惨な話

俺とエミール、ガストンが領主の別荘へ向かうため小屋を出るとアンナまでついてくる。


「おい、アンナ。お前、怪我してんだから俺たちの小屋で寝ていた方がいいんじゃないのか。痛くないのかよ」

「すごく痛いわよ。けど、あの小屋に一人でいる時に傭兵たちが襲ってきたらどうすんのよ」

「言われてみればそうだな」


 アンナは目を潰されたんで、布切れを斜めに巻いて左目に当てている。

 若い娘が目を潰されるなんて、俺はあらためてアンナがかわいそうになってきた。


「まあ、ちょっとは元気だせよ。片目にはなってしまったが、その顔の傷はどうやら浅いような感じだ。治るんじゃないか。傷跡も目立たないと思うよ」

 俺が慰めるとアンナが急に泣き始めた。残った右目から大粒の涙を流し始める。


「この顔の傷はね、あたしのねえちゃんがやったの」

「え、どういうことだよ」

「あいつらが脅してやらせたんだ。村を襲った連中だよ。ジャンヌねえちゃんは拒否したんだけど、そしたらあいつらあたしの左目をナイフでくり抜きやがったんだ。あたしは激痛で家の床を転げまわったよ。それを見て連中は大笑いしやがった。そして、逆らうと家族全員殺すって言いやがった。仕方なくねえちゃんはあいつらの言う通りにしたんだよ。ねえちゃんはあたしに、ごめんなさい、ごめんなさいって泣きながら震える手でナイフを持って、あたしの顔に傷をつけたんだ。連中はあたしの顔に傷がつくたびに囃し立てて大笑いしてやがった。『ずいぶん美人になったな』ってボスらしき男がほざきやがったよ。その後、連中はねえちゃんに次は文字を刻めって命令しやがったんだ。『売春婦』って刻めってさ。けど、あたしらの家族、誰も文字なんて書けないよ。そしたら俺たちに逆らいやがったなって笑いながら父ちゃんと母ちゃんを切り殺しやがった。止めようとしたねえちゃんはあたしの前でひどい目に遭って殺されたよ。あたしも殺されそうになったけど隙を見てなんとか逃げ出したんだ。ちきしょう、あいつら絶対殺してやる! 絶対に、絶対に、絶対に殺す!」

 体を震わせながらアンナが喋っている。最後は「殺す!」と何度も大声で吠える。

 

 アンナが語るとんでもない残酷な話に俺は呆然とした。

 そんな俺に食ってかかるアンナ。

「だいたいあんたが悪いのよ! あんたのせいよ!」

 また、さっきと同じようなことを言われて俺は鼻白んだ。


「な、なんで俺が悪いんだよ」

「あんな目立つ髪飾りをねえちゃんに渡すからこんなことになったのよ」

「何言ってんだよ。だから、お前が現場にそれを落としたのがまずかったんだろ」

「う、うるさい! あんたが死ねばよかったんだ!」


 アンナが俺の頭をポカポカと殴る。顔に巻いていた布が落ちた。

「痛いって、アンナ。やめてくれよ」


「ちょっと、アンナ、もうやめろよ」

 またもやガストンに止められるアンナ。エミールはボーッとしているだけだ。この役立たず。

 で、その役立たずがとんでもないことを言った。


「ア、アンナの目が無い方はやっぱり涙が出ないんだな、と僕は思うんだ」

「な、な、なんだと、この野郎! あたしは片目を失ったんだよ、わかってんの! ふざけんな! お前、殺す!」

 激怒したアンナがエミールの腹を思いっきりぶん殴る。


「ウギャ!」

 ぶっ倒れる我が弟。


 アンナはそこら辺に転がっていた大きな石を持ち上げてエミールの顔面にぶつけようとした。

「お前も目が潰れちまえ! このクソボケ!」

 

 俺はあわててアンナを抑え込む。

「やめてくれよ、アンナ。さすがに今のエミールの発言はひどい。俺からも謝る。弟は呆けてんだよ。おい、お前も謝れ」


 俺が命令するとエミールがデカい体を折り曲げてアンナに謝る。

「ア、アンナ、ごめんなさい、と僕は思うんだ」

「うるさい、あんたは近づくな。向こう行け!」

 エミールを睨みつけた後、持っていた石を近くの木に投げつけるアンナ。


 そして、狂ったようにアンナは吠えまくる。

「ちきしょう、あいつら、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺してやる! あたしはジャンヌねえちゃんが大好きだった。本当に優しいねえちゃんだったんだ。あたしをとても可愛がってくれた。あたしが病気になった時なんて何日も寝ずに看病してくれたんだ。そのねえちゃんに無理矢理あたしの顔にナイフで傷をつけさせるなんて酷い事をさせやがって! 絶対に殺してやる! あいつらに本物の地獄を味あわせてやる!」

 もう、普段のニコニコとした笑顔のアンナとは別人のようだ。わめきながら口からよだれまで垂らしている。狂人になったみたいだ。


「頭を冷やせよ、アンナ。だから傭兵たちのことは領主様にまかせようって言ってるだろ」

 なんとかアンナをガストンが落ち着かせる。


 しかし、俺が贈ったあの髪飾りをジャンヌは妹のアンナにあげたのか。一生、大事にするとか言ってたくせに。つまり、彼女は俺のことはどうとも思っていなかったんだろう。いつも村で会うと笑顔で応対してくれたんだけどなあ。


 ちょっと気になった。


「なあ、アンナ」

「何よ」

「ジャンヌは俺の事、なんか言ってなかったか」

「……そうねえ、えーと、特に何も言ってなかったけど。うーん、そうだ、頼りなさそうな人ねって言ってたの聞いたような気がする」


 アンナの答えに俺はがっかりした。

 ジャンヌは俺が行くといつも嬉しそうにしていたように見えたんだがなあ。なんとなくいい雰囲気だと思ってたが、あれは俺の勘違いだったのか。そう言えば、最近、俺が贈った髪飾りをしてなかったなあ。あげた時はいつも着けていたのに。他に好きな男でもできたのかなあ。


 あれ、村の焼き討ちやアンナ一家が酷い目に遭ったことに比べたらどうでもいいことを考えてしまった。

 あまりにもひどい話を聞いたからかな。

 

 しかし、傭兵ってのは残酷だなあ。

 先を歩くガストンの大きい背中を見て思い出した。こいつも元傭兵だったな。


「ガストン、あんたも傭兵だったようだがこんなひどい話を聞いたことがあるか」

「いや、もっとひどい光景を見たことがあるよ……」

 そして、そのままガストンは黙ってしまった。

 嫌な事を思い出させてしまったようだ。


 まあ、とにかくこんな残酷なことをする傭兵には勝てないなと俺は思った。

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